第745話 後は任せた!

 爺さんが固まった理由、鉄道自体を知らなかったってさ。


「何だ? そのてつどう……とは」

「え」


 今度はこっちが固まる番だよ。


 とはいえ、こればかりは百聞は一見如かず。王都の駅まで行って、見せる事にした。


「な、何じゃこりゃあああああああ!」


 驚いている驚いてる。ギンゼールの鉄道って、まだ王都とガルノバンを結ぶ線しかないから、駅が少ないんだよね。


 なので、試乗もちょっと難しい。


「これに乗ると、大体半日程度でガルノバンの王都へ到着しますよ」

「は、半日!?」


 あ、そういえばこの爺さん、ガルノバンが嫌いだったっけ。まーいっかー。


「ガルノバンだけでなく、王都から爺さんの領地まで、多分半日くらいで行き来出来るようになるんじゃないかなー?」

「我が領地まで、半日……」


 爺さん、呆然としたまま戻ってこなくなっちゃった。




 あの後、復帰した爺さんから鉄道の事を根掘り葉掘り聞かれて困ったけれど、後はカストルに丸投げしておいた。


 現在は王城の部屋に戻って、一息吐いている最中。


「鬼」


 リラの目が冷たい。


「いや、あんな質問の嵐、答えられる訳ないじゃない」


 答えられる奴にパスして何が悪い。胸を張って言ったら、溜息を吐かれた。


「あんたが責任者でしょうが」

「でも、端々までは知らないし」

「知っときなさい。何の為の報告書?」

「えー? なら、リラは答えられるの?」

「少なくとも、現時点での最高速度やそれをどれだけ維持出来るかや、鉄道の総延長国内分や国外分、合わせたものは答えられるけれど?」


 おみそれしました。


 どうやら、普通は知っていなきゃいけない内容まで、知らなかったらしい。


「でもでも! 鉄ちゃんじゃないんだから、興味ない事まで覚えられない!」

「人の事、鉄の人呼ばわりすんな! 仕事で必要だから覚えてるのよ!」


 えー? でも、私が説明する場面なんて、なくない?


 言い返そうと思ったら、ヴィル様の視線に気付く。


「……何です?」

「てっちゃんとか、てつのひととか、何の事を言ってるんだ?」


 あ。ちらりとリラを見ると、こちらも「しまった」という顔をしている。


 前世の記憶だから、こっちにはない言葉なんだよね……


 あの後、鉄の人、鉄ちゃんの説明に大変な思いをしました。鉄道マニアを、どう説明しろと。


 コレクターならいくらでも説明出来るけれど、乗り鉄とか撮り鉄、時刻表や路線を眺める人なんかも含めると、もはやどう言っていいものか。


 何となく「鉄道が好きな人の総称」で納得してもらった。何だか、無駄に疲れた気がする……




 カストルから一通り説明を受けた爺さんは、鉄道延伸に乗り気だった。


 何より、王都との行き来が楽になるというのが、一番に理由らしい。


「寝ている間に王都に到着すると説明しましたら、途端に前のめりになられましたよ」

「ははは」


 そりゃあ、馬で飛ばしても二日以上掛かるところを、夕方出発して車内で寝ていれば朝には到着するんだから、乗り気にもなるだろう。


 ベデービヒ侯爵領って、王都から直線だとそれ程の距離じゃないんだけれど、途中に山があってそこを街道が迂回してるからね。


 鉄道は、トンネルを掘るかなあ。いや、その前に地上の線路を敷けるかどうかだね。


 でも、地下鉄の方が、ベデービヒ領との距離は縮まるかも。多分、直線で繋げられるだろうし。


 とはいえ、その辺りの諸々の交渉は、本領から呼ぶあの人物に任せよう。そろそろ駅に到着するんじゃないかな。




 ギンゼールの王都駅まで迎えに行った人物は、ちょうど列車から降りてきたところだった。


「お、いたいた。ズーイン!」


 西のイエルカ大陸の亡国、ゼマスアンドの元国王で、今は本領で仕事をしている人物だ。


 久しぶりに見るズーインは、何やら疲れた顔をしている。


「どうしたの? やけに疲れているけれど」

「疲労の原因に言われてもな……」


 何やらやさぐれているようだ。原因って、私の事かね?


