第739話 いざ、王城へ

 ファベカー侯爵からのお願いは、ちゃんと果たした。まあ、行きがけの駄賃みたいなもんだね。


 と思っていたのに。


「お前達! ファベカーの手の者か?」

「え? いえ? 違うけれど」


 ただ単に、お願いされただけだしー。そういえば、見返りは何も言ってなかったな。


 じゃあ、貸し一つって事で。


 脳内で勝手にファベカー侯爵に貸しを付けていると、髭ジジイがとんでもない事を言い出した。


「うむ、ならばよし。これより支度をするでな。王都まで付いてまいれ」

「はあ!?」


 何言ってんだ? この爺さん。


 速攻断ろうと思ったら、カストルからの念話が。


『主様、お受けください』


 ええ? 何で? 面倒だよ。


『ベデービヒ侯爵領は海に面していて港があります』


 それはわかってるけど……何か、悪い事を考えているな?


『とんでもございません。ですが、港があれば、船を停泊させる事が出来ます。ギンゼール国内に、停泊出来る港が増えるのは、喜ばしい事ではありませんか? 特に、クルーズツアーに関して』


 なるほど。北の海でしか見られない海洋生物とかいたら、そういうのが好きな客が集まるかも。


 オーゼリアから船で行って帰ってくるより、途中ギンゼールで陸に下りて色々見て回るのもいいかもしれない。


 人が集まれば物も集まる。ベデービヒ侯爵領にとっても、悪い話じゃないか。


『それを後々通す為、ここはあのご当主に貸しを作りましょう』


 ファベカー侯爵に続いて、髭ジジイにも貸しか。よしよし、将来の為、しっかり押しつけてやるよ。




 カストルからの囁きにより、髭ジジイとの同行を決める。さすがにユーインとヴィル様は不思議に思ったらしい。


 一旦領主館から出て、街はずれの人目に付かないところに移動宿泊所を出し、そこで一休み。


 その際、お茶と軽食を前にして、二人に聞かれた。


「レラ、本当にいいのか?」

「うん。どうって事ない内容だしね」


 ただ一緒に王都に行くってだけだもの。


「それにしても、お前が素直に受け入れるとは思わなかったが……あの手の爺さんは、叩き潰す方だろう?」

「ヴィル様、私の事を何だとお思いで?」

「今更聞くか?」


 そーですね。ちぇー。


 とはいえ、あの髭ジジイ、ちょっと嫌いではないんだよなあ。何せペイロンにはあの手の爺さんが山程いる。


 大抵は、森に入る人達で、しかも伯爵家の分家ではない家の出。分家の連中は私の存在を知っているし、何より森での狩りに魔法も使うから。


 と思ったら、ヴィル様も似たような事を口にした。


「あの侯爵のような御仁は、ペイロンには山程いるからな」

「ですよねー」

「その爺さん連中で、お前に叩き潰されていないのは、一人もいなかったと記憶しているが」

「……」


 ソンナコトハナイヨ? 多分。


 まあ、挑んで来られたら、そりゃ全力で返すよね? 手を抜くなんて、相手に失礼だしー。いや本当、日頃筋肉で全て解決するようなジジイは頑固だからなあ。


 その頑固な鼻っ柱を何度へし折った事か。でも、あの爺さん達にとって、魔法に負けた事は屈辱ではないらしい。


 逆に、相手に魔法を使わせるまで追い詰めた、と武勇伝のように語る連中もいるんだよなあ。


 いや、その前に相手が女で子供って事を考えて頂きたい。とはいえ、女でも子供でも、戦えるなら一人前と扱ってくれるのも、あそこなんだよなあ。


 おかげで私は早い内に森に入る事が出来た。あれも、ペイロンならではだと思うよ。


 そんな私が、髭ジジイには素直に従った事が信じられない、というのが二人の共通意見のよう。


 普段は仲が悪い癖に、どうしていうこう時だけ共同戦線を張るのかなあ。


「レラが心配だからだ」

「お前がやらかすと、高確率で陛下に迷惑がいくからな」


 酷くね?


 結局、カストルからの入れ知恵である事と、将来ベデービヒ侯爵領に港を整備する事まで話す羽目になりました。


 もう一回言っとく。酷くね?




 髭ジジイはてっきり馬車で同行するのかと思いきや、馬で行くらしい。護衛は四人。全員騎乗している。


「おお、来たな」


 待ち合わせは領都の門前。私達も馬で現れたのを見て、髭ジジイが笑顔になる。


 そういや今回は見た目、誤魔化していなかったな。この結果になるのなら、星空の天使スタイルでなくてよかったと思っておこう。


 私達を見た髭ジジイ、まず最初に馬に目がいったらしい。


「ふむ、いい馬だな。感心感心」


 いや、これ、人形ですが。馬の形をして、馬のように走るけれど、生き物じゃないんだよね。


 髭ジジイ達、付いてこられるかな。


 心配だったので、こそっとヴィル様に相談。


「あの五人、付いてこられますかね?」

「いざとなったら、お前の人形馬と入れ替えさせたい。出来るか?」

「問題ないです」


 カストルに頼めば、馬の入れ替えくらい簡単だよね?


