第736話 化けの皮が剥がれる

 王城で開かれた裁判で、無事ダーウィカンマー家は取り潰しが決定。さすがに王族を殺しかけた毒を作ったとあっては、謀反を疑われても仕方ない。


「私は、私は頼まれただけです! 信じてください!!」


 当主は最後まで「自分は無実だ」と涙ながらに訴えたが、無駄だよ。君がマフバドス伯爵と交わした書面があるし、何より側近と話していた秘密の会話の全てが録音録画されているからね。残念でした。


 王家を裏切った貴族の末路は悲惨である。当主と嫡男は極刑、妻と清神前の男児、未婚の女児はそれぞれ別の寺院預かりとなった。


 同じ神を信仰していても、宗派が違うのでオーゼリアとは宗教施設の呼び名が違うんだね。


 預け先の寺院、こうした問題を起こした貴族の行き先としては大変有名だそうで。王女殿下もご存知でしたよー。


「悪い意味で、有名なのだけれどね……」


 裁判の後、お部屋に伺って雑談している最中、ダーウィカンマー伯爵の華族が送られた寺院についての話題になったら、これ。


 どうやら、入って数年生き残れればいい方……という話。怖ー。


「寺院が悪い訳ではなく、送られる者達の態度が悪いのですよ」


 冷静な意見を言うのは、姉君様。ええ、この親子、今は一緒の部屋でお茶するくらいには、関係が修復された模様。


 ただ、まだ王女殿下の方にはわだかまりが残っているみたい。でも、お仕事は別、としてやっていけるのなら、それでよし。


 ちなみに、王女殿下が女王になる話は、速攻アンドン陛下に話しておいた。


 特に驚きはなかったみたいだね。ついでに、シェーヘアン公爵夫人にも伝えておいてくれるってさ。


 やっぱり、いくら王子とはいえ赤ん坊に王位を継がせるよりは、王女殿下を女王位に就かせるのが妥当と思ったんだろう。


 話を戻すけれど、ダーウィカンマー伯爵領は一旦王領となり、そこから今回の大掃除の「報酬」の一部として、私に譲渡される事が決定している。


 王領になった時点で、王城から代官が派遣されるんだけれど、今回はそれはなし。


 もう私に渡る事がわかっている領地なので、この時点で私が管理する事が決定し、通達も出してある。


 領都と栽培地に関しては、ネスティがうまくやってくれるだろう。防衛云々はオケアニスをいるだけ使っていい事にしてあるし。


 さて、これで釣れる奴がいると、掃除がまた捗るんだけどなあ。




 まさかね、という思いでいたんだけれど、本当に釣れるとは思わなかったわ……


「では、ユムツガン伯爵の私兵団が、旧ダーウィカンマー領を襲撃した……と?」


 呆然とした様子で私の報告を聞く王女殿下の隣で、姉君様が眉間に皺を寄せて額に手を当てている。


 まあ、頭痛くもなるよね。相手が勝手に自滅してくれたとはいえ、これでまた私に借りが出来たようなものだもん。


 しかも、この借りは国のものだ。決して姉君様個人でも、王女殿下個人のものでもない。


 そういう意味でも、頭が痛いよねー。


「首謀者は捕縛しましたが、肝心のユムツガン伯爵は現場にいなかったそうです。それに、装備からもユムツガン伯爵家の私兵団とはわからないようにしていたとか」


 あからさま過ぎて笑っちゃうね。でも、ギンゼール国内の貴族同士なら、何とかなってしまったのかも。


 そう考えると、笑い話で済ませてはいけないな。


 私の報告に、王女殿下が眉根を寄せる。


「それ、最初から狙ってやっているって事よね?」

「そうなりますね」

「ユムツガン伯爵って、馬鹿なの?」


 素直な一言に、姉君様も吹き出した。いや、そりゃこんなどストレートに言われちゃったら、吹くよね。


「……クーデンエール、もう少し、言い方を考えなさい」

「ここには私達以外いないじゃない。私だって、時と場所くらいは選ぶわ」


 お、言い返せるくらいにはなったんだ。いい事だね。


 姉君様は、反論されるとは思っていなかったのか、ちょっと驚いている。でも、決して怒っている訳ではなさそう。


 我が子の成長を、垣間見た瞬間かねえ。……ずっと側にいたはずなのにな。




