第734話 乗り物酔いって、辛いよね

 大掃除、まず手を付けたのは当然ながら毒薬を製造している家、ダーウィカンマー伯爵家だ。


 この家で製造された毒が、王家に使われたという証拠を手に、姉君様に借りた衛兵と共に乗り込む。


 ちなみに、この衛兵は内乱の際に最後まで王宮を護っていたんだって。


 ダーウィカンマー伯爵領は、王都から大分東にいったところにある。国としては端の方で、トリヨンサークとの国境がある山脈の麓付近。


 馬車でいくと、大分掛かるねえ。


 移動手段をどうしたものかと悩んでいたら、カストルから提案があった。


「車を使いますか?」

「え? あるの?」


 確かに開発を分室に頼んではいたけれど、まだ出来上がったとは聞いてないよ?


「長らくニエール様のお眼鏡に適う車体が出来上がらずに、計画が頓挫しかけていましたので、差し出口を少々」


 どうやら、空気抵抗やら何やらを吹き込んだらしい。その結果、何だかスポーツカーですか? と言いたくなるような流線型の車が出来上がったそうだ。もっとも、今回はオフロード車を持ってくるそうだけど。


 それでも、馬車よりはずっと速いし、必要な休憩時間も大分短い。


「速度が出るのはいいけれど、衛兵達はどうするの?」

「彼等や捕縛するダーウィカンマー伯爵家の者達を乗せる為のトラックも、用意しております」


 トラックに関しては、いつの間にかガルノバンから購入していたらしい。そういえば、最近ガルノバンから何やら高額なものを買ったって書類が回ってきていたような……あれか?


 カストルを見ると、にやりと笑われた。


「……自動車で行くのはいいけれど、運転手はどうするの?」

「オケアニス達に、運転技術を習得させております」


 いつの間に……


 ちなみに、本領では既に人形遣いを中心にして、運転技術の習得が進められているという。本当、いつの間に。


「全て、書類でご報告していますが……」


 私が見逃したの? ……本当か? 書類で提出したと言えば、私が引き下がると思っていないか?


 とはいえ、自動車の普及は考えていた事だから、もういいや。王都はまだ難しいかもしれないけれど、本領でくらい自動車が定着するといいな。




 カストルが用意したオフロード車とトラックを見て、衛兵達がざわついた。まあ、そうだろうね。見た事もない、馬が引かない車だもん。


 衛兵を代表する形で、今回貸してもらった隊の隊長が手を挙げた。


「これに、乗ると?」

「ええ、そうよ。馬を走らせるよりずっと速いから、明日の早朝出立すれば、夜更けにはダーウィカンマー伯爵領に到着出来るでしょう」


 私の発言に、衛兵達が更にざわつく。そりゃそうだよね。この国の人間だからこそ、距離感がわかる訳だし。


「失礼ですが、侯爵閣下は我が国の国土の広さをご存じないのではありませんか?」

「一応、どれくらいの距離かは知っているわよ?」


 カストルが、事前に道路事情と共に、距離も測っている。途中、いくつか丘や山を迂回するので、平面で考えるよりは遠くなるみたい。


 こっちの道路事情も、あんまりよろしくないみたいなんだよねえ。


 とはいえ、線路は作っている最中だから、そのうち鉄道で移動するのが中心になるでしょう。


 私の言葉が信用出来ないのか隊長が苦い顔をしているね。でも、今は私の命令に従ってもらうよー。


「ともかく、この乗り物で行きます。あなた達は乗っているだけでいいから」

「わ、わかりました」


 軍人らしく、上の命令には忠実なのはいい事だ。




 翌朝、まだ夜が明けきらない時間に王城を出立する。今回、リラとヴィル様は姉君様と王女殿下の側に置いていくので、同行するのはユーインとカストルのみ。


 私達は先頭を行くオフロード車に、衛兵達と空のトラックはその後ろを付いてくる。


 道案内もいらないと言った時の、隊長の顔はなかなかだった。心配しなくても、ギンゼールを攻めたりしないよ。


 この国に、王女殿下と姉君様がいる限りはね。


 オフロード車を運転するのは、カストルだ。


「途中で休憩ポイントをいくつか見繕っておきましたが、多分後ろの連中がその前にへばるでしょうねえ」

「そう?」


 兵士だし、過酷な移動には慣れているんじゃないかしら。確かに路面のコンディションはかなり酷いけれど、カストルもオケアニスも結界魔法を使った簡易舗装は使えるんだし、問題ないでしょ。


「じゃあ、ダーウィカンマー領をぶんどりに行きましょうか!」




 カストルの予言は当たった。予言というか、先読み?


