第747話 いつでも問題は

 ズーインがギンゼールでまとめてきた内容を聞くと、ちょっと意外な結果になっていた。


「じゃあ、ダーウィカンマー領までの延伸は、地上を使う事になったんだ?」

「ああ。それと、ダーウィカンマーからベデービヒまでの路線も、地上だ」


 よく許可が出たなあ。


 王都からダーウィカンマー、ダーウィカンマーからベデービヒまでは、間に他者の領地がある。


 そこに線路を通さないといけない訳だが、許可が下りるとは。


 ちなみに、オーゼリアの場合は各街道の上に高架線を通していている。街道は王家のものなので、王家の許可さえ取れれば工事が出来るという訳だ。


「オーゼリアのように、街道が王家のものって事は、ないの?」

「ギンゼールでは、街道は隣接する領主のもので、整備も領主の責任だそうだ」


 リラの質問に、ズーインが答える。ああ、そういう感じなんだ。


 大体、ギンゼールでの街道って、各領地の中をがっつり通っているから、その街道を通る際に通行税を掛けるのが当たり前なんだってさ。


「じゃあ、鉄道にも通行税を掛けるっての?」

「いや、今回は領境に通す事で、通行税を免除するよう王城で交渉してきた」


 領境は大抵辺鄙な場所で、山間だったり谷だったり荒れ野だったり川だったりするそうだ。


 まあ、うちの工事関連なら、そういった場所でも線路を通せるからいいけれど。谷とか川とか、普通は厳しいよね。


「それと、ベデービヒ領なんだが、あそこ、自然景観がいい場所が多い。クルーズツアーを組み込むなら、現地観光も入れたらどうだ?」

「本当?」

「映像は、奴に提出している」


 ズーインの視線の先には、にこやかなカストルがいる。なるほど。後で見せてもらおうっと。


「逆にダーウィカンマーは植物栽培以外に見所がないので、いっそギンゼール国内における鉄道の保守基地にしてはどうかと思う」

「保守基地?」

「保守点検に必要な人員を住まわせたり、車体の点検、修理の工場を作ったりだな。デュバルまで持ってきて修理は面倒だし、こちらから人員を送って点検させるのも無駄だろう」


 ほほう。確かに保守点検なんて、定期的にやるものだし、車体の点検や修理も、場合によっては連日入るかもしれない。


 その場所も確保してくるとは。さすがやり手。いやあ、いい人材を手に入れたものだ。


「んじゃ、そのように。これに関する全ては、ズーインが担当ね」

「はあ!? 交渉だけじゃないのか!?」


 やだなあ、君は使い潰……じゃなかった、使いまくる為に連れてきた人材じゃないか。頑張って働いてくれ。




 あれこれ決まって動き出した途端、ズーインからは悲鳴が上がった。


「人手が足りない!」


 おかしいなあ。ギンゼール国内でも盗賊団を捕縛したのに。それ以前に、東のカイルナ大陸に向かう最中、あちこちの海賊だって捕縛したんだよ?


 なのに、人手不足?


「どうやら、足りないのは純粋に技術者らしいのよ……」

「あー……」


 人形遣いや、鉄道に関する知識をきちんと持っている技術者が足りないそうだ。


 今も本領で教育しているけれど、すぐに育つ訳じゃない。


「今足りないのは、建築系の技術者だっけ?」

「そうね。鉄道敷設というよりは、関連施設の方。大工とか、木工職人とかかしら」


 うぬう。そういった人達も育ててはいるんだよね。でも、専門技術だからか、なかなかなり手もいない。


 いっそ、うちにいる職人の技術を全てネレイデス辺りが模倣してくれると助かるんだけど。


「さすがに、技術者はどこかに落ちてはいないしなあ」

「労働力も、落ちてる訳じゃないわよ」


 そうだっけ?




 とりあえず、建物に関しては本領で建てて、ギンゼールに持って行けないか検討してもらっている。


 そこでも、やっぱり人手不足になる訳だけど。


「調子に乗って、単純労働者ばかり集めていたのが仇になったか……」

「いや、そういった連中も必要なんだけど。いっそ、人形遣い達に技術を覚えさせる?」


 うーん。人形遣いって、慣れた人になると一人で複数体の人形を扱えるようになるんだよね。


 なので、大工とかよりは土木作業の方に向いているのだ。


 それに、現在彼等もあちこちで活躍しているから、それを止めて一からまったく違う技術を習得してくれとも言いづらい。ものになるかもわからないし。


 やっぱり、どこかに大工、落ちてないかなあ。




 その日の夕食時、昼間リラと話していた話題を口にする。我が家では、食事時に色々な相談を話題として出す事が多い。


 でないと、時間が取れないって面もあるから。うちで食事する人達って、私も含めて皆忙しいんだよなー。


「という訳で、技術者不足に泣いてます」

「デュバルは長らくろくな産業がなかった領だからな。それに、お前は色々と急ぎすぎだ」

「……」


 ヴィル様の言葉に、何も返せない。


 確かに、色々といっぺんに動かしているせいで、手が足りていない面は大きいのだ。


 わかってるんだよ、一応は。でも、自分が見ていられるうちに、全部終わらせたいんだ。


 何せ私、一度死んでるからねえ。


 しょぼんとしていたら、気にしたのか、ヴィル様が提案してきた。


「ギンゼールでの工事を一度止めるか、それが嫌なら余所から技術者を連れて来るのも手じゃないか?」

「余所から?」

「何も、デュバルに定住させなくてもいいんだろう? なら、自前の技術者が育つまで、余所の領から借りたらどうだ?」


 その手があったか!




 とはいえ、領主同士で技術者を貸し借り出来る程親密に付き合っている家なんて、限られてくる。


 アスプザットか、ペイロンか。狙うなら、アスプザットかな。


 何故ペイロンではないかと言えば、あそこは大工も脳筋だからだ。臨機応変という言葉からほど遠い存在だからね。


 いや、腕はいいんだよ腕は。融通が利かないだけで。でも、うちで働くなら、後者こそ大事。


 それに、ペイロンの大工をペイロンの外に出すには、色々と支障が……


『そりゃそうだろう。ギンゼールに行きたがる連中なんて、皆無だと思うぞ?』

「ですよねー」


 一応、ペイロンのルイ兄に通信で問い合わせたら、こんなお答えが。


 ペイロンの大工達って、兼業で魔の森で魔物を狩ってるからさ。ペイロンから離れたがらないのだよ。


 かといって、ペイロンで建物を建ててもらって、それをギンゼールに運ぶってのもなあ。


 大工のおっちゃん達、何故かそういうのを嫌うし。自分達が建てた建物が使われるところまで見て、やっと完成したとか言ってる連中だもん。


『うちとしてもレラの助けになるなら力を貸したいが、こればっかりはな……』

「うん、わかってる。ごめんね? 変な事言い出して」

『いや、いいさ』


 ルイ兄も、ペイロンを把握するのに大変なのに。とはいえ、これまでの実績がある上、分家連中もしっかり補佐しているそうだから、何とかなってるみたい。


 そういえば、ロイド兄ちゃんはその後、ツイーニア嬢とうまくいってるんだろうか?


 まさかまだお友達の域から出ないとか、ないよね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る