第741話 やりたい事があるから、よろしくー!

 爺さんは王女殿下に、これまでの事を詫びた。


「我が身の不明、いかに詫びようとも許されるはずもなく。この上は、我が身の永遠の忠誠をもって、詫びに変えさせていただきたく存じます」

「侯爵の忠誠、嬉しく思います」


 これにて、爺さんが王女殿下側になる事が決まった訳だ。いやー、めでたいめでたい。




 王女殿下と姉君様は、味方はいるにしてもまだまだ数が欲しいところ。ファベカー侯爵によれば、その面でも爺さんが役に立つという。


「あの猪は、猪故に一部の者達に好かれていてな。旗色を決めていない連中にとって、いい旗頭となる」


 謁見の間を辞し、裏に回ったファベカー侯爵と移動の間に少し話す。


 なるほど、王城内の未だ付く側を決めていない連中の一部だけでも、王女殿下側に寝返らせる為の爺さんという訳か。


 ファベカー侯爵、しばらく見ない間に腹黒くなったなあ。


 私の考えが伝わった訳でもないだろうけれど、ファベカー侯爵が薄く笑う。


「私も、以前はあれと同じような猪であったがな。内乱を経験し、このままでいかんと遅ればせながら学んだのだよ」

「な、なるほど」


 わずか数年程度でここまで出来るようになるんだから、元々腹黒になる素質があったのでは?


 いや、為政者としては、いい素質だと思いますが。




 爺さんが王城に来た影響か、何やらうるさい連中が増えた気がする。とはいえ、これまでが王城にしては辛気くさい程静かだった事を考えれば、これでもましな方なのかもねえ。


「一気にやかましくなったな」


 朝食の席で、ヴィル様がうんざりした様子を隠さない。ここ、王城で借りている私達のエリアだからね。


 未だに王城の使用人は近寄らせず、オケアニスが身の回りの世話をしてくれる。当然、飲食関連は全てデュバルからの直送便だ。


 オケアニスは王女殿下、姉君様、ルパル三世の側にも付けているので、随時変化があれば報告を受けている。


 面倒な家三つを潰したからか、あれ以来毒は盛られていない。とはいえ、またいつ誰が悪さをするかわからないからなあ。


 いっそ、オケアニスを数人、残していくか?