 今回の襲撃事件を受けて、王城にユムツガン伯爵が呼び出された。本人は、ずっと王都にいた訳か。だから現場にいなかったんだね。


 呼び出した場は、謁見の間。いそいそと来たユムツガン伯爵は、その場に揃った顔を見て、何やら渋い表情をしている。


 この場にはルパル三世と姉君様、王女殿下、ファベカー侯爵、そして私達オーゼリア組。


 他のギンゼール貴族はいない。そりゃ訝しんでも当然か


 今回、まだ王位にいるのはルパル三世なので、玉座に座ってもらっている。その隣に姉君様、そしてちょっと離れた席に王女殿下。


 実は王女殿下がこうした場に出るのは、珍しい事なんだとか。蔑ろにしてきたという訳ではなく、ギンゼールの作法としての話。


 たとえ正式に立太子された王太子だとしても、公式の場に出るのは王と王妃だけなんだそう。


 それもあって、ユムツガン伯爵は眉間に皺を寄せている。


「ユムツガン伯ボハザット・コルバス、王のお召しにより、まかりこしましてございます」


 それでも礼はした。ただ、その後がいただけないな。


「それにしましても、何故王女殿下がこの場にいらっしゃるのですかな? ここは公式の場のはずですが」

「口が過ぎますよ、ユムツガン伯」


 姉君様からぴしゃりと言われて、不満そうな顔を隠そうともしない。駄目だこいつ。


 あんた、何の為にここに呼び出されたか、わかってないな? 姉君様の頭痛が、より酷くならないといいね。


 公式の場である以上、王族が進行役を務める訳にもいかない。その為のファベカー侯爵である。いや、正確にはそれだけじゃないけれど。


「ユムツガン伯。今日、この場に呼ばれた理由はわかるか?」

「はて? 私めが何か成し遂げましたでしょうか?」

「そうか。わからぬか」


 ファベカー侯爵は、こちらに視線を寄越した。んじゃ、ここからはこちらのターンという事で。


「まずは、この者達を見てもらいましょうか」


 私の声に合わせて、謁見の間に檻が運ばれてくる。キャスター付きとはいえ、重そうなそれを推してくるのが少女な見た目のメイドなのだから、ユムツガン伯爵が目を見開いても、仕方ないかー。


 決して、檻の中の人間を見て驚いたんじゃ、ないよね?


「こ、これは……」

「つい先日、私がお預かりしている旧ダーウィカンマー伯爵領領都を襲撃した一団の者達です。ほんの、一部ですが」


 檻の中には、私兵団の団長と副団長、それに部隊長二人の計四人が後ろ手に縛られた状態で入れられている。


 特に猿轡もしていないのに、四人はおとなしい。まあ、つい先程まで、別室にてカストルの尋問を受けていたからだろうね。


 自白魔法の前に、黙秘など出来ないのだよ。


「さて、ユムツガン伯。この者達は、あなたの私兵だと言ってますが……事実かしら?」

「し、知らない! わ、私はこんな者達、見た事もない!」


 往生際の悪い。


「だ、そうよ?」


 檻の中の四人に声を掛けると、何故かびくついている。私、君らに何もしていないんだが?


 場への恐怖と、何故か私に対する怯えがあっても、自分達を切り捨てようとする「元」雇い主に対する恨みは、消えないようだ。


「俺達は、そこにいる伯爵の私兵です。私はその私兵をまとめる役を担っていました」

「嘘だ! う、嘘を言うな!」


 うるさいなあ、もう。それ以上喚くと、口を閉じちゃうよ?


「レラ、動くなよ」


 私の内心を読んだかのように、ヴィル様から制止の声が飛んだ。ちぇー。


「返事は?」

「はあい」


 こちらが小声でやり取りをしている間にも、檻の中と外とでの言い合いは続いていた。


「俺はユムツガン伯爵家の分家の一つ、セーグカスト男爵の四男です! その関係で、本家の私兵団を任されています!」

「違う! 違うううううう!」

「何が違うだ! 汚い仕事ばかりこっちに押しつけやがって!」

「きさ、貴様! 本家当主たる私を何だと――」

「ただのクソ野郎だ!!」


 何だか、ただの罵り合いになってるよ。あの私兵団長、よっぽど色々溜め込んでたんだなあ。

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