第742話 チャンス到来

 理由はすぐにわかった。


「港……ですか。我が国にオーゼリアの軍港を作る気かしら?」


 ぐんこう? ……ああ、軍港か。


「いいえ、まさか。我が家にはクルーズ船や貨物船はあっても、軍艦はありません。作る気もないですし」


 軍艦なんて、面倒なもの持つつもりはないよ。


 そんなのなくても、大抵の船には負けないし。


 私の返答を聞いた姉君様は、眉間に皺を寄せた。


「では、ベデービヒの港を何に使うと?」

「え? クルーズ船の停泊先にするんです」

「くるーずせん?」


 あれ? アンドン陛下から聞いてないのかな。仕方ない。


 私は、一からクルーズ船というものがどういうものか、説明した。でも、今ひとつ理解してくれないんだよね……あ。


「王女殿下に確認してみてください。あの方ならご存知ですから」

「クーデンエールに……ですか?」


 虚を突かれた様子で、姉君様の素顔が出てきた。普段は、表向きの作った顔なんだな。


「王女殿下は、南のフトロマーロにある我が家の飛び地にクルーズ船で行った事がありますし、その後も東のカイルナ大陸にも、同じ船で向かいましたから」

「そう……ですか……」


 あら、ちょっと寂しそう。そういえば、あの時同行していたのは叔父であるアンドン陛下だったね。


 これをそこで言ったら、アンドン陛下が姉君様に恨まれそう。


「ともかく、ベデービヒの港を使う理由はそれです。北の方に、氷山があればそれを見に行くツアーを用意しようと思いまして」

「氷山? そんなものを見て、何になるというの?」

「滅多に見られないものを見るのは、楽しいし嬉しいでしょう?」


 またしても、きょとんとされてしまったわ。姉君様、嬉しい事や楽しい事とは無縁できたのかしら。




 何とか納得は出来なくても理解はしてもらったようで……というか、多分言葉が通じない宇宙人扱いされてるよな、あれ。


 ともかく、植物採取と鉄道の延伸、港の整備と使用に関して国としての許可は取った。


 あとは王都からダーウィカンマーまでにある領地と、ダーウィカンマーから爺さんの領地の間にある領地の領主達の許可だな。


 鉄道がどういうものかは、王都で見てわかってると思うけれど。それが自領を通るとなると、また別問題になるだろうし。


 許可が出なかったら、どうしようね。


『いっそ、全て地下を通しますか?』


 地下かあ……換気が大変そうなんだが。それに、総延長がえらい事になりそうだよね。メンテとかも、手間が掛かりそう。


『ギンゼール程雪深い土地でしたら、かえって地下の方が楽かと』


 そっか。線路が凍ったり、雪を弾いたりする必要も出てくるんだっけ。地下なら、ある程度気温が一定になるんだったか。


『外の気候に左右されないという意味では、安定した運行が見込まれます』


 それも、頭に入れておこう。地上にこだわらなければ、楽に工事が進められるかも。


 あ、でも穴掘りは大変なんだっけ。


『そろそろ、人員を補充するべきかもしれませんねえ』


 どっかに凶悪な犯罪者、転がっていないかな。




 姉君様の次は、爺さん本人。領主にも話は通しておかないとね。


 爺さんは確か、ファベアー侯爵と一緒に練兵場に行ったはず。猪な爺さんは、やはり猪な連中と波長が合うらしく、そういった連中は軍部に多い。


 なんかね、あの内乱で反乱首謀者のヤボック側に付いた軍関係の人間も、多かったみたい。


 さすがに反乱軍に加わっては許されるはずもなく、家も当主も潰されたんだとか。


 ただ、領地は名を変え、遠縁から新領主を立てた家も多く、そうした新当主も軍にはいるそう。


 爺さんをそういう連中の、受け皿というか拠り所にさせるつもりらしいよ、ファベカー侯爵は。


 ただなあ。本家……というか、前の領主が王家に刃向かって首をすげ替えられた家は、それこそ命賭けて王家に忠誠を誓うべきなんじゃないのかね?


 旗色を決めかねているとか、甘いと思うのだが。


 今度こそ領地も取り上げられ、一族郎党処刑って道も、あるんじゃないの?


