第752話 捨てる神あれば拾う神あり

 巡回バスの説明の前に、バスそのもの、もっと言うと車そのものの説明も必要なんだけど、陛下にはそれが必要ないから楽だわー。


 何せ、ガルノバンから車を持ち帰った時、当時の国王ご夫妻と一緒に陛下とコアド公も試乗会を見てるからね。


「という訳でして、多くの人を乗せた大型の車を、決められた経路で居住区から再開発地区まで走らせたいと思います」

「何の為に?」

「もちろん、再開発地区に来る人の『足』とする為ですよ。庶民は馬も馬車も持っていませんから、移動は基本徒歩です。それですと、行動範囲が狭くなります。再開発地区を整備しても、人が来ないのでは意味がありません」

「貴族なら、馬車で来るのではないか?」

「確かに貴族はそうでしょう。それに、落とすお金も庶民よりは多いはずです。ですが、より多くの人に来てもらわなければ、また廃墟に逆戻りですよ」


 人が来ない建物なんて、あっという間に廃れるんだから。


 私の言葉に、陛下が何やら考え込み、コアド公が耳打ちしている。国としても、不利益はないはずなんだけど。


 じっと待っていたら、向こうの話がまとまったらしい。


「侯爵、確認だが、この話は運輸関連の部署に申請は出したんだよな?」

「ええ。それで、改めて口頭で説明しろと言われたそうです」


 一応、申請に使った説明用の書類も、持ってきているので陛下に渡す。それを見ながら、陛下が首を傾げていた。


「この書類で十分理解出来ると思うのだが……」

「もしかして、運輸の部署の人は理解力が低いのでは……まあ、そんな人物を王宮で雇っていては、問題ではありませんか?」


 言われても、反論は出来ないよなあ、担当者。こちらはきっちり書類を整えたんだから。ズーインが。


 私の大根役者な言い分に、陛下が眉をひそめる。


「侯爵、言いたい事があるのなら、率直に申せ」

「今すぐ巡回バスの許可が欲しいでーす」

「わかった。運輸には私の方から話しておこう。計画は進めておけ」

「ありがとうございます」


 こういう時、王制っていいよねー。




 巡回バス用の車体は、デュバルで製造する。その為のあれこれは、さすがにこちらに回って来た。


「バス製造の工場の建設と、その土地の選定、従業員募集などなど、やる事は多いわよ」

「おおう……」


 幸い、再開発地区の工事や申請その他はズーインに丸投げしているので、私の負担は少ない。


 彼の方は、連日書類に埋もれているけれど。あれ、丸投げしてなければ私に回ってくるところだったのか……おお怖。


 そんなズーインから、とうとう悲鳴が上がった。


「いい加減、人員を補充してくれ!」


 まあ、そうなるよなあ。


 うちはペイロンと近いせいか、どうも脳筋率が高い。それをどうにかするべく、領内での教育は進めている。


 けれど、人なんてそう簡単には育たない。今教育している人材が使い物になるには、まだ数年は掛かる計算だ。


 我が領では、即戦力を欲しています。いや、マジで。


 どっかに即戦力の文官、落ちてないかなあ。




 さすがにそんな人は落ちていなかった。


「うーむ、労働力と大工は拾えたんだけどなあ」

「何をブツブツと言ってるの。はい、追加の書類です!」

「おうふ」


 王都邸の執務室でぼやいていたら、リラが机の上に書類のタワーを作り出した。


 ちなみにズーインは自分の机で書類仕事の真っ最中だ。段々目が血走ってきている気がするんだが。


 単純な書類仕事だけなら、ネレイデスでもいいのではなかろうか。


「彼女達は、自分で判断する事は苦手ですよ?」

「カストル……考えを読むなとあれ程――」

「あんた、また謎生物を増やそうと考えてたわね?」


 ほらあ。リラにバレたじゃないか! てか、ネレイデス達を謎生物呼ばわりすんな。


 その後、書類を見つつリラの説教を受けるという、何ともいやんな時間を過ごす羽目になった。


 執務中は、お茶の時間がいい休憩時間になっている。頭を使うせいか、凄く甘い物が欲しくなるんだよねえ。


 本日の午前のお茶のお供はオムレットケーキ。中に入っているのはバナナ。うん、美味しい。


 ズーインも文句一つ言わず、もぐもぐ食べている。やっぱり、頭使った後は甘い物だよね。




 その日の夕方、帰宅してきたユーインとヴィル様の表情が硬い。


「お帰りなさい、二人共……何か、ありました?」


 私の問いに、二人は無言で頷く。いや、本当に何があったってのよ。


 玄関ホールで立ち話も何だから、二人が着替えてくるのを居間で待つ。


「何があったんだろうね?」

「王宮関連というのは、何となくわかるんだけど……」


 二人が同時にあんな表情で帰ってくる以上、そら仕事先での何かだろうよ。何か、トラブルかねえ?