『お任せを。何でしたら、今から入れ替えますか?』


 いや、あの手の連中は現実を突きつけてやらないと、絶対に受け入れない。なので、向こうが音を上げるまで待とうじゃないか。


『承知いたしました』


 さあて、楽しい王都行きの始まりだー。




 結果から言うと、髭ジジイ一行は最初の休憩地点付近で音を上げた。音を上げたというか、私達がまだ休憩を入れずとも大丈夫と言ったら、こちらの馬を欲しがったという形かな。


「おお! 快適快適」


 言っとくけど、貸すだけであげないよ?


 髭ジジイ達が乗っていた馬は、休憩地点近くの街に預けてある。あそこもベデービヒ侯爵領の中なので、領主様の馬を預けられたと、街を預かる代官が喜んでいたよ。


 速度が上がった一行は、髭ジジイがはしゃいだおかげで予想以上のスピードで進んでいる。はしゃぐジジイって……


 そんなジジイを見て、ヴィル様が一言。


「ペイロンでよく見る光景だな」


 ですねー。うん、慣れてる。


 はしゃぐジジイが夜中も休みなしで走ると言い出したので、適当なところで催眠光線を使って眠らせた。護衛の人達も、大変だなあ。


 でも、髭ジジイは好かれているのか、護衛の人達も「仕方ないなあ」というような笑顔。


 笑顔のまま眠らせた髭ジジイをこちらが用意した移動宿泊所で眠らせ、翌朝起きて怒り出す髭ジジイを宥め、再び馬に乗せる。


 出来るな、この護衛。


 そんな行程で、丸二日。王都に到着ー。


「おお! こんなに早く到着するとは!」


 はっはっは、うちの人形馬は早いだろう? もう一回言うけど、あげないからな。




 王城に入ると、周囲が何やら騒がしい。こっちを見て、何やら言ってるんだが。はて。


「まあ、ベデービヒ侯爵よ」

「王城にいらっしゃるなんて、珍しいこと」


 ああ、髭ジジイの事か。こっちの事かと思ったよ。もう使用人は全部入れ替えたはずなのに、まだ残っていたのかと心配しちゃった。


 にしても、髭ジジイの顔を知ってるって事は、それなり王城の表側を歩ける使用人って事か。騎士爵家か男爵家の子女だっけ。


 国でも、王宮ともなると、雑用をする人間でも身分が必要になる。ギンゼールはこれで、オーゼリアの場合は庶民の場合、重要な場所に配属されず、かつ男爵以上の身元保証人が必要なんだ。


 まあ、王族とかも普通にいる場所だしな。


 髭ジジイは王城に慣れているからか、ずんずん先に行く。いまいちギンゼールの王城は部屋の場所を覚えていないんだけど、これ、どこに向かってるの?


『国王の私室ですね』


 ルパル三世の私室って、勝手に入れる場所だったっけ?


 案の定、入り口の衛兵に止められているし。


「お待ちください、ベデービヒ侯爵」

「こちらは陛下の私室です。許可を受けていない方をお通しする訳には――」

「ええい、どかんか! 私は直接陛下に――」

「何をやっておる」


 髭ジジイとルパル三世の部屋を守っている衛兵が言い合っているところに、ファベカー侯爵登場。


 多分、髭ジジイが登城した事を聞いて、真っ先にここに来たんだろう。いい読みだねえ。


「ぬ、ファベカー」

「久しぶりの王城だというに、騒動を起こすとは、まったく……」

「わ、私はただ、陛下のご尊顔を――」

「陛下はお休みの最中だ。私からの手紙を読んだな? そういう事だ」


 髭ジジイ、悔しそうにしています。お、ファベカー侯爵がこちらに気付いたみたい。


「面倒を押しつけて、すまんな」

「貸し一つとしておきますよ」

「侯爵に貸しか。恐ろしい話だ」

「侯爵!?」


 ファベカー侯爵が私に向けた言葉で、髭ジジイが驚いている。そういえば、自己紹介もしてなかったっけね。


「オーゼリア王国デュバル侯爵家当主でーす」


 背後から何やら微妙な気配が漂ってくるけれど、気にしない。目の前の髭ジジイは、これ以上見開けないという程に目を見開いているけれど、これも放っておく。


 私、嘘は言っていないよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る