第737話 開くまでもない
謁見の間は、ただの罵り合いの場と化した。それを止めたのは、進行役のファベカー侯爵。
「いい加減にせんかあああ!」
怒号に、私達まで背筋が伸びた。
「陛下の御前だという事を、忘れたか!? 痴れ者共が! しかも、他国からのお客人もいるというのに……」
怒られたユムツガン伯爵と檻の中の四人は、しゅんとしている。いや、伯爵の方は下向いて歯がみしてるね。反省してないなあ。
ファベカー侯爵も、眉間に皺を寄せている。
「ユムツガン伯爵、これは内々の話だが、卿が襲撃させたダーウィカンマー伯爵領は、こちらにいるオーゼリアのデュバル侯爵に譲渡が決定している」
「な、何ですと!? お待ちください! 我が国の領地を、他国の、しかも女が当主をしているような家に渡すと仰るのか!?」
ああん? おっさん、今何て言った?
オーゼリア組が一瞬で殺気立ったのを感じ取ったのか、ファベカー侯爵が右手でおっさんを制する。
「口を慎め、伯爵。卿は既にデュバル侯爵領となった領地を、身勝手にも手勢で襲ったのだぞ。これがどれだけ重い罪になるか――」
「わ、私は! 我が国の領地を余所者から救ったに過ぎません!」
ブッブー。嘘でーす。私が譲り受けるって話は、さっき聞いたばっかだろうが。
おっさん、ここが公式の場だって事、忘れてる?
もちろん、それを見逃すファベカー侯爵ではない。
「先程、内々の話だと言っただろう? 何故、卿がこの話を知っているんだ? 大体、先程初めて聞いたといった様子だったではないか」
「そ、それは……そう! 陛下から直々に伺ったのです! このところの陛下は、記憶が曖昧な為、覚えておいでではないかもしれませんが」
ブッブー。嘘でーす。この件に関して、ルパル三世は蚊帳の外でーす。
おっさんが言ったように、記憶が曖昧になるので話を通すのはやめようという事になったんだよ。発案者は姉君様です。
当然、これもファベカー侯爵にいい返される。
「ルパル三世陛下はこの事をご存知ではない」
「え?」
「さて、卿は一体、どこの陛下から聞いたというのだ?」
この国で、「陛下」と呼ばれるのは国王を除くと王妃しかいない。その姉君様は、冷たい目でおっさんを見下ろしている。
さすがにここまでくれば、言い訳のしようもないようだ。おっさんは慌てるばかりである。
「言い訳も尽きたようだな。では、卿の裁判を行う日程を伝えよう」
「お、おおおお待ちください!」
「まだ何かあるのか?」
ファベカー侯爵も、鬱陶しそうだ。
「い、いきなり裁判と申されましても……わ、私にも準備というものが!」
「ああ、奥方との離縁などかね? それなら安心したまえ。陛下の命に反した形になるので、卿には謀反の罪が適用される予定だ」
「む、むほん……」
「卿も知っているとは思うが、我が国では、謀反人はその家ごと抹消される。卿と卿の子等で成人した男児は等しく極刑を、成人前の男児と婚姻前の女児、それに妻は別々の寺院へ送られる。一生涯、そこから出る事は出来ん」
おっさん、とうとう口をパクパクするだけの人形と化した。
どこの国も、王家に逆らう家や人ってのは、大抵重罪になるからね。
ファベカー侯爵の言葉は続く。
「本来なら、これらは裁判の場で伝えられるのだが、この場で通達した事で、裁判は省略だな。既に卿の家邸、及び領地には国の軍が行っているので、全員捕縛となっているだろう」
ファベカー侯爵、仕事が早い。
檻の中の四人もがっくりとうなだれているけれど、おっさんはとうとう床に手を突いてしまった。
それを見ても、ファベカー侯爵の表情は何も変わらない。代わりに、大きく一言発しただけだった。
「本日の謁見は、これにて終了!」
結局、最後までルパル三世は一言も発さなかったね。
ユムツガン伯爵家に関しては、基本マフバドス伯爵と同じ処罰になるそうな。なので、当主だけはこちらで引き取った。
マフバドス伯爵とはまた別の地下工事現場で働いてもらおうではないか。
問題は、彼等の派閥にいた弱小貴族達である。あ、あと辺境に閉じこもっている某侯爵か。
「弱小貴族に関しては、このまま放置していても問題ないのではないか?」
借りている王城の部屋で、オーゼリア組のみでお話し合い。その席で、ヴィル様から出た意見だ。
「放っておいたら、第二、第三のマフバドス伯爵達が出て来ませんかね?」
「これはギンゼールの貴族を見ていて思った事だが、奴らは旗振りがいなければ、動かない家が多い」
つまり、先頭に立って「俺がやるぞ!」という、やる気に満ちた人間がいない……と?
