第749話 動き出す

 追加の馬車を呼び、再開発地区に住んでいた全員を運び出す。彼等は一度、デュバルの本領に送らなくてはならない。


「診察と検査をしないとね」

「まあ、確かに。かなり不衛生だったみたいだし、栄養事情も悪かったようね」


 私の発言に、リラが頷く。とりあえず、再開発は始められそうだし、そこの住んでいた人達は全員働き先を見つけられる事になりそうで、めでたしめでたし。


 犯罪者達も、まっとうな仕事で更生出来るでしょう。もっとも、まっとうな職場から出てこられるかは謎だけど。




 大工をしていたという老人……クタール・ムットが言うには、あの再開発地区になった廃墟群に住んでいるのは、彼の仕事仲間だった大工や、木工職人、鍛冶職人などが多いという。


 他にも、夫を亡くして働き場所がなく、住んでいた賃貸から追い出された母子や、体を壊して働けなくなり、同じく賃貸から追い出された若者などがいる。


 王都の問題は、まず治療を受けられない人が多いというところかな。これは、後で陛下に伝えておこう。


 何も、彼等が可哀想だとかいう話ではない。適切な治療を施せば、いい労働力になる人材が多いのだ。


 それをそのまま捨て去るのは、もったいないというもの。王都だって、いつ人手不足になるかわかったもんじゃない。


 うちがそうだったんだから、発展をし始めたら途端に手が足りなくなるんだよ。その為の余剰人員は、ある程度抱えておくべきじゃないのかねえ。


 それをするだけの余裕もないようには、見えないんだし。




 クタール達は、一度ユルヴィルに送り、そこから鉄道でデュバルへ向かう。ちょうど格安車両の導入を検討していたところだから、彼等に試乗してもらおう。


 その前に、ユルヴィルで入浴してもらうけれど。何せ廃墟群には風呂がなかったから。


 かろうじて井戸はあったので、冬でも冷たい水で体を拭いていたという。風邪引くよ。


「彼等専用に、ユルヴィルの空き地に大きめ入浴施設を作るし」

「え? わざわざ?」


 私の言葉にリラが驚いている。現在、私達は王都邸に戻り、執務室で再開発のアイデア出しをしている最中だ。


 地区にはオケアニスを呼び出してあるので、彼女達が綺麗に廃屋を取り壊してくれるだろう。何でも出来るな、うちの戦闘メイド達。


 それはともかく、リラにもうすこし詳しく説明しておく。


「作るといっても、簡易の入浴施設だよ。屋根はなく、壁だけで、風呂も地面に掘った穴を固めたものにお湯を魔法で入れるだけだから」

「それでも、手間だしお金も掛かると思うんだけど……」


 金は掛からないかな。何せ、それを作るのもお湯を入れるのもオケアニスなので。


 本来なら掛かる人件費が、彼女達に限ってはゼロだ。いや、作る時点で素材代? とかは掛かっているんだろうけれど。


 カストルがその辺り、まったくこちらに請求しないのでね……


「着替えはデュバルから昔領民に配ったものを取り寄せるし、ある程度身ぎれいになったら、鉄道で本領へ行ってもらう。あ、食事の用意も、オケアニスが炊き出しをするっていうから、問題ないね」

「まあ、全ては本領に移動してからになるわね」


 ちなみに、王都を出てデュバルに来る事を拒んだ人は一人もいない。生活を保障すると言ったのが、効いたのかも。


 身体欠損を抱えていたり、病やらで仕事が出来なくなっていた人達に関しては、本領で診察の後適切な治療を施す。


 うちのネレイデス達なら、欠損部位も治せるから。


 デュバルでは、女性の働き場所も多いしね。王都はまだまだ、男性優位の職場が多い。


 だから、一家の働き手である父親が亡くなったり仕事が出来なくなったりすると、いきなり詰む家が少なくないのだよ。


 あ、これも陛下に伝えておこうっと。保険や補償の概念は、まだオーゼリアにもないもんな。


 ただ、貴族の中には長年働いてくれた領民や配下が働けなくなった場合、個人として年金を出したりする家はある。


 でも、法で定められていないので、ケチな貴族はそうした事をしないのだ。クタールが仕事を請け負った某男爵がそれ。


 そういえば、その男爵家ってまだあるのかな。


「カストル、クタールが足をなくした事故の現場って、どこだかわかる?」

「クタール本人から聞き出しています。主様もご存知の名前でしたよ」

「え? 誰?」

「ノルイン男爵だったそうです」


 あれか! 人身売買組織を運営し、長らく甘い蜜を啜っていた男だ。


 え……じゃあ、クタールってノルイン男爵の依頼で大工仕事をしていたって事?


