第748話 渡りに船

 大工が足りない。そこらの大工では、うちの工法がわからなくて、簡単には雇えないという事もわかった。


「マジかー……」

「領内の学校では、大工のコースでその辺りもきちんと教えてるんだけど……」


 さすがのリラも困り顔だ。効率がいいからとあれこれ変えていったら、こんな事になるとは。


 ある程度大工としての基礎技術があれば、短期間でも何とかなりそうって話なんだけどねー。


 いっそギンゼール内で募集するか? とも思ったけれど、鉄道関連の施設は重要施設という事で、信頼が大事。


 それに、機密事項も多くなるので、ダーウィカンマーやベデービヒでの作業を終えたら、デュバルでそのまま働いてくれる人がいい……らしい。


 どうしたものか。




 最近の悩みは常に技術者不足に関する事ばかり。とはいえ、他の仕事もおろそかにする訳にもいかず。


 あー、書類仕事、なくならないかなー。ついでに社交の仕事も、なくならないかなー。


「妄言を吐いてないで、手と頭と目を動かしなさい」

「リラが鬼」

「何か言ったかしら?」

「何でもないです」


 王都邸の執務室にて、毎度のやり取りをしつつ書類を片付けていく。今、ここから逃げ出せるのなら、何でもやるのに……


 ちょっと遠い目になりかけていたら、ルチルスが緊急だと執務室にやってきた。


「たった今、王宮からこちらが届けられました」


 銀盆の上に乗っているのは、見慣れた王家が使う封筒。しっかりした紙で出来ていて、角は刺さるとかなり痛い。


 リラが開封し、中の便せんを取り出して私に渡す。目を通したら、明日の午前中、王宮に来るようにという内容だ。


「また何か、面倒ごとかな……」

「とはいえ、行かない訳にもいかないわよ? 明日の午前中、王宮に行きます。支度をするよう、通達を出しておいて」

「承知いたしました」


 リラの言葉に、ルチルスが一礼して部屋を去る。まあ、この書類地獄から抜け出せるなら、陛下の顔を見るのも一興か。


「言っておくけれど、王宮から帰ったら書類が待ってるからね?」


 抜け出せないらしい……もう、全部まとめてズーインに投げたい!




 翌日、午前中という指定だったけれど、結局出勤する旦那達と一緒に行く事になった。


 朝っぱらから王宮用の支度をしなければならず、面倒。


「……というか、このドレス、初めて見るんだが?」

「新作だからね」

「マジでー……」


 一体、私は何着のドレスを持っているのやら。


 四人揃って陛下の執務室に向かうと、既に見慣れたメンツが揃っている。陛下とコアド公爵、元学院長、イエル卿。


 挨拶を軽く交わしたら、ソファに腰を下ろして早速本題に。色々すっ飛ばすなあ。


「侯爵にやってほしい事がある」

「まあ、そうでしょうね」


 何の理由もなく、私を王宮に呼び出す事はないと思うし。そうなると、何かやらせたいんだろうなと察しは付く。


 私の返答に、陛下がにやりと笑った。


「話が早くて助かる。頼みたいのは、王都の再開発だ」

「はい?」


 さすがに、この内容には首を傾げるよ? 王都の再開発って、普通王宮の専門部署がやる事じゃね?


 怪訝な表情になっていたのか、陛下が苦笑した。


「言いたい事はわかるが、これは侯爵でなければ出来ない事だ」

「えー? 面倒ごとをこちらに押しつける気なだけではー?」


 いつもの調子で答えたら、隣のリラから肘鉄。痛いってば。


 脇腹をさすっていたら、コアド公爵に笑われた。ちぇー。


「侯爵、陛下は何もいたずらに君に仕事を振る訳ではないのだよ」


 コアド公爵は、言いながらテーブルに王都の地図を広げた。こうして見ると、王都って思っていた以上に丸いんだなあ。


「今回、侯爵に再開発してもらいたい区画は、ここだよ」


 コアド公爵の綺麗な指先が、ある一区画を示す。どこだ? ここ。


『以前何度か行った、廃墟が並ぶ区画ですね』


 カストル……いや、それよりも、あの区画か……


 地図を眺めていたら、コアド公爵が説明を始めた。


「ここには、壊すに壊せない廃屋が多いんだ。大抵は所有者不在でね。ただ、今回王都の再開発用に、特別法を作成して適用する事が決まったんだ」


 それが、一定期間空き家になっている建物は、所有者の許可なく国が更地にしていいという法らしい。


 何か、どっかで聞いた事があるような内容だね。


「法を適用して再開発をするのなら、私でなくてもいいと思うのですけれど?」

「問題は建物ではない。そこに勝手に住み着いた人間達だ」


 私の言葉に、陛下が答えた。人間?


「侯爵は、常日頃人手が欲しいと言っているだろう? ならば、この区画に勝手に住み着いた連中を持っていくといい」


 ああ、そういう。犯罪者でも住み着いたのかな?


 で、そいつらがいると再開発の為の取り壊しが出来ないから、私に渡して、ついでに取り壊しもしてほしい……と。


 まあ、うちは常に穴掘り要員を探している家だからねえ。今度はギンゼールでまた鉄道の延伸工事を行うし、単純労働者はいくらでもほしいところだ。


「わかりました。お引き受けいたします」


 渡りに船って、こういう事を言うのかな。




 まずは現場の確認。一度王都邸に戻って着替えてから、馬車で再開発地区へ。


 今回、リラだけでなくユーインとヴィル様も同行している。一応、陛下からの命令で来ている形。


 車窓から見える景色に、思わず顔が曇る。


「相変わらずだなあ」


 何か「出て」も不思議はない雰囲気。ある一定の場所から向こうは、本当に王都なのかと疑いたくなる場所だ。


「こんな場所に、住んでる人間がいるとは」

「犯罪者なのかもね」


 リラの感想に、軽く返す。だから陛下も、私に渡すと決めたんじゃないかなー。


 馬車は順調に再開発地区の奥へと向かう。


『主様、馬車の周囲に生命反応が出て来ました』


 生命反応って。噂の住み着いている犯罪者かな?


