第755話 今ならやりたい放題

 再開発地区の工事の際、ちょっとした事を王宮に申請している。これも横やりが入るかと思ったけれど、何の利権もないからか、案外すんなり通った。


「壁の一部を壊す申請なんだけどねー」


 現在、私とリラ、カストルは再開発地区の最奥、これから取り壊す壁まで来ている。


 この壁、王都を囲うものなんだけど、大分古いもので今はそこにあるだけの代物。特に哨戒の兵士がいる訳でもない。


「景観的に、途中で切れるのはどうかとは思うけれど。確かに邪魔よね、これ」


 壁を見上げながら、リラも納得している。そうなんだよー。邪魔なんだよこれ。


 具体的に何の邪魔かと言えば、当然王都外との行き来だ。


 大体、この壁が出来たのって、王都建設当初でしょ? その頃はまだ王家の力が弱く、貴族の反乱を警戒した結果、この壁が出来た。


 でも、今は王家の力は強く、反乱を警戒する必要もない。大体、貴族が本気で反乱を起こしたら、物理的な壁なんて、魔法一発で吹き飛ぶだろうに。


「いや、そんな事が出来るの、あんたくらいだから」


 あれー? リラが凄い呆れてるんですけどー?




 壁を壊してどうするか。実は、ユルヴィルとの間にも、無料巡回バスを通す計画を立てている。


 一応、新たに道路を作る申請も出したけれど、あれ、運輸関連の部署に出したから、まだ申請が通ってないんだよね。


 出した当初は嫌がらせの為。その後は部署が丸ごと入れ替え状態になってしまったので、バタついているからだって。


「引き継ぎもしていないのか?」


 ズーインが眉間に皺を寄せる。彼はすっかり王都邸の執務室の常連だ。


「例の更迭騒動が急だったからね」

「……本領に送っている文官、呼び戻すか?」


 元運輸部署の文官のうち、クビになった連中はほぼ全員、うちで雇っている。ほぼというのは、クビになったうち二人程、これを機に実家に帰る事になったから。


 実家は領地持ちなので、そちらで仕事をする事にしたらしい。


「いや、彼等はそのまま研修を受けてもらわないと」


 デュバルで働く為には、まず研修を受けてもらう必要がある。これは、誰もが通る道だ。


「しかし、運輸部署が機能しないとなると……」

「最終的に申請を通すのは上だから、いざとなったら陛下に直接許可をもらいに行くよ」

「ああ、そうだったな……その手が使えるんだった……」


 何故か、ズーインが遠い目になっている。何故?




 壁を壊し、更地に新しい建物を建てていく。ついでに、地下を掘ってそこに手を入れる事も忘れない。


 この地区だけでも、地下道であれこれ出来るように。


「もういっそ、ユルヴィルとの間の巡回バスも、地下を通せばいいんじゃない? 許可いらないし」


 王都邸の執務室で、書類タワーを作ったリラがぼやく。


「最終的には、その手を使うかな」


 何せオーゼリアには、地下の権利に関する法律がないから。この先私が地下をあれこれ使い続けたら、出来るかもしれないけれど。


 ちなみに、地面の上には際限なく権利が発生する。つまり、王都の上空を飛びたい場合は、全ての権利者の許可が必要という訳。面倒くせ。


 ユルヴィルに行くには、王都の南門から出て、そこから伸びる街道を行く必要がある。周囲に建物がある訳じゃないから、道から外れても辿り着けそうなものだけどね。


 これを言ったら、またリラから「そんな事が出来るのはあんたくらいだ!」って怒られたんだけど。


 方角さえ間違ってなければ、辿り着けると思わない?


「ユルヴィルとの間に小さい森があるの、知ってるでしょうに」


 リラが呆れた目でこちらを見てくる。


「知ってるよ。何度もユルヴィルとの間は行き来してるから。でも、その森さえ抜けちゃえば、ユルヴィルは目と鼻の先じゃない」


 少し前までは、ユルヴィルに続く街道の整備は後回しにされていたから、道そのものが荒れ気味だったけれど。


 それも駅が出来る前の話。今はきちんと整備され、通りやすくなっている。それもこれも、駅に人と物が集まっているから。


 特に、貴族達が頻繁に行き来するようになったからね。


 やっぱり、権力を持つ人間が関係すると、物事って一気に進むなあ。




 そんな話をした日から八日後。私は王宮に来ております。同行者なし。リラを伴おうと思ったら、「書類仕事で忙しい」と断られてしまった。酷くね?