「保守的という事なら、納得です」
リラも同意している。という事は、そういう事なんだろう。
今自分が持っているものが保証されるのなら、そちらになびくと考えていいのかな。今以上をそれ程望んでいないって事?
「その傾向がある。全員が全員、そうとは言わないが。その辺りは、これからのギンゼールが考える事ではないか?」
「そうなんですけど」
王女殿下は、まだちょっと未知数だからなあ。心配。
とはいえ、姉君様がいるんだから、何とかなるか。正式に摂政の座に就けば、使える権力も大きくなるだろうし。
「一つ懸念があるとすれば、ルパル三世の退位に合わせて、王妃陛下も現場から退かされかねないところか」
「それに関しては、こちらからごり押しとか、出来ませんかね?」
「ごり押しをするなら、保証人となる人物を立てておいた方がいい。そうでないと、オーゼリアからの内政干渉を指摘されるぞ。もっとも、既に大分やらかしているがな」
そーですね。
こちらが姉君様を摂政に推しても、それをギンゼールの宮廷が受け入れるかって話なのか。
オーゼリアだと、過去に何度か王妃様だけ残って、幼王の摂政を務めた記録があるそうだけど。
ただ、その場合、国王陛下は亡くなってるんだよね……
生前譲位をなさった上王陛下は、上王妃陛下と共にイズでのんびりお過ごしだ。
ただ、上王陛下の場合、レオール陛下に譲位する下地がちゃんと調っていたから、というのもある。
ギンゼールの場合、どれもこれも急ごしらえだからねえ。
ともかく、王女殿下が即位なさるまでの間に、出来る限りの事はしておこうか。
まずは、面倒な三家を同時に潰した訳だけれど、他にも潜在的に王位に欲を出してる家はあるのかな。
「という訳で、ちょっと調べてくれる?」
カストルに頼むと、いい笑顔で「承知いたしました」と言って消えた。うん、余所の国で移動魔法は控えようか。
野心を持つ家が見つかったら、要注意という事で王女殿下と姉君様に伝えておこう。その後は、彼女達がやるべきだ。
王城の使用人が入れ替えられた。まあ、マフバドスやユムツガンの息が掛かった連中ばっかりだったからね。
新しく雇い入れられた人達……というか、再雇用されたのは、以前反乱の最中、逃げ遅れたからか王城で最後まで仕事をしていた人達。
ただ、彼等は本来下働きとして雇用されていたので、王族の側に仕えるには、行儀が足りないという事で、現在特訓中なんだとか。大変。
それでも、仕方ない状況の中とはいえ、王城に残って仕事を続けていた人達だからね。ある程度の信頼はあるわ。
カストルの情報収集は、着実に進んでいる。面倒なの三つ潰した影響か、次は自分達ではと怯える家が殆どなんだとか。
「いい意味で、このまま怯え続けてくれるといいなあ」
ギンゼールの貴族は、簡単に王家に逆らいすぎなんだよ。まあ、オーゼリアにもいましたが。
やっぱり、王家は少し恐れられるくらいの方がいいのかねえ? いや、でもオーゼリアには「あの」上王妃陛下がいらしたのだが。
それでもあれこれやろうとするんだから、権力の誘惑って、強いんだなあ。私なんぞは、ある程度の生活が出来ればいいやとしか思わないけれど。
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