第733話 準備は調った
王女殿下の覚悟は決まった。では、次は姉君様に覚悟を決めてもらおう。
多分、本人はある程度算段を付けてると思うんだけどね。
王女殿下の覚悟を聞いたその日のうちに、姉君様にアポを取った。話があるので会いたいと伝言を頼んだら、翌日に時間を設けてくれるという。
早いねえ。
使者として送り出したオケアニスが戻り、返答を聞いていると、一緒に聞いていたリラが首を傾げる。
「ルパル三世が倒れているから、政治関連全て王妃陛下が見ているんじゃないの?」
「多分その辺りは、まだファベカー侯爵が支えていると思うよー」
何せ、姉君様自身、毒で倒れていたんだから。全快したと言っても、周囲が止めるんじゃないかなあ。
それに、ファベカー侯爵にここで踏ん張ってもらわないと、ユムツガン伯爵とかいう小物がしゃしゃり出てしまう。
マフバドスのおっさんを掃除したら、また似たような小物が出てくるんだから。ギンゼールも業が深いねえ。一体何をやってきたのやら。
翌日、指定された時間に姉君様の元を訪れる。
部屋に招き入れられ、腰を下ろして侍女がいれるお茶を待つ。先制攻撃は、姉君様から。
「改めて話があるなんて、一体何かしら?」
「この国にとって、とても大切なお話しです」
私の言葉に、姉君様ではなく侍女達の空気がぴしりと固まる。大分警戒されている様子。
姉君様本人はと言えば、動じてはいない。
「やめなさい。彼女を怒らせるのは得策ではないわ」
「ですが、フェルーア様」
「我が国の事を憂えてくれているのよ。ありがたい事ではないの」
何だろうなあ、こっちに対する圧の方が強い気がするんですが。
言外に「うちの不利益になるような事を言ったら、笑いものにしてやるからな?」って聞こえてくるんですけどー。
私自身は他国で笑いものにされたところでびくともしないけれど、本来は貴族ってそういうメンツを一番大事にする生き物だからね。
他国とはいえ、王族に笑いものにされたりしたら、自国でも恥ずかしくてやっていけないんですってー。メンタル弱いな。
相手が笑いものにするのなら、こっちもしてやればいいのにねー。もしくは、相手が喉から手が出るほど欲しいものを、売ってやらないとか。手段はいくらでもある。
おっと、思考が逸れた。今は、目の前の事に集中集中。
「面倒なので、前置きとかは省きますね。ルパル三世の退位は、いつ頃になりそうですか?」
今度こそ、室内の空気がざわついた。これには、さすがの姉君様も目が笑っていない。
「何の、話かしら?」
「嫌ですねえ。ルパル三世陛下を治療したの、私ですよ? 何も気付かない訳、ないじゃないですか」
笑顔で対応すると、ふっと室内の空気が緩和する。多分、どこから情報が漏れたのか、気になっていたんだろうな。
ギンゼール王城って、王族でも気が抜けない場所だもん。
「いつ頃になりそうですか?」
もう一度訪ねると、姉君様の様子が少し陰鬱なものに変わる。
「それは、興味本位からの質問なの?」
「いいえ? 新女王陛下即位の為の準備期間が、どれくらい取れるのかわからなくて。なので、伺いに来たんです」
お、姉君様だけでなく、侍女達も驚いている。
「そんなに、驚くような事ですか?」
「その事を、一体誰に聞いたの!?」
ああ、やっぱり。
「誰にも聞いてませんよ。何なら、昨日王女殿下ご自身に覚悟を決めてもらいました。ちなみに、既にオーゼリアのレオール陛下には報告済みで、色々と許可を得ています」
あの陛下も、私のやり方には大分慣れてきたみたいだしなー。後の報告なんかは、ヴィル様にお任せするしー。
それにしても、姉君様も王女殿下を女王に就けるつもりでいたとは。ここが、いまいち読めなかったんだよね。
でも、姉君様がその気なら、後は簡単。
「何にせよ、準備期間は必要ですよね。そちらは、王妃陛下がなさると思って構いませんか? 必要でしたら、ゾーセノット伯爵夫妻がお力添えをするそうです」
これは打ち合わせ済み。しばらくリラを私の側に置かない方がいいだろうから、いっそヴィル様とワンセットで姉君様、王女殿下と一緒にしておこうかなと。
その護りはオケアニスを中心に、ポルックスがやるそうな。リモートで。
カストル……まだポルックスの事を怒ってるのかねえ。
姉君様達は、私の申し出を訝しく思っている様子。
「……ゾーセノット伯爵夫人は、あなたの側近だと思ったのだけれど?」
「だからこそです。私の意を受けて、正しく動けるのは彼女だけですから」
これは本当。コーニーはバイオレンスにやり過ぎるし、カストルは全方面でやり過ぎるきらいがある。
その点、リラなら後々の事も考えて動けるからね。方向性さえしっかり話し合っておけば、問題なし。
今回の方向性は、王女殿下を女王に、姉君様を摂政にというもの。これも、既に打ち合わせは終わっている。
姉君様は、テーブルのカップを取って、中身を一口飲んだ。既にここに来る飲食物は、オケアニスの手によりデュバル産のものにすり替え済みだ。
つまり、安心安全という事。いやあ、あの後も性懲りもなく毒がドンドコ盛られてるっていうからね。
実行犯はカストルが抑えているし、生産拠点はもうもらうつもりでいる。あ、そういえば許可、もらい忘れてなかった?
