第751話 メリットとデメリットは表裏一体

 運河には、両脇の並木道が付き物。いや、私がそう思っているだけですが。


「でも、乾燥した帝国に、運河という水が流れる訳だから、並木道くらいあってもいいと思わない?」

「それは思うけれど。今から植樹しても、育つには十年以上掛かるんじゃない?」


 王都邸の執務室での最近の話題は、再開発地区の事か帝国の運河の事ばかりだ。


 執務室には、ズーインもいるので彼も話題に参加すればいいのに、頑なに書類に目を落とすばかり。


 いや、彼が手がけているの、ギンゼールの鉄道やら植物研究所やら鉄道の保守点検基地だから、手を抜かれるとこちらが困るけれど。


「道はともかく、並木はいいアイデアだと思うわ。木が育つのに時間が掛かるのは覚悟の上で、植樹はしておきましょう」

「そちらでしたら、いい案がございます」


 リラの言葉を受けて、カストルがうきうきした様子で言ってきた。


 こういう態度の時は、大抵ろくな事を言い出さない。


「主様は酷いですねえ」

「酷くないですー。大体、まだ何も言っていないじゃないの」

「私もまだ何も提案しておりませんが」

「これまでの行いがものを言うね」


 カストルが黙った。自覚はあったのかな?


 内心首を傾げていると、リラが軽い溜息のあとに口を開く。


「とりあえず、提案とやらを聞こうかしら」

「普通の樹木では成長に時間が掛かりますから、ここは魔物の樹木を――」

「却下」


 リラの即答に、私も頷く。やっぱりろくな提案じゃなかった……


「ですが、成長が早い上に、色々とお得な面がございますよ?」

「いや、その前に魔物を大陸の外に出そうとするな」


 あれは魔の森特有の存在なんだから。とはいえ、最近は無害化した魔物を、デュバル領内で色々有効活用しておりますが。


 船の本体に使っている木材も、それだ。領地の一部で育成した魔物樹木を材料にしている。


 おかげで鉄より強く、普通の木材より軽い素材が出来ましたとさ。


 でも、それはそれ、これはこれ。並木は木陰やら何やらの為の植えるんだから、早く成長させる必要はないのだ。


 でも、カストルはめげない。


「あの乾燥具合では、魔物の樹木でないと成長は見込めないのでは? それに、魔物の樹木であれば将来的に帝国の乾燥を完全に押さえ込めるかもしれません」


 ……どういう事?


