第746話 帰国後も忙しい
オーゼリアも、大分冬に近づいている。そんな景色の中、私が乗るオーナー専用列車は、ユルヴィル駅に到着した。
「本領を通り過ぎて、王都に直通とか……」
本来ない路線なんですが? まあ、王都と言っても、実際はユルヴィル領だけどさ。
王都の最寄り駅がユルヴィルだからねえ。
ブチブチ文句を言う私に、リラが軽い溜息を吐く。
「今回の為に、切り替えその他をあれこれ使って、わざわざ王都直通にしたのよ! 誰かさんが文句を言うから!」
うぐ。本当なら、ネオポリスの一泊して、移動陣で王都に戻る予定だったらしい。
でも、それをやると私に根が生えて、王都へ行くのを嫌がるとみたリラが、とっとと決めたらしい。
元々、デュバル本領からユルヴィルへの直通線路はあるし、ガルノバンを経由してギンゼールからデュバルまで伸びている線路にちょっと足せば、ユルヴィルからギンゼールまで乗り換えなしで行けるという。
これ、もうちょっと経てばさらにトリヨンサークまで伸びるそうな。凄くね?
「あんたが発案したんでしょうが」
「いや、そうだけど。実現するとなると、改めて凄いなって」
「まあ、そうね。工事関係者を労ってちょうだい」
「よし、ボーナスをはずもう」
金をもらって怒る人間はいないから。
ユルヴィルからは、いつも通りの馬車である。
「そろそろ車にしてもいいんじゃないかなあ」
「まだ量産のめどが立たないから。あちこちから欲しいと言われて、売れませんって言える?」
言えるんじゃね? とは思うけれど、断るのが難しい筋とか、あるよねえ……
ギンゼールで乗れたのは、売れと言われてもガルノバンから買ってくれと言えるからなんだよなあ。
馬車はいつも通り、デュバルの王都邸に到着する。何だか長い事留守にしていた気がするよ。
……実際、割と長く留守にしていたのか。
「あ!」
「何?」
「ルチルスに、戻るって伝えるの忘れてた!」
「ちゃんと伝えてあります」
おお、さすがリラ。
出迎えてくれたルチルスにただいまを告げ、居間で一息。時刻は十一時。昼食までは、もうすこし間があるか。
リラは既に手紙の選別に入っている。あれ、殆ど招待状だってさ。
「この時期は夜会や舞踏会は殆どないけれど、まったくない訳じゃないから、少しは出ておきなさい」
「うえええええ」
「でも、まずは王宮に帰国の挨拶ね。その後、派閥の奥方達との帰国挨拶がてらお茶会かしら」
おおう、さくさくとスケジュールが埋まっていく……
王都に戻って翌日の午前中には、王宮に行く事が決まった。
「戻ってすぐ、陛下に帰国挨拶かー」
支度の最中ぼやくと、既に支度を終えたリラがさらりと返す。
「帰国予定がわかった時点で、ルチルスに連絡して王宮に報せてもらったからね」
「手回しのいい事で」
さすが鬼マネージャー。
「今、何かよくない事を考えたわね?」
「ソ、ソンナコトナイヨ?」
何故わかる!? 実は読心術が使えるとかじゃ、ないよね?
王宮には、私、リラ、ユーイン、ヴィル様の四人で行く。ユーインとヴィル様にとっては、職場だしな。
王宮と王都邸は目と鼻の先だから、馬車に乗ってもあっという間に到着する。
そこからは、特に案内もなく、ヴィル様が先導する形で王宮内を進んだ。
帰国の挨拶は、いつもの陛下の執務室で。とはいえ、ここより王太子時代の執務室の方が訪問回数は多かったような。
「帰国の挨拶に参りました。長らく職務を離れていました事、お許し頂きたく」
全員を代表する形で、ヴィル様が挨拶。私とリラは、別に職務を離れていた訳ではないけどねー。
「無事に戻ったようだな。ギンゼールの件はご苦労だった」
無事、王女殿下が即位する事が決定し、オーゼリアが後押しした形を残せたから、陛下としても満足らしい。
その後は、ちょっとした雑談へ。ダーウィカンマー領に作る植物研究所の事を話したら、陛下に驚かれた。
「また飛び地を増やしたのか!?」
「またとは何ですかまたとは」
いや、そりゃ確かに国外に飛び地はいくつかあるけれど。大抵は島だけれど、それ以外もある……ね。
ちょっと言いよどんだら、陛下から冷たい視線が飛んできた。
「また、だろうが。私が飛び地を渡した時には、随分と嫌そうな態度を取られたのになあ」
そうだったっけ? いやあ、あの頃は領地が増える事に抵抗があったからー。
とりあえず、無事帰国挨拶は終了。ユーインとヴィル様は、明日から仕事復帰だってさー。大変ね。
いや、人の事言ってられんわ。私も明日からリラの組んだスケジュールに従って、あちこち行かなきゃいけないんだから。
「もう、私が売り込まなくても、うちの商品は十分売れてるんじゃないかなあ」
「新商品は常に出ているんだから、気は抜けないわよ。最近はライバル商会もいい品を出してきてるって話だし」
リラによると、当初は模倣品だったものが、最近では独自の路線でアピールしているらしく、うかうかしていられないらしい。
「付き合いだけで買ってくれるのを待ってるなんて甘いのよ。敵にすら売り込んでいかなきゃ」
「それ、私の仕事なの?」
「まずはあんたが動かなきゃ意味ないの! ヤールシオール様を少しは助けようと思わないの?」
「う……」
それは思うけれど、人には向き不向きというものがだね。
「向いてるか向いてないかじゃない。やるか、やらないか。どっち?」
「……やります」
負けた。
派閥の奥様方との帰国挨拶を兼ねたお茶会は気楽。まあ、気心知れた方達だからっていうのもある。
まあ、約一名慣れていない人もいますが。ブーボソン伯爵夫人です。相変わらず、生真面目な方だよなあ。
ただ、前見た時よりは、表情が柔らかい。あれかね? 夫の姪に悩まされる事が少なくなったのかねえ?
「では、ギンゼールの次代は女王陛下なのね」
話題は、やはりギンゼールの女王。ラビゼイ侯爵夫人も、興味津々だ。
「そうなります。近日中に、即位の日取りを発表するそうです」
ギンゼール国内だけでなく、ガルノバン、オーゼリア、トリヨンサークにも伝えるらしい。
ヒュウガイツに伝えないのは、国交がないから。一番離れてるしね。
「オーゼリアの歴史は長いけれど、今まで女王は誕生していないわね」
「そうね。決して女性が王位を継承出来ない訳ではないのだけれど」
シーラ様とラビゼイ侯爵夫人の言う通り、オーゼリアの法律では、特に王位を継ぐのに男子でなければならないという項目はない。
それでも男子優先で、王子が生まれなかった場合は王女がいても遠縁の男子を探すらしいよ。
ここ数代は王子が生まれているので、必要がなかったそうだけど。
「即位式、侯爵も参加なさるの?」
ゾクバル侯爵夫人からの質問だ。やっぱり、そこは気になるのかな。
「その予定です」
一応、背中を押した責任もあるから。きちんと見届けようと思う。それに、向こうでも色々やる事があるから。
ズーインは、うまくやってるかな。
必要な交渉を終えて、ズーインが帰ってきたのは年も改まった頃だ。結構掛かったねえ。
「大変だったぞ」
またしても疲れた顔で、王都邸に来たズーインはそんな愚痴を吐いた。
「お疲れ様」
大変だとわかっていたから、君に振ったのだよ。はっはっは。
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