第738話 北の果ての爺さん

 ビビっている家ばかりの今のうち、とばかりに、ルパル三世退位、合わせて王女殿下即位が発表された。


 さすがにこれには反対意見が出たそうだけれど、ルパル三世の健康上の理由と、ファベカー侯爵が王女殿下の側に回ったのを見て、諦めたみたい。


 うん、弱腰。でも、こういう連中が集まると、悪さする事もあるんだよなー。


 その辺りは、姉君様がよくわかっているだろうから、お任せしておこう。




 王女殿下即位の儀までは、まだ間があるので、そろそろオーゼリアに帰ろうかねえ。


 ダーウィカンマー領を正式にもらうのも、即位の頃になりそうという事で、即位の儀には出席する事が決定した。


 まあ、あれこれ口出した結果でもあるし、仕方ないか。


「オーゼリアからも参列者は出さなきゃならないし、ここまでがっつり関わった以上、あんた以外に参列出来る人間、いないわよ」


 呆れたように、リラに言われる。ヴィル様、そこで無言で頷くの、やめてもらえます?


「元々、オーゼリア国内でギンゼールに関わった家はデュバルだけだ。レラが参列しないでどうする」


 ヴィル様からの正論。確かにね。


 国だけでなく、王女殿下個人にも結構関わっちゃったしなあ。それもこれも、ギンゼール貴族が邪魔な王女殿下を国外に放り出そうとした結果なのかも。


 いや、あれが王女殿下個人の「家出」だったのか、それとも貴族達の根回しの結果だったのかは、知らないけれど。




 帰国するにも、勝手に帰る訳にいかないのが貴族の面倒なところ。


「で、挨拶に来ましたー」

「侯爵……相変わらずね」


 王女殿下が何やら微妙な表情をしているけれど、気にしない!


「てっきり、即位の儀までいるものと思ってましたよ」


 さすがにそれはありませんよ、姉君様。


 長らく留守にしているから、本領の方も気になるしー。それに、出来てからまだ一度も行っていないネオヴェネチアにも行きたいしー。


 帝国の運河の視察もしたいんだよねー。ついでに、ブラテラダやゲンエッダを見ていくのもいい。


 他にも、飛び地が増えてるから、色々見ておかないとね。


 そんな事を考えていたら、挨拶の場にいたファベカー侯爵から話が合った。


「デュバル侯爵、折り入って頼みたい事がある」


 頼み? ファベカー侯爵から? 私、そこまであなたに義理はないけれど。


「聞くだけは聞きますよ」

「感謝する。実は、北の領地にベデービヒ侯爵という男がいる。そやつに、この手紙を届けてきてほしいのだ。手段は問わない」

「手段は、問わない」


 私の確認の言葉に、ファベカー侯爵は頷く。なるほど。


「では、手渡しでなくともよろしいのかしら?」

「確実に本人の手に渡ればよい」


 なら、枕元作戦だね。




 一応挨拶は終わったので、いつでも帰れる状態だ。でも、ファベカー侯爵に頼まれた手紙の件、ちょっと気になるので相手がしっかり読むまで待ってみようと思う。


 皆に伝えたら、好きにしろ、だって。


「止めたところで止まらないんだから、言うだけ無駄でしょ?」

「特段、オーゼリアの不利になる事ではないからな」


 リラとヴィル様の意見はこんな感じ。ヴィル様はまだしもリラ……


 君、結構私を止めてないかね? それで止まったかどうかは、覚えてない。


「レラの好きにするといい。だが、ファベカー侯爵の頼みを聞いたのは、意外だったが」


 ユーインは、私がファベカー侯爵のお願いを聞き入れた事の方が気になるらしい。


 だって、ベデービヒ侯爵って、ギンゼールでも結構大きな家の当主だよね? そこにファベカー侯爵が手紙を送るとなったら、多分王女殿下の即位に関する事じゃないかなーって思うんだ。


 なら、ベデービヒ侯爵が即位の儀に出てこざるを得ないように、追い込んでおくのも手じゃないかしら?




 手紙自体はカストルに届けてもらう。帝国皇帝に対してやった、「起きたら枕元にお手紙がある」作戦だ。


 警備を厳重にしている人間であればある程、怯えるんだよねー。さて、ベデービヒ侯爵とやらは、どんな対応をするかな?


