第754話 考えるな、感じろ
オーゼリア中に自動車が普及しなくても、デュバルで普及すればいいくらいの思いで、量産化に踏み切る。
量産と言っても、日に数台程度だけれど。でも一日に一台作れるかどうかというところから、数台に増えるのだから、大きいと思うんだ。
「王都でも普及してほしいけれど、信号や交通法規を作る方が先かなあ」
「いっそ自動運転の自動車にすれば? 巡回バスは、そうする予定なんでしょ?」
リラに言われて、ちょっと悩む。彼女が言う通り、巡回バスは無人で運行するのだ。
ドローンでの監視……じゃなくて、防犯システムを改良して、デュバルから遠隔で操作する予定。
ただ、人員整理とかの人手は必要かなと思っている。その辺りは、低所得者地域から採用してもいい。
そういう場所にいるのは犯罪者予備軍だーって言う人もいるけれど、単純に保証人がいない関係で雇ってもらえない人も多い。
そういう層を拾い上げられれば、人手不足が解消されてこちらはラッキー、雇用される側も収入を得られてハッピーになると思うんだ。
まあ、中には本当に手癖が悪いのも紛れているとは思うので、そういうのも見つけ次第「健全な」職場へご案内かなー。
軽犯罪程度なら、半年も潜っていればまとまった給料も手に出来るし。それを元手に地方でやり直すもよし、また犯罪に走って職場に逆戻りするもよし。
「と思っているんだが、どうだろう?」
「どうだろうって。そこまで計画を立てているのなら、反対する理由はないんだけど。それよりも、まずは王都内で自動車を走らせる場合を考えた方がいいと思うわ」
さいでございますか。
自動車に関しては、運転手付きのハイヤーを派遣する形にする事で、何とか方針が決まった。ちなみに、利用は王都内のみ。
ハイヤーなので、利用日時は事前予約してもらう。当日飛び込みの客は、しばらくご遠慮いただくという事で。
自宅に馬車がある貴族は、しばらく使わないかもね。それでもいいや。
「ハイヤーは、これから各駅にも拡散していきたいと思っています」
「タクシーにはしないの?」
「自動車が普及するまでは、タクシーは無理かなあ」
基本的に、タクシーは予約なしの流しで乗れる自動車だ。駅のロータリーに待機していたとしても、普通の人ではそれが乗り物とわからない可能性が高い。
なので、王都から徐々に認知していってもらおうかなと。
運転手をこちらで用意する以上、交通ルールもある程度こちらで決めてしまおう。それをたたき台として王宮に提出すれば、ルール作りの時短になるのでは?
まあ、またどこぞから横やりが入ったら、それまでだけれど。デュバル領内の交通ルールは、とっとと決めておこう。
王都から本領に移動し、自動車層がある地下への入り口に立っている。同行しているのは、リラとカストルのみ。
今回の行き先が本領なので、ユーインとヴィル様には仕事を優先してもらった。
自動車普及で一番の問題は、やはり人との事故だと思う。デュバル本領は現在、車の通行は全て地下空間だ。
デュバルの地下は、複数階層あって、一番下を貨物列車が通るようにしてある。自動車が通る階層は、その上。
一番浅い階層には、歩行者用の地下道が整備されていた。雨が降ったりしたら、地下道で行き来出来るので濡れなくて便利。
もっとも、地上部分もアーケードが作ってあるので、雨や雪をしのげるようになってるけれど。
その用意しておいた自動車の層が、いよいよ使われる時が来た訳だ。
「備えあれば憂いなしってね」
「そうね」
おっと。珍しくリラが素直に同意してくれた! 槍でも降るのかな。
ちょっと空を見ていたら、「置いて行くわよ!」とリラからの声が。いつの間にか、地下に下りる階段を下りている。
慌てて追いかけて、階段を下りた。
地下階層から地上へ上がるには、いくつかある地上出口を使う。半分くらいは建物の中にあるので、建物から建物への移動も、地下を使える形だ。
階段の他は、エレベーターがある。レトロな作りにこだわったから、とても私好み。
今日はエレベーターは使わず、階段で地下階層へ下りていく。というのも、自動車用の階層は、現在エレベーターが停止しないよう設定されているからだ。
設定し直せよと言われそうだけど、自動車層を使うようになってからでいいやと思って。
健康なんだから、階段を下りて上る!