 休憩ポイントに着いた途端、トラックから衛兵達が転がり出てきて、全員その場で戻していた。


「車酔いですね」

「ああ」


 なるほどー。どうやら、トラックの荷台でも大分ゲロゲロやっていたらしく、現在オケアニスが魔法で洗浄している。


 心なしか、彼女達の眉間に皺が……手間掛けさせて、ごめんね。


「こんなに酔うなら、対策をしないとね」


 さすがに、酔いでフラフラになった衛兵なんて、向こうに無事到着しても使えないでしょ。


「どうなさるおつもりですか?」


 私の言葉に疑問を投げかけるカストルに、にやりと笑う。


「乗り物酔いに一番効く方法があるのよ」


 そう、とても簡単なね。




 休憩を終え、再び私達は走り出す。もう後ろのトラックの荷台からは、衛兵達の苦しみの声が上がったりはしないだろう。


 何せ全員、催眠光線で眠っているからね!


「最初から、こうしておけばよかったわ」


 笑顔の私に、隣にいるユーインから質問がきた


「だが、どうして眠っていると、酔わないんだ?」

「その辺りはよく知らないわ。でも、乗り物酔いに一番いいのは、とっとと寝る事よ」


 車酔いって、三半規管がどうたらいう話も聞いた事があるけれど、最終的には「気の持ちよう」ってのも、聞いた。


 そういう意味では、意識がない状態では酔いようがないんだろうね。酔い止めの薬も、大抵眠気を誘うものだし。


「懸念もなくなったし、このまま最低限の休憩だけで、伯爵領をぶんどりに行くわよ!」

「承知いたしました」


 そこからは、カストルが手加減なしにスピードを上げたので、ユーインもちょっと顔色が悪くなったくらい。


 百キロは越えてたと思うんだけど、それ以上はよくわかんないや。




 予定より少し早く、夕方にはダーウィカンマー伯爵領に入った。ここから領都までは、馬車でも三十分くらいなんだとか。


「領都が見える丘の上で、野営しましょう」


 カストルが先導し、車列は暮れゆく景色の中、領都を見下ろせる小高い丘を上っていく。


 時間が時間だからか、丘には人影はない。一応、領都側から見えない場所に、移動宿泊施設を取り出す。


 今回は人数が多いから、普段工事現場で使っている大人数用を持ってきた。内部の設備は簡素だけれど、その分多くの人間が快適に過ごせるよう設計されている。


 設置後に、トラックで寝ている衛兵達を起こした。皆、一瞬で寝入ったから、いつの間にか外が暗くなっている事に驚いている。


「おい、俺等、まだ明るいうちにあのとらっく? に乗ったよな? その後の記憶がないんだが……」

「おい! あれ見てみろよ! ダーウィカンマー伯爵領の領都だぞ!?」

「何!? ……そんな、馬鹿な」

「いつの間に、ここまで来たんだ?」


 衛兵達、混乱しているのはわかるけれど、今日はちゃんと寝ておきなさいよ? 後で寝不足防止の為に、もう一度緩めの催眠光線を使うから。


 彼等は、宿泊施設にも驚き、中の設備にも驚き、出された食事にも驚いたそうだ。驚き過ぎて、疲れないかね。


 その後、彼等への催眠光線はカストルの申し出により、任せておいた。ここまで寝っぱなしで来ているから、これから寝ようとしても寝られないでしょ。


 なので、催眠光線。いやあ、本当に使い勝手のいい魔法だよな。

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