 リラも疑問に思ったらしく、眉根が寄っている。


「……根拠は?」

「雨雲が発生する原因は、ご存知ですよね?」


 知ってる。湿った温かい空気が上空で冷やされて、雨となって地上に降るのだ。


 帝国の場合、湿った空気は海上からもたらされるくらいしか、方法が……あ。


「木々から発する水蒸気って事? 並木程度で?」


 同じ考えに至ったリラの言葉に、カストルが頷く。


「普通の並木では無理でしょう。ですが、魔物の樹木でしたらそれが可能です」


 うーん……帝国全土に雨が降り、結果水不足が解消されるのならそれはそれでいい気はするけれど。


 それって、災害の元にならない? 雨が降らない土地にいきなり降るようになると、鉄砲水とかが心配。


 カストルの言葉に、リラが考え込んでいる。


「木々の水蒸気は、運河からの水を地中から取り込む事で発生させます。その分海から採取する海水の量が増えますが、全体から見れば微々たるものです」

「……カストル、その雨の影響は計算出来て? 樹木が出す水蒸気の量の制御は?」

「計算しておりますし、制御も可能です。何でしたら、空気中の湿度に対応し、自動で制御出来ます」


 随分と高性能だなおい。


 カストルにとって、魔物とは自分で作り上げる生きた道具のようなもの。ある程度の能力は、彼が選択して付ける事が可能だという。


 帝国に雨は降らせたい。でも、豪雨を降らせて街を沈める訳にはいかないんだよね。


 雨の多い国に生きていたからこそ知っている、水の厄介さだ。


「どうする?」


 不意に、リラがこちらに聞いてきた。判断するのは私かー……


 ちょっと考えて、カストルに訊ねた。


「水の逃げ場を用意出来る?」

「出来ますが、それは水害が起こってからの方がよろしいかと」

「いや、水害が発生したら、人の命が失われるじゃない」

「だからこそです」


 カストルの言葉に、リラと顔を見合わせる。


 そこに、横からズーインが発言してきた。


「何も起こらないうちから動けば、人はお前達が水害を発生させたと言い出すぞ」

「え」


 いや、そんなまさか。


 でも、魔物の樹木を並木に使い、結果帝国全土に雨が降り、水害が起こったら、確かに私が発生させたようなものか……


 リラも反論しないところを見ると、同じ考えだな。


 二人で無言でいると、ズーインが溜息を吐いた。


「実際にそうであろうとなかろうと、水害が起こってから動けば救世主、興る前に動けば実行犯だ。ならば、起こった後に動くべきではないか?」


 正論……なのかなあ。でも、雨が降るようになれば、水害に備えるのは当然だと思うんだけど。


 でも、乾燥している帝国では、そもそも水害という考え方そのものがないんだろう。


 もういっそ、水の逃げ場として運河を帝国全土に張り巡らせるかな。


「そちらは、先の話になさった方がよろしいのではありませんか?」

「カストル、人の考えを読まない」

「失礼いたしました」


 悪いと思ってないだろ、まったく。




 その後も散々話し合った結果、運河網を広げるのは時期尚早となった。


「まずは今作ってる分の並木で、どれくらいの雨が降るか見ておきましょう。カストル、雨の量はあまり多すぎないように」

「承知いたしました、エヴリラ様。では、標準量の水蒸気を出すようにしておきます」


 標準量の水蒸気って。


 まあ、それで帝国全土にどれくらい雨が降るか……だね。空気そのものも乾燥しているようだから、意外と降らなかったりして。


 三人でわいわいやっている脇で、ズーインがぼそりとこぼした。


「やはりこの顔ぶれだと、想像も付かないような話が出るな……」


 聞こえてるよ? 君にも、この世界にどっぷり浸かってもらうからな?


 帝国に雨を降らせよう計画……ではないけれど、結果的にそうなりそうな並木計画はこれでよし。


 次の問題は、巡回バスである。


 王宮に申請を出してもらったところ、よくわからない代物なので、直接説明しに来いと言われたらしい。


「私が行っていいものかどうか」


 ズーインが悩んでいるという。


 申請したのは彼なので、説明責任も彼にあるのでは? という事らしい。


 思わずリラと顔を見合わせる。


 ズーインも一応計画を知っているし、巡回バスとは? の説明は出来るだろう。


 でも、彼にはギンゼール関係をまとめてもらっているので、巡回バスは担当外でもある。


「ズーイン、説明しろって言ってきたのは、王宮の担当部署なのよね?」


 私の質問に、彼が頷いた。


「そうなる。運輸関連の部署だな」


 そうか。なら、いっそもっと上に説明しにいこう。




「という訳で、説明しに参りましたー」


 私の目の前では、執務室で目を丸くしているレオール陛下がいる。もちろん、コアド公爵や元学院長の顔もあった。


「……侯爵、一体何の説明だ?」

「もちろん、巡回バスのご説明ですよー」


 なるべく明るく言う。でないと、面倒ごとに引っ張り出された不服さが、顔に出かねないから。


 そりゃね、訳わからないものの申請は簡単には通せないとは知ってるよ? でも、馬車の代替品で、馬車とほぼ同等の速度で道を走るって、十分説明していると思うのだが?


 大方、馬車か馬に利権のある家からの横やりだと思う。なので、一番上……国王陛下にねじ込みに来たのだ。


 こういう事が出来るのも、今の立場あってこそ。いやあ、こういう時は爵位を持っていてよかったって思うわー。

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