 そんな事を考えながら食事を終えると、カストルが報告してきた。


「主様、デュバル本領の分室より連絡がありまして、注文していた魔道具が完成したとの事です」

「お、いいタイミング」


 毒検知や解毒が出来れば、大分暗殺の危険性が下がる。後は刺殺からの防御だけど、これは結界を組み込んでおけばいいだけの話だし。




 問題は、いつ渡すか……だな。あと対価。タダであげるのも何となく違う気がして。


 まあ、ギンゼール側に貸し一つとしてもいいんだけど……


「何かない?」


 今日は外に出る予定がないので、部屋で四人、のんびりしているところ。もうちょっとギンゼールが落ち着くまで、帰国を先延ばしにする事になったのだ。


 私からの質問に、リラが訳がわからないといった様子で聞いてくる。


「いきなり何?」

「いや、作った解毒の腕輪の対価をね、ギンゼールにどういった形で請求しようかって」

「ああ。そういえば、ギンゼールの大掃除の件も、まだ請求していないんじゃないの?」

「あ」


 そういえば、そうだった。一応、そっちはお金で片を付けようと思ってたんだっけ。


 ただなあ、蓋を開けたら北の港や植物栽培などの場所が見つかった訳だしー。請求内容を変えてもいいんじゃないだろうか。


「どう思う?」

「変えるのはこっちの勝手だけれど、相手がうんと言うかどうかはまた別じゃない?」


 それもそうか。




 姉君様としては、金で方が付くなら安い物と思ってる節がある。あの人、そういう損得勘定は得意だから。


 一時借金にあえいでも、後で挽回すればいいと思ってそう。そういう辺り、為政者というか経営者向きな性格なんだと思うよ。


 普通、怖くて借金はしたくないからね。したとしても、自分で確実に支払える額しか借りたくないと思う。


 そこをどんと借りて、本当に後で返してしまうのが姉君様。そこら辺は、アンドン陛下が似てる。やっぱり姉弟だね。


 シェーヘアン公爵夫人は、もっと堅実。だからこそ、公爵夫人として、よき母としていられるんだと思う。


 姉君様やアンドン陛下は、親としてはちょっと落第気味だと思うよ。


 まあ、それはともかく。請求内容を変える事を、姉君様にも呑んでもらわないと。


 あと、説得する為にも、内容を詰めておかないとね。


「て訳で、リラ、手伝って」

「はいはい」


 よし、まずは手に入れる予定でダーウィカンマー伯爵領からか。




 ある程度の形が見えて来たので、オケアニスにアポを取ってもらい、姉君様に会いに行く。


 今回は、リラも一緒。


「ようこそ。今日はゾーセノット伯爵夫人も一緒なのね」

「ええ。ちょっと、お仕事の話をしにきましたから」


 私の言葉に、姉君様の雰囲気が固くなった。緊張してるのかな。


「聞きましょう」

「ありがとうございます」


 にこやかに、お話し合いは始まった。


「まず、ダーウィカンマーですが、ここに北方の植物全般に関わる研究所を設立したいと思います」

「研究所? デュバル領に作るのではなく、我が国に?」

「ええ。デュバルも冷涼な土地とはいえ、ギンゼールに比べると気温は高いです。それに、気候も大分違います。こちらでのみ生育出来る植物や、その効能、使い道などを研究するには、やはりギンゼール国内に研究所を建てる方がいいと判断しました」

「そう……」

「それに併せて、国内の植物を集めたいと考えています。採取の許可をいただきたく」

「植物だけならば、許可はいらないのではないかしら?」

「ですが、どなたのどんな土地にどんな植物があるかは、まだわかりませんから」

「調査の許可も、という事?」


 姉君様の言葉に、笑顔で肯定する。


 ついでに、ギンゼールと近い気候の余所の土地の植物が根付くか、根付いた場合元の植物と差異はあるか、そこら辺も研究したい。


 東のカイルナ大陸、基本的にギンゼールに近い緯度の国が多いんだよねー。あそこの植物で後々薬に使えるものが見つかったら、いいな。


 とはいえ、ベクルーザ商会が薬を作りまくっていたくらいだから、多分原材料になりそうなものは見つかると思うんだけど。


 その研究も、ダーウィカンマーで出来るようになればいいな。


 私の言葉に少し考え込んだ姉君様は、ややして口を開いた。


「……クーデンエールに協力的な家の土地ならば、許可は出せるでしょう」

「では、頑張って王女殿下のお味方を増やしてもらわないといけませんね。即位式までにどう勢力図が塗り変わるか、楽しみにしております」

「さすがに、そこまで手は出さないと?」


 姉君様の嫌味に、隣のリラと侍女ズがちょっとピリッとした。


「だって、私達はもうじき帰国しますし。次にこちらに参るのは、王女殿下の即位式の時ですね、きっと」


 それまでは、頑張ってねというエールも込めて笑みを深くする。何となく、姉君様が悔しそうなのは、気のせいだね。きっと。




 植物採取とダーウィカンマーに関してはこれでいい。次は。


「それと、先程の研究所設立にも関わるのですが、ギンゼール王都までの鉄道を、ダーウィカンマー、その先のベデービヒまで延伸したいと考えています」

「ダーウィカンマーはわかりますが、ベデービヒまで?」

「ええ。あの爺さんには貸しがあるので、ぜひベデービヒの港をぶんどろうと思いまして」


 言葉が悪かったからか、隣のリラからちょっと重めの肘鉄を食らった。侍女ズも、目を丸くしているし。


 でも、姉君様だけは、ちょっと怖い顔をしている。何でだろうね?

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