 その書類仕事の大本を作ったの、確かに私だけどさあ。


 現在、王都邸執務室が忙しいのは、主に二つの案件の為。一つは当然王都の再開発地区。


 そしてもう一つがギンゼール。あっちは鉄道も新たに敷設するから、書類の量が半端ない。


 九割ズーインが担当してくれているけれど、責任者としてどうしても私の裁可が必要な書類もあるそうな。


 それが面倒でズーインに丸投げしたのにー。


 本日の王宮行き、いつものようにユーインが同伴……ではなく、本日は午後から来ているので、馬車で一人の行動だ。


 王宮到着からは、いつも通りユーインがエスコートしてくれる。向かう先は、いつも通り陛下の執務室……と思いきや、何と私的な客間。


「よく来たな、侯爵」

「久しぶりですね、レラ様」

「ご無沙汰いたしております、ロア様。数日ぶりですね、陛下」

「相変わらず、私の扱いは雑だな。しかも、ロアに先に挨拶するとは」


 笑う陛下に、私も笑みを返す。


「だってここ、公式の場所じゃないでしょう? 大事なお妃様に敬意を払っているのですから、いいではありませんか」


 あくまで私的な空間だ。だからこそ、私の態度に陛下も笑っているのだから。


「陛下、レラ様を虐めては駄目ですよ」

「虐めてはいないぞ?」


 ここはロア様の意見に乗りたいところ。でも、今日呼び出されたのは、多分申請に関する事だと思うので何も言わない。


 お二人の前の席にユーインと二人で腰を下ろすと、早速陛下が本題に入った。


「さて侯爵。今日来てもらったのは他でもない。ユルヴィルとの間に通すという、新しい街道の事だ」


 やっぱりそれか。申請書類は無事、陛下の元まで上がったらしい。


「今ある街道では駄目なのか?」

「先日、申請した通り王都の壁の一部を壊しました」

「あれか……本当にやるとは。まあ、あの壁は殆ど使っていないからいいが。それで?」

「ご存知のように、再開発地区は王都の北より。現在、ユルヴィルに向かうには、南門から伸びる街道しかありません」

「……ユルヴィルと再開発地区を直接結ぶつもりか」


 そういう事でーす。




 そこからは、私的な空間にもかかわらず、陛下が王都周辺の地図を持ってこさせてお仕事の話に突入。


「なら、ここから分岐させて北にもっていけばいいのではないか?」

「それだと大回りになりますよ。こう結べば最短距離で行き来が可能です」

「しかし、それでは南の街道が廃れてしまう」

「使われなくなった道が廃れるのは、致し方ない事なのでは?」


 実際、少し前まで荒れてましたよねえ? 私の言葉に、陛下が苦笑する。


「ユルヴィルへの道を整備した結果、南に領地を持つ連中からの評判がよくてな」


 南……


 あの地方で、一番の家はゾクバル侯爵家だったねえ。軍部の重鎮であり、王家派閥の序列上位の家の意見は無下に出来ないってか。


「でしたら、今後は南の方々に助力していただき、街道の整備をすればよろしいのでは? ああ、新道の方はデュバルが責任を持って整備しますよ」


 にっこり笑って言ったのに、陛下が渋面なんだが?


 大体、本来街道整備は王宮の仕事だろうに。それこそ、運輸部署の仕事だよ。更迭された二家って、ろくに仕事してなかったのか?


 だから更迭されたのか。納得。


「ユルヴィルとの新道は、鉄道ではないのか? それなら、南の連中も何も言えまい」

「今のところは、道路だけですよ。それも、巡回バス専用です」


 あ、そうしたらバスでなくトラムでもいいのでは? 新しく通すんだから、今なら好きに出来る。


「陛下、新道の規模、少し大きくしてもいいですか?」

「ここでそれを聞くか? まったく」


 いや、ここ以外のどこで聞くっていうんですか。

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