「そういう意味では、ギンゼール王家は甘いと思うわ」

「そうせざるを得ない状況があるって事でしょ」


 爺さんとの話し合いの為、練兵場に向かう廊下で、リラにちょっとこぼしたら、この返答。


「状況とは」

「いっぺんに貴族がいなくなったら、国が立ちゆかなくなるわよ。貴族って、なんだかんだ言っても知識層なんだし。優秀なら平民でも取り上げる、と言えば聞こえはいいけれど、そうした人達もやっぱり富裕層でしかないわ。どこかの貴族のバックアップを受けてる可能性も高いし」

「ふむ」


 教育って、お金が掛かるからね。デュバルでは初等教育に力を入れているけれど、まだ全体にまでは行き渡っていない。


 まだね、いるのよ。子供を学校に行かせたくない親が。余所から入ってきた人に多いんだけどね。


「うちでも、そろそろ義務教育として制度化するかねえ」

「その場合は、子供に教育を受けさせない親に罰則を科すのも必要よ」

「当然」


 デュバルは空前の好景気……に見えるらしく、未だに余所から入ってくる人が多い。


 カストルが念入りに背後を調べているので、どこかの家のスパイもどきは移住出来ないようにしてあるんだけど。それでも、次から次へと来る。


 大抵は元いた場所で食い詰めた人達なので、それなりに荒んでいるし、近隣住民との軋轢なんかも生まれ始めているとか。


 特に、元からデュバル領民だった人達との間に、格差が出てるんだよねえ。


 ただ、それは仕方ない。元からの領民って事は、あの地獄を乗り切った人達であり、魔力持ちでもある。


 そうなると、高確率で人形遣いになる道があるんだよなー。あれは高額の仕事だから。その分、ハードだけど。


 ただ、傍から見ていると遊んでいるように見えるらしく、「遊んで金がもらえるなんて、いいご身分だな」となるらしい。


 で、子供を学校に行かせずに働かせようとする親は、この僻んでいるタイプ。


 デュバルでは、子供の就労には厳しいので、ろくな働き口はないんだけどね。その分、親が外で稼いでくるから、家の事を子供にやらせる家が多いって報告所にあった。


 人権の考え方もなければ、子供の福祉なんて言葉もない世界だからなー。余所の領では、子供も立派な働き手だ。


 その考えを変えて、どうやって子供を学校に来させるかなんだが。道は遠い。




 あれこれ考えながら練兵場に来たら、何やら騒ぎが起こっている。何だ?


「何かしら?」


 リラも不安そうだ。


「爺さんが何かやらかしたとか?」


 あの爺さんなら、やりかねん。やはり一度しっかりと教育を――


「ええい、離せ! 離さんか!!」

「落ち着け! ベデービヒ!」


 あ、やっぱり爺さんが何かやってた。


「ファベカー侯爵、何かありましたか?」


 私が前に出るより先に、リラがファベカー侯爵に声を掛けた。


「おお、ゾーセノット伯爵夫人にデュバル侯爵。いや何、この猪が人の話を聞かなくてな」

「何を言う! 余所の領とはいえ、国内で盗賊団が跋扈しておるなど、捨て置ける訳なかろうが!!」


 何? 盗賊団とな?


「ちょっと、自重しなさいよ? ここ、オーゼリアじゃないんだからね!」


 隣でリラが何か言ってるなあ。


「ファベカー侯爵! その盗賊団とやら、捕まえたらもらっていいですか?」

「はあ?」


 あら、爺さん二人が妙な顔でこっちを見ているよ。




 話を聞いたら、軍にいる子爵家領地で、盗賊団が出没するらしい。しかもその子爵家領地だけでなく、近隣の男爵家や伯爵家も被害に遭っているという。


 どういう訳か捕まらず、荒らされる村や街が増えるばかり。困り果てた子爵が、ここで愚痴を言ったのを爺さんが聞きつけて、騒ぎ始めたという事らしい。


「そんな悪い連中は、すぐさま引っ捕らえてしまいましょう! 処罰の代わりに、私が身柄を確保します!」

「いや、さすがに他国の侯爵にそのような事をさせる訳には――」

「いえいえ、ぜひ!」


 これで穴掘り要員が増やせる。いいチャンスだわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る