自動車の階層は、感覚的に地下五階くらいだ。上と下との間に厚みを持たせているので、こうなっている。
「将来的にトラックも通せるよう、大きめに作った道路なんだよね」
「本当だわ」
地下道路の照明を付けてもらい、周囲を見回す。
今いるのは、地下道路内にある、停車場。横に大きく自動車が止められるスペースが取ってあり、道路から一段高い場所に立っている。
それにしてもこの停車場、長いね。
「荷物の積み下ろしなどが発生した場合を考えて、広めに確保しておきました」
「なるほど」
また考えを読んだな? 今は面倒なので突っ込まないけれど。
地下道は片側四車線。しかも、基本的に一方通行だ。鉄道の駅から地下に入って、駅へと抜けていく。
一歩間違えると何度も出たり入ったりする羽目になるかもね。その辺りは、ドライバーのテクの一つになるんじゃなかろうか。
「地下道路専用のナビを付けますから、問題ありません。総合的に判断して、最適解を弾き出します」
うん……それが一番効率的なんだろうね……
本領での自動車の導入計画と、王都での巡回バス導入の計画は同時進行だ。
本来なら本領の事務方の睡眠時間が削られそうな話だけれど、今回は違う。優秀な文官を複数人いっぺんに雇い入れたので、無理なく同時進行が可能なのだ。
「いや、各所に無理はさせているからな?」
王都邸の執務室で、これからの事を軽く打ち合わせしていたら、目の下がまだ黒いズーインがこちらをじとっとした目で見てきた。
「でも、あなたが一人でやるよりは楽でしょ?」
「比較対象を間違えていないか?」
「いや、間違えてないよ」
頑張って働いてくれたまえ。頑張れば、その先には報酬が待っているぞ。
王都の件と本領の自動車導入の件が一段落したら、関わった人達には休暇と、それとは別に全てこちら持ちのリゾート旅行への招待を計画している。
行き先も、好きに選んでいいよ。同行者も、好きに探したまえ。両親を連れて行くもよし、妻子を連れて行くもよし。
何なら、意中の相手を誘ってもいいかも?
あ、でもオーゼリアだと、婚前旅行はあまりいい目で見られないんだっけ。
……あれ? 私、散々結婚前にユーインと一緒にあちこち行ってるんですが。それはいいのか?
リラに確認したら、何言ってんだこいつって目で見られた。
「既にあの頃、あんた達は婚約状態だったって聞いてるわよ?」
「そういえば、そうだった。でも、あの頃は(仮)だったんだけど」
「何その『かっこかり』って。……今更だけど、本当にユーイン様って、辛抱強いわよね」
そうね。何かそんな気がしてきたわ。
ちなみに、リゾート旅行、ズーインに関してはギンゼールの諸々を含んだものを終えるまでお預けです。
それを言ったら、本人が凄く驚いていた。
「はっはっは、ギンゼールの件を終わらせるまで、旅行はお預けに決まっているじゃないか!」
「いや、そっちじゃない。俺も、旅行に行けるのかと驚いたんだ……」
はて。私は部下を差別する気はないんだけど。
首を傾げる私に、ズーインは何やら言いよどんでいたけれど、諦めて口を開いた。
「元々、私は処刑される立場の人間だ。いわば、ここにいるのは死に損ないだな。そんな私が、旅行などと……」
「てい!」
「痛!」
俯くズーインの頭頂部に、チョップを入れた。ズーイン本人だけでなく、リラも驚いている。カストルは、いつも通り我関せずだ。
「な、何をする!」
「いつまでもうじうじすんな。うちに来た時点で、死んで生まれ変わったと思いなさい! あんたは優秀だから私が使い倒しているだけで、ちゃんと報酬だって支払ってるし、福利厚生も考えてあるでしょ!?」
「ふくり……? よくわからんが、確かに他の者達と待遇に差はないが……」
「なら! 胸を張って仕事をしなさい! その結果、もらえるご褒美も胸を張ってもらえばいいの! わかった!?」
「あ、ああ……」
半分以上、勢いだけで頷かせた。いいんだよ、ズーインみたいに頭を使う奴は、たまには脳筋の洗礼を受けるべきなんだ。
考えたって答えが出ない事なんて、世の中たくさんあるんだからね。
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