いや、確かあの時一人では決められないって言ったんだっけ。ルパル三世があの状態なら、相談する先はファベカー侯爵かなあ。
考えていたら、姉君様から質問が来た。
「私達がクーデンエールの即位の準備をするとして、侯爵は何をするの?」
「お忘れですか? 私が何をしにこの国に来たのかを」
まだ、大掃除は終わってないんですよ?
姉君様も、その事を思いだしたらしい。
「マフバドス伯爵は、当主が交替して、前当主が行方不明と聞いているけれど?」
「掃除するゴミ、あれだけですか?」
違いますよねえ? 笑顔で答えたのに、何故か姉君様達の顔色が悪いんだけど。どうして?
どさくさに紛れて、例の毒にも薬にもなる植物を栽培している家、ダーウィカンマー伯爵家の領地をぶんどっていい事になった。
どうやら、王家から正式に譲渡という形は取れないけれど、当主からの売却なら見逃すという事らしいよ。
なるほど、見逃すって、いい言葉だよね。
姉君様とも方向性の打ち合わせは終わり、新女王クーデンエール一世の誕生は決まった。後はそこに向けて突き進むだけだね。
姉君様の部屋を出て、王城の与えられた部屋へ戻る。あれー? またしても、妙な気配があるんですけどー?
『敵も懲りないようですね』
前にしっかり暗殺未遂犯を捕縛して、色々聞き出したってのに。
もっとも、何人か人を介して依頼したらしく、本当の依頼主の名前も見た目もわからないみたいだけど。
そういう、依頼主と暗殺者を繋ぐ仲介役がいるみたいね。そいつも、捕まえて聞き出そうか。
『では、城下町を探索させます』
カストルお得意のネズミくん達かな。あの子達も優秀だよね。
部屋に戻るまでに、何と三人も暗殺者を捕まえてしまいました。大漁だね!
運ぶのが面倒なので、またしてもオケアニスを呼んだら、今度はリラは一緒ではなかった。慣れたのかな。いいけど。
そのまま、暗殺者を運ぶオケアニスと共に、部屋に戻る。どうでもいいけれど、暗殺未遂犯をお姫様抱っこする小柄なメイドって、シュールだよな。
「ただいまー」
「お帰りなさい。今度は一度に三人?」
「同じ依頼主から依頼されたかどうかは、わからないけれどね」
別口だと、それを口実に簡単に「掃除」出来るから、楽なんだけどなー。
リラも、オケアニスがお姫様抱っこしている暗殺者達を見て、眉間に皺を寄せている。凄い絵面だもんな。
四つの部屋が繋がっているここは、王城でも最上級の客間になるそうだ。
その一室に、四人全員で集まる。情報の共有は大事だから。
「姉君様との共闘が決まりました」
「まあ、そうなるでしょうね」
「当然だな」
リラもヴィル様も、この結果自体は読んでいたらしい。
リラは姉君様が私の誕生日にデュバルまで来たからだって。どういう理屈なんだろ。
ヴィル様は、現状王位に就けるのが王女殿下だけだからという、消去法。こっちは私でもわかるわ。
男性優位の王位でも、さすがに乳児を王位に就けるのは避けたいでしょう。いくら実母が摂政になるからって。
他に継ぐべき人がいないのなら、それも致し方ないとは思うけれどね。今回の場合、王位継承権を持つ王女殿下がいるんだもん。そりゃ女王を容認する方が楽だわな。
問題は、未だにルパル三世に娘を宛がい、外戚として権力をほしいままにしたい連中がいるって事。
もっとも、そういった連中は私が全て掃除するけどねー。
基本は当主交替で。家族や一族にろくでなしばかりがいるのなら、家仡潰すけど。
その方が楽なのは楽なんだよ。ただ、ギンゼールの今後を考えると、貴族の家を削りすぎるのは時期尚早だなって思う。
王家を支える貴族家は、それなりの数いないとね。
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