 口に出したら、リラがこちらをじろりと見た。


「あんたが申請した、巡回バスの件じゃないの?」

「え? でもあれ、陛下の許可をもらったよ?」

「それはそうだけど……実際、運輸の部署では、ごたついたみたいじゃない?」

「だとしても、こちら側に非はないよ。あるとしたら、部署の連中の方だね」


 私、悪くない。


 リラとあれこれ言い合っていたら、着替えた二人がやってきた。


「さあ、何があったか話してください!」


 鼻息荒く迫ったら、ヴィル様が引いてる。ここでユーインに行かないのは、彼は説明が下手だから。


「わかったから落ち着け。どのみち、陛下からも説明するように仰せつかっている」

「陛下から?」


 じゃあ、やっぱり巡回バスの件? あの後、何かあったのかな?


 と思ったら、予想以上に大事になってた。


「まず、運輸部署にいた伯爵二人が更迭、両家は潰されるまではいかないが、強制的に当主が交替した。また、この先五十年は王宮の仕事には就けない」

「え」


 何それ。当主交代まではまあよくある話だけれど、王宮の仕事に就けないってのは、家によってはかなりのダメージになるはず。


「ええと、理由を聞いてもいいですか?」

「理由はお前が導入する予定の巡回バスだ」

「えええええ」

「その二つの伯爵家は、それぞれ馬車と馬車馬の生産で潤っている家でな。お前が巡回バスを導入すると、自分達の売り上げに響くと考え、申請を却下する方向で動いていたらしい。申請書類に難癖をつけてな」

「なんと」


 なのに、陛下からの鶴の一声で申請が通った訳だ。それが不服だった二人は、何と書類を改ざんして許可を取り消そうとしたという。


「それが、陛下に知られてな……」

「ああ、それで」


 不正はやってはならないが、それがよりにもよってうちに関わる内容じゃあな。


 てか、陛下からの直の許可って辺りで、色々察しろよもう。


「ウィンヴィル様。その二家の伯爵家当主は、陛下からの許可を軽んじていたという事でしょうか?」


 リラからの質問に、ヴィル様が眉間に皺を刻む。


「彼等は長く今の地位にいてな。しかも、親からの世襲だ。そのせいで、色々と勘違いを起こしていたらしい」


 それって、運輸の許可の仕事は、自分達だけの特権と思い込んだとか、その辺りかな?


 馬鹿だねえ。オーゼリアは王制なんだから、国王陛下が一番に決まってるじゃないか。現場の声だって、簡単にひっくり返せるんだぞ?


 とはいえ、今回は現場が不正をしようとしていた訳だから、陛下が正しいんだけれど。


 説明が終わっても、ヴィル様の表情が晴れない。これは、まだ何か引っかかるものがあるんだな。


「何か、引っかかってますねえ?」

「……引っかかるというか、二家が更迭されるのはいいんだが、連帯責任として、部署の人間の多くが解雇になる」


 ああ、しばらく運輸の部署が人手不足になるから、それが心配とか?


「あそこには優秀な人間もいたから、巻き添えで無職になるのが忍びない」


 違った。クビになる人達の事を心配していたらしい。


 ……うん? 優秀?


「ヴィル様、クビになる人達って、もう次の就職先、決まったんでしょうか?」

「いや、まだだ。頼る家がある連中はいいが、そうでない者達も多いし」

「彼等の再就職先、やはり国関連の施設でないと嫌なんですかねえ? 派閥で問題があるとか」

「それはないだろう。どこも男爵家の次男や三男、それ以下ばかりだ。大体、何故そんな事を聞くんだ?」


 ヴィル様の言葉に、にやりと笑う。ちょっと、そこ、どうして後ずさるんですか? 何も悪い事なんて、考えてませんよ?


「優秀な人材だっていうのなら、うちでまとめて雇い入れようかなって」


 再就職先を斡旋してあげるだけです。仕事は大変だけれど、やりがいはあると思うのよ?

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