 ちらりと窓の外を見ていたら、ヴィル様から声が掛かる。


「……囲まれていないか?」

「ああ、何か人が集まっているようですよ。犯罪者集団ですかね?」

「お前は暢気だな」


 呆れたように言われたんだが。解せぬ。


 周囲を囲まれたところから、すぐの場所で馬車が停まる。何かあった?


「主様、馬車の前に、人が出て来ました」


 御者席から、カストルの報告。馬車の前に出て、両手を広げてこちらを停めたそうだ。


 あっという間に、馬車の周囲に人が群がってくる。


「出てこい!」

「金を出せ!」

「売れるもんよこせ!」


 口々に、勝手な事を口走っている。こいつら……


「全員寝てしまえ! 催眠光線!」


 馬車を中心に、周囲に術式が広がるように展開。あっという間に、馬車の周囲は静かになった。これでよし。


「相変わらず、でたらめな力よね……」


 リラが呆れたように言ってるんだが。解せぬ。




 馬車を降りると、周囲は死屍累々……いや、死んでないけれど。


「カストル、これ、全部穴掘り要員として回収しておいて」

「承知いたしました」


 これでよし。さて。


「もう、面倒だからこのまま家屋は潰していこうかな……」

「一応、中に人がいないかどうか調べてからにしなさいよ?」

「はーい」


 リラの提案に、答えておく。カストルに頼んで、生命反応がある建物はそのまま残そう。


 あ、周囲に瓦礫とか音とか漏れないよう、しっかり結界も張っておかないと。


 地区を覆う結界を張ったところで、カストルから報告が来た。


「主様、奥にまだ人がいます」

「そうなの?」


 まだ犯罪者がいるのか。




 再開発地区は、王宮に右側を壁に沿って移動した場所。本当に一地区だけ、寂れてしまっている。


 曰く付きの建物や、半壊した建物ばかりの場所だ。人がまだいる奥の場所は、壁際の事だ。


「この辺り?」


 馬車は犯罪者に囲まれた場所に置いて、徒歩でここまで来た。ここは半壊建物に自分達で壁や屋根を付け足したらしく、元の姿からは大分変わっている建物ばかり。


 素人でも、こういうのはやるんだなあ。


 辺りを見回していたら、視線の端を何かが走り抜けた。野良犬か何かか? と思ったら、その何かから物体が飛んで来る。


 結界に弾かれたそれは、石ころだ。そしてそれを投げたのは……子供?


「出てけ! ここは、おいら達の場所だ!」


 犯罪者集団に、子供がいたとは。攫われてきたとかじゃ、ないよね?


 その子供は、カストルがあっという間に捕まえていた。


「主様に石を投げるとは」

「放せ! 放せよ!!」


 首根っこを掴まれて釣り上げられているのに、子供は元気だ。


「何をしている!?」


 今度は、建物の奥から杖を突いた老人が出てきた。彼はこちらを見ると、はっとした顔をしている。


「どこかの、貴族様ですか?」

「まあ、そうだけど」


 つい答えてしまったら、老人は杖を使って器用にその場に跪く。


「お許しください。その子は、あなた様方の事を知らなかったのです。必要なら、この老いぼれの命を差し上げます。ですから……」

「じいちゃん! この! じいちゃんは悪くない! 放せ!」

「いや、待って待って」


 どうなってるのよ、これ。




 その後、お互いに何やらすれ違いがあるようなので、ちょっと腰を据えて話す事になった。


 どうやら、彼等は貧しさからどこへも行き場がなくなり、ここに住み着いていただけだったという。


 その後、眠らせた犯罪者達が入ってきて、老人達も困っていたそうだ。


 とはいえ、国に税金を払っている訳でもない、勝手に住み着いただけの自分達に、国が何かしてくれるとも思えず、訴える事すらしていなかったという。


 私の方からは、ここが再開発地区に指定されている事、ここらの建物を一度全て潰し、更地にしてから再開発する予定である事を伝える。


「では、ここから我々に出て行けと?」

「まあ、結果的にはそうなるかとは思うんだけど……」

「さようでございますか……」


 老人は俯いてしまった。いや、そんな悲壮な顔をしなくても。


「働ける人は、雇用出来るようにするから」

「……若い者は何とかなるでしょうが、ここには体を壊して働けなくなった者も多いのです。私も、この通りの足でして……」


 杖を突いていたのは、片足がなかったからだ。何でも、仕事中の事故で怪我をし、治療する為の金がなかった為、切る以外の手がなかったんだとか。


 回復魔法は高いから。でも、怪我なら物理的な治療が出来たのでは?


 私の言葉に、老人は首を横に振った。


「当時の雇い主である男爵様は、職人に金を出すのを渋りましてな。怪我をしたのは私らが悪いと言い張って」


 何だそのクソ男爵。職人は大事にしなきゃいけないんだぞ。


 ん? 職人?


「ちなみに、あなたは何の職人だったの?」

「はあ、大工ですが」


 あれ? もしかして、ここで技術者ゲットか?

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