第750話 計画は、立てている時が一番楽しい

 再開発地区は、廃屋の撤去作業があっという間に終わったそうだ。まあ、魔法を使うしね。


 王都邸の執務室で、口頭での報告を受けた。


「今は更地のままだそうよ」

「まだ計画が中途だもん」


 リラの報告に答える。作業の方が早いんだよなあ。いや、早いのはいい事だ。


 ちなみに、跡地に作るのはロエナ商会を中心とした、新しい「街」だ。ここぞとばかりに、デュバルの新技術もふんだんに使う。


 何をやるかと言うと、ロエナ商会の巨大店舗を建てる、映画館の設立、芝居の劇場の設立、図書館の設立だ。


 もちろん、ロエナ商会の店だけではなく、他にも有名どころの店は誘致したい。


 それに、食事が出来る場所も提供する。一日いても飽きないようにするのが、最終目標かな


 何せ再開発地区、広いからね。




 廃墟群が消えて、更地になった場所は人々の注目を集めているという。一応、入り込めないよう結界は張ってあるけれど、外から中は見えるのだ。


 で、そうした話に敏感なのが、貴族というもの。


「王都の端で、何やらやっているそうね?」


 舞踏会シーズン到来の二月、シーズン最初の舞踏会はラビゼイ侯爵家主催のものだ。


 場所は王都の歌劇場。当然、王家派閥の重要な家が主催とあっては、招待に応じない訳にもいかない。


 とはいえ、周囲は見知った顔ばかりなので、気楽ではあるんだけれど。


「ラビゼイ侯爵夫人のお耳にも、入りましたか」

「ほほほ。あなたがやる事は面白い事が多いのだもの。私も主人も、常に注目していてよ?」


 えー? それは勘弁。でも、口には出せず、愛想笑いで誤魔化す。


 でも、ラビゼイ侯爵夫人はこれだけで逃がしてくれるつもりはないらしい。


「あの場所に、新しい施設が誕生するとも聞いているわ」

「あそこには、全て新しいものが建つんですが……」

「今までなかったもの、という意味よ」


 ああ、なら、映画館だな。


 王家派閥の人達なら、狩猟祭に参加しているので、説明が楽だ。


「狩猟祭でご覧いただいたような、映像というものを見せる場所ですね」

「ああ。あれなのね。あら、じゃあ狩猟祭の様子を見せるのかしら?」

「いえ、技術は同じですが、見せる内容は違います」


 まずは各地で撮影してきた絶景を、音楽と共に見せるものかな。環境ビデオのようだけれど、まずは映像というものがどんなものか、知ってもらう方が先だから。


 ついでに、クルーズツアーや列車を使ったツアーの宣伝になればとも思うし。


 なので、ここでラビゼイ侯爵夫人が食いついてくれたのは、こちらにとってもよかったのかも。




 舞踏会シーズンである二月は、連日舞踏会が開かれている。しかも、同時開催も多い。


 なので、参加する舞踏会は吟味する必要があった。


 本日は、その取捨選択を王都邸の執務室でしている。執務机の前にあるソファセットのテーブルの上には、山のような招待状。


「王家派閥のだけ出てればいいのでは?」

「そういう訳にもいかないのが、貴族の世界というものよ」


 私の発言に、リラが即答する。駄目かー……


 とりあえず、貴族派からの招待は、序列が上の家が主催のもののみを選ぶ。序列が低い家とは、付き合っても意味ないからだと。


「まったくこっちはクソ忙しいってのに、いらん手間を掛けさせおって……」


 リラの目がつり上がっていく。忙しいのに加えて、嫌がらせの招待状が多いから……らしい。


 招待状を出すのがどうして嫌がらせに繋がるのか。これは、舞踏会シーズン中のみに使える手なんだとか。


 相手にとって大事な家が主催の舞踏会にぶち当てて招待状を送ると、断らざるを得ない。


 それを後で「招待を受けてもらえなくて残念ですう」とか公の場で言うのだとか。


 一応、招待を断るのは失礼に当たるから。


 とはいえ、それは周囲の家もわかっている事なので、「ああ、あの家同士はそういう事なんだな」と広める事になるそうな。


 貴族、本当に面倒い。




 再開発地区から救い出した人員は、無事デュバル本領に到着し、診察と治療を経て、現在はリハビリの真っ最中なんだとか。