「よく来てくれたわ、ズーイン。大変だと思うけれど、ギンゼールとの交渉、よろしくね」

「わかっている」


 私やリラに対する態度が横柄なせいか、男性陣の空気が冷ややかだ。元国王とはいえ、今は身分のない一庶民。


 侯爵家当主である私や、伯爵夫人であるリラには敬意を払うべきなんだけど。


 そういうのは、公の場だけでいいです。なので、リラと二人、男性陣の事は宥めておいた。




 ズーインは、本領からのお報せも持ってきてくれている。


「報告は随時届いているとは思うが、こちらが一応最新だ」

「ありがとう」


 また分厚いねえ。


 報告書には、イエルカ大陸での各事業や輸入品について、飛び地の現況、ネオヴェネチアや水のテーマパークであるパラディーゾ・アクアティコの経営状況、ロエナ商会の経営状況などがある。


 これ、全部見るのか……


「ズーインとの交渉の打ち合わせはこちらでやるから、あんたは報告書に目を通しておいて」

「はーい」

「……いい加減に見るんじゃないわよ?」


 何故バレる?


 とはいえ、報告書なので、ここから私が何か指示を出す必要はない。今こんなになってますよーって内容だからね。


 各施設は経営状態良好。特にパラディーゾ・アクアティコは夏を過ぎても盛況らしい。


 どうやら、リピーターがついてくれたらしく、併設したホテルの予約状況も連日満室だ。


 ネオヴェネチアの方も、入場料を取っている割には客足が衰えない。やはり、街中で売っている限定品の効果だろうか。


「ガラス細工の売り上げも好調……と」


 ネオヴェネチアだからね。やっぱりガラス細工は作るし売るでしょ。


 食器類や大型のシャンデリアはもちろん、手軽なビーズやトンボ玉も売っている。これらが女性に大人気なんだとか。


 ビーズは刺繍に使えるし、組み合わせてオリジナルのアクセサリーを作る事も出来る。


 トンボ玉は、カジュアルな場につけていくペンダントにしたり、パラディーゾ・アクアティコで足を出す場があるんだが、そこに付けていくアンクレットにも使われるらしい。


 何でも、一つで目立つトンボ玉はいいアクセントになるんだとか。本当か?


 まあ、理由は何でも売れればいいや。




 ここから先の交渉に関しては、ズーインに一任する。


「丸投げ……ね」

「リラ、人聞きが悪い」

「事実でしょ」


 確かに。でも、彼はその為にうちに引き入れたんだから、いいんだよ。馬車馬のごとく働いてくれ。


 これでギンゼールでやる事は終わったから、やっと帰れる。といっても、列車一本で来られるけれど。


 距離はあるんだが、それこそ寝ている間に到着するのであまり遠いと感じない。それも、鉄道を敷いた事のメリットかもね。


 姉君様達へは既に挨拶を済ませたので、駅に向かう。次ここに来るのは、王女殿下の戴冠式かなあ。


「とりあえず、久しぶりに戻る本領で少しゆっくりしようっと」

「そんな事言ってる暇、ないわよ?」

「リラが酷い!」


 少しは夢をみさせてくれたって、いいじゃないか!


「大体、冬の間は王都にいなさい。小規模の社交行事がいくつかあるんだから」

「えー? 面倒い……」

「あんたが顔を出すだけで、各所の売り上げが上がるんですが? 少しは従業員に貢献しようとは思わない訳?」

「え? いや、それは、思うけれど……」

「なら! 各家で開かれるお茶会に顔を出して、愛想笑いしてらっしゃい!」


 ひー! 鬼のマネージャーがここにいたー!

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