 手紙は深夜ではなく、明け方……夜と朝の境目のような時間帯に置いてきてもらった。


 ベデービヒ侯爵が手紙を読む様子は、部屋に仕込んだ蜘蛛型ドローンで録画している。時間が時間だから、こちらも寝ているしね。


 で、翌朝起きて全員で録画を見てみたら……


「破り捨ててる」

「なかなかの勢いね」

「差出人を確認してからの、破り捨てか」

「侯爵二人の間には、何か因縁でもあるのか?」


 リラ、ヴィル様、ユーインのそれぞれの感想だ。


 画面に映るベデービヒ侯爵は、はげ頭にカイゼル髭の、いかにも武人ですって感じの爺さん。


 ただし、あまり筋肉質な体ではない。でもあれ、多分きちんと鍛えている体だ。ペイロンにも、あのタイプのじいちゃんがいたから知ってる。


 それにしても。


「ふっふっふ、私が運ばせた手紙、読みもせずに破るとはいい度胸だ爺さん」

「ちょっと、何やらかす気?」


 嫌そうにリラが聞いてくる。はっはっは、そんなの、決まってるじゃないか。


「カストル、あの手紙、複製は可能?」

「事前に、コピーを取っておきました」

「でかした。んじゃ、今からあの爺さんの首根っこひっ捕まえて、手紙を強制的に読ませてやる!」


 首洗って待ってろよ? ジジイ。




 ベデービヒ侯爵領は、ギンゼールでも北に位置し、海が目前にある。ただ、大した港はなく、小さな漁港がある程度。


 港を整備して、ギンゼール国内はもとより、トリヨンサークやガルノバン、オーゼリアと交易すればいいのに。


 何なら、海路の中継地点としてもいいんじゃないかな。


 遠くから双眼鏡で漁港を眺めつつぶつくさ言っていたら、リラが呆れた声を出す。


「その海上輸送を潰すのは、あんたが整備している鉄道でしょうが」

「いや、鉄道と船はまた違うっていうか」

「変わんないわよ。大型貨物船でも作らない限り」


 大型貨物船かー。そういうのは、ガルノバンが得意だよね。実際、デカい貨物船は作ってるし、コンテナも対応してるし。


「デュバルにも、大型貨物船はありますよ?」


 そうだった。カストルが言うように、うちにも数は少ないけれど、フロトマーロとの輸送に使ってる貨物船があるんだった。


 空いてる部分を、タンクス伯爵に貸してるし。タンクス伯爵は、相変わらず小王国群との砂糖や花の交易をやっている。


 うちの船が行き来するようになって、座礁の危険が少なくなったからか、以前よりも儲けているとかいないとか。


 まあ、砂糖の値段が変わらないのなら、それはそれでいいや。


 それはともかく、今は目の前の髭ジジイだ。


「どうやって読ませるかな……」

「縛り上げて、目の前にヒラヒラさせるんじゃないの?」

「やだ、リラったら、野蛮ー」

「己の所業を顧みよ」


 おかしいな。




 とはいえ、実力行使となると、それ以外に手はないんだよねー。


 今回は、深夜の時間にお邪魔します。今回、私に同行するのはユーイン、ヴィル様、そしてカストル。


 男性ばかりになったのは、髭ジジイを羽交い締めにする為。魔法でやると、一発で私だとバレるからやるなとヴィル様に止められました。ちぇー。


「む! 何やつ!?」


 お、寝室のバルコニーに入っただけで勘付かれた。どんだけー。


「おのれ、どこの刺客か! 衛兵、衛兵ー!」

「無駄だよ、全員寝てるから」

「何!?」


 事前に、邸の中の人間は全員催眠光線で眠ってもらいました。なので、どれだけ呼んでも誰も来ないよー。


「うぬう……だが、わしもベデービヒ家当主! ただでは殺されんぞ!」

「いや、髭ジジイの皺首なんて、望んでないから」

「な!」


 何でそこで驚くのよ。いらないって言ってるのに。


 とはいえ、あまり時間を掛けると面倒なので、ちゃっちゃと手紙を読んでもらおう。


 という訳で、ユーインとヴィル様には、爺さんを羽交い締めにしてもらいました。何か文句言ってるけれど、気にしない。


「はい、これ。ファベカー侯爵からの手紙。ちゃんと読んでね」

「何? では、貴様等はあやつの……ふん! あんなジジイの手紙なんぞ、誰が読むか!」


 何偏屈ジジイムーブかましてんだ、このジジイ。あ、どのみちジジイか。


「そんな事言っていて、いいのかなあ?」

「……何?」

「爺さんが爺さんからの手紙を読まないと、最悪この街が火の海になっちゃうかもよー?」

「き、貴様! 卑怯な真似を!」


 いや、別に本当にやる訳じゃないし。ただの脅しよ、脅し。


 でも、単純な爺さんには効果があった。


「よ、読むだけだぞ!」

「それでいいよ。中身までは知らないし」

「何?」


 いや、多分王女殿下即位の話だとは思うけれど。でも、ここで言う必要はないでしょ。


 ちゃんと読むから手を離せと言われたので、ユーイン達が下がる。


「こちらに寄越せ」

「はい、どーぞ」


 まったく、いらん意地を張らずに、最初から素直に読んでいればいいのに。


 髭ジジイは、言った事はちゃんと守るようで、手紙に目を通している。その目が、驚愕に開かれていった。


「な……何だと!?」


 そういや、本当に中身は知らないんだけど、何が書いてあったんだろう。あんなに驚くような事?


『ルパル三世退位と、それにまつわる王城の貴族の失脚、それと王女殿下即位と王妃陛下が摂政となられる事ですね』


 今回のギンゼールの事、全部か。


 髭ジジイは、手紙を持つ手をブルブル震わせている。


「おのれマフバドスとユムツガン、ついでにダーウィカンマー! 国賊共めがあああああああ! 我が手で成敗してくれる!」

「あ、その連中なら既に罰は受けてますよ」

「何いいいいい!? わ、私の出番を待たずにか!」


 私達は、無言で頷く。


「くうううう。何という無念!」

「いや、こんな北の果てに引きこもってるから、現場の事がわからなくなるんでしょうが」

「うぐ」


 私の一言が、刺さったらしい。髭ジジイ、うなだれちゃったよ。


 でも、嘘は言ってないもーん。

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