 まあ、貴族に依頼されたら、普通の大工は断れないわな。でも、あのノルイン男爵なら、何か納得だ。




 クタール達は、無事格安客車によりユルヴィルからデュバルへ旅立ったという。


 格安とはいえ、そこはうちの客車。ちゃんと寝台車仕様で寝ている間にデュバルに到着するよう手配してある。


 寝ている間に到着するんだから、楽だよねえ。


 ただ、この意見に反対する人もいるそうで。


「ただ、昼間に走る列車に乗りたいって声も、多いのよ」

「マジで? 乗り鉄凄え」

「乗り鉄言うな」


 いやだって。そういう事だよね?


 何でも男性が多く、起きている間に車窓を流れる景色を眺めたいそうだ。


 ただ、そういった人達の奥方やお子さん達は反対だそう。まあ、景色眺めていられるのは最初の一時間程度だよね。


 ユルヴィルからデュバルまで、七時間以上掛かるから。


「デュバルユルヴィル間の時間が、もう少し短く出来ればなあ」

「いや、七時間でも十分短いんですが? うちは気軽に移動陣を使えるから実感しにくいけれど、王都とデュバルってかなりの距離があるからね?」

「リラ、それはデュバルが田舎だと言いたいのかね?」


 いや、否定はしないけれど。


 でも、リラの意見は違うらしい。


「はあ? 何言ってるの? デュバル本領が田舎なら、そこらの貴族領は全部田舎よ!」

「えええええ」

「あれだけ綺麗な領都や他の街、あると思う? しかも領内の移動も気楽に出来る場所、本気であると思ってるの?」


 いや、それはその。


 移動に関しては、確かに気合いを入れて作った。カストルも嬉々として街道だけでなく、そこを走る鉄道やら都市の地下を走る地下鉄やらを設計してくれたし。


「デュバルを見ていると忘れがちだけれど、今でも生まれた街から一歩も出ずに生涯を終える人、多いんだからね。それを、気軽に隣街どころか隣領まで行けるんだから。そんな領地を田舎と呼ぶ奴がいたら、目の前に引きずり出してほしいわ!」


 わかったから。落ち着いてえええええええ。




 移動に関しては、王都の中でも手段が限られている。


 貴族は馬車か馬。庶民は基本歩きだ。


「そこを改善する事も、再開発の一端だと考えているんだ」


 王都邸の執務室。私とリラ、カストルの三人で再開発地区の地図を前に、話し合いの真っ最中だ。


「改善って。乗合馬車でも作るの?」

「近い。カストル」

「はい」


 私の言葉を契機に、カストルが一枚の紙をテーブルに広げる。そこには、図と文章であるものの説明がなされていた。


「なにこれ。……巡回バス?」

「そう。本当はトラム……路面電車を走らせたかったんだけど、あれは道に線路を作らないとならないから」

「それで、巡回バスにしたの? え……大丈夫?」


 リラの心配もわかる。何せ王都には信号がない。走っているのは馬車だけだからね。


「速度を二十キロから二十五キロ程度に抑えて、車体の周囲に接触や衝突事故時の保護の為に、結界を発生させようと思うんだ」

「二十キロ……それでも、馬車よりは速くならない?」

「そこは、王宮にお願いしてバス専用レーンを作る許可をもらうか、バス優先区画を設定するかかな」


 巡回バスは、何も王都を縦横無尽に走る訳ではない。


 カストルが無言で、もう一枚地図をテーブルに乗せた。


「これが想定している巡回ルートだよ」

「……これ、再開発地区と居住区とを結ぶだけなの?」

「そう」


 再開発地区に作るものは、ある程度考えている。でも、それを成功させる為には人を呼ばなくてはならない。


 貴族なら馬車で来られるけれど、庶民は徒歩だと居住区から再開発地区までかなりの距離がある。


 いくら目新しい店が入ったとしても、遠い場所に長時間歩いてまでは行く気になれないだろう。


 そこで、巡回バスの出番だ。


「しかも、巡回バスは無料にする」

「……それ、人が群がって大変な事になるんじゃない?」

「しばらくは、整理券でも出すよ。あと、台数を増やしてピストン輸送かな」


 来る人は、多ければ多い程いい。そして、リピーターになってもらわなくては。


 その為にも、打てる手は全て打たないとね。

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