 欠損が長いと、本来あるはずの腕や足が元に戻っても、うまく使いこなせないそう。なので、リハビリが必要……と。


 でも、これで必要な大工が揃いそうなので、助かったわ。彼等には、リハビリが終わり次第、ギンゼールに向かってもらう予定。


 あちらのダーウィカンマー領で、鉄道の保守点検用の施設や宿舎などを建ててもらうのだ。


 規模からして、ちょっとした街になりそう。王都でも向こうでも、街作りかあ。


 とはいえ、ギンゼールのは機能重視、王都は機能もそうだけど、見た目も大事。何せ王都だから。


 一応、再開発地区の工事に関しては好きにやっていいと許可が下りているけれど、巡回バスやその他諸々、あちこちに申請したりなんだりと大変だ。


 街のアイデア出しと共に、そんな書類も作成しているので目が回りそう。


「いや、目が回るのは私なのだが」


 そんな文句を言ってくるのは、ズーイン。彼にはギンゼールの一件全部を丸投げしているのだけれど、ついでだから王都再開発に関わる申請書類なんかを全て任せている。


 デュバルでの研修には、王宮への申請書類の種類や書き方なども含まれていたらしく、難なく作成していく手腕はさすがだ。


「大丈夫、ズーインは優秀だから」

「褒められている気がしない……」


 褒めてるよ。胸を張って自慢するがよい。




 王都執務室には、様々な報告書が舞い込んでくる。執務室に、というか、私の元に……だな。


 それらには、あちこちに散らばる飛び地からのものも含まれる。


「お、運河建設が佳境らしい」


 帝国に送ったレネートからの報告書だ。彼には西のイエルカ大陸での事業全てを任せている。


 それを説明した時のズーインの顔は見物だった。あれ以来、彼はレネートにシンパシーを感じているらしい。何でだろうね?


「運河というと、あちらに作っているという、あの馬鹿げた代物か」

「馬鹿げたとは何だ馬鹿げたとは。素晴らし代物だろうが!」


 ズーインからの突っ込みに、思わず声を荒げる。まったく、この元王様は歯に衣着せなさすぎ。


 運河が完成すれば、ゲンエッダからブラテラダへの輸送がかなり楽になる。今は海があるから海路を使えるけれど、海は荒れるからね。


 それに、何やらリューバギーズが怪しい動きをしているんだとか。この辺りは、ミロス陛下からの愚痴交じりの手紙に書いてあった。


 リューバギーズ……ねえ。ホエバル海洋伯だっけ? あの人、そんな野心に溢れるような人には見えなかったけれど。


 どっちかっていったら、リューバギーズ王家に対する忠誠心が高すぎて、排他的になってる部分があったかな。


 とはいえ、遠いデュバルには関係のない事。ゲンエッダやミロス陛下達に頑張ってもらおう。


 私としては、運河が完成したらぜひともやりたい事がある。


「運河クルーズに行きたい!」

「うんが、くるーず?」


 執務室で、頭にクエスチョンマークを飛ばしているのは、ズーインだけだ。


「運河クルーズって、帝国に見るところなんてあるの?」

「リラが辛辣。見るところがなければ、作ればいいんだよ」


 確かに、帝国国内はあまり見るところがない。でも、言った通りなければ作ればいい。


 というか、いくつかは既に作ったのだけれど。


 運河の為に、海水を真水にしたものを帝国中に送り出している。そして、それらを一度貯める場所として、各地に大型の人工湖を作ったのだ。


「湖畔って、十分観光地になると思わない? それに、運河そのものも観光資源なんだから」


 私の言葉に、リラの顔が渋い。それだけだと、弱いと思っているのが丸わかりだ。


「運河クルーズをメインにしなくても、クルーズツアーの一部に組み込む事も可能だと思うんだ」

「……クルーズ船で、イエルカ大陸まで行くって事?」

「そう」


 クルーズツアーも、最近では短いという意見を聞く。まずは近場からと始めたのだから、クルーズに慣れた顧客が出てきたのなら、その次はロングクルーズだ。


 ギンゼール方面もそこそこ長いツアーになるけれど、本格的なロングクルーズならイエルカ大陸だろう。

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