第732話 覚悟を決めろ!
王女殿下を女王に。これには、少しだけ根拠のようなものがある。
「第一に、王女殿下は既に隣国ガルノバンのアンドン陛下、及び妹君であるシェーヘアン公爵夫人と懇意です。これは、ギンゼールとしては大きいでしょう」
「その代わり、ガルノバンの影響が強くなるのを懸念する声もあるんじゃないか?」
ヴィル様の言葉に頷く。
「あるでしょうね。でも、多分その声を上げる連中は、国の為なんか考えてませんよ」
「というと?」
「ギンゼール王家を食い物にしようとしている連中だけです。、アフバドス伯爵が、いい例ですね」
実は捕縛したあのおっさん、既に自白魔法で色々聞き出しているそう。
その中に、奴らの計画があった。
「マフバドス伯爵には娘さんがいて、彼女をルパル三世に嫁がせようとしていたようですよ」
「外戚の地位を狙ったのか」
よくある話ですよねー。娘を権力者に嫁がせて、生まれた孫の後見人という立場で権力を振るう。
国の為に権力を振るうのであれば口出ししないけれど、あのおっさん共は私利私欲の為に振るおうとしているからね。
そう、おっさん「共」。つまり、複数形。
マフバドス伯爵とは敵対関係にあるはずのユムツガン伯爵も、同じ事を企んでいたらしいんだ。似たもの同士だった訳ね。
とはいえ、そんな動きを許している王家の方が、問題なんじゃね? って事だよ。
「王女殿下が女王になっても、王配選別で色々出てくるとは思うけどさ。その前に、面倒そうなところは刈り取っておこうかなって」
私の提案に、リラが眉をひそめ、ヴィル様が首を傾げた。
「レラがそこまで肩入れするのも、珍しいな」
さすがに付き合いが長いだけあって、よくわかってらっしゃる。
「そうしたいと私に思わせるだけのものが、王女殿下にあるんじゃないかなって、思ってます」
「なるほど、人を惹き付ける力か……」
こういう権力関連の話は、やっぱりヴィル様が一番理解が早い。リラはちょっと訳わかんないって顔をしてるし、ユーインは基本私がやる事に否やは言わない人だ。
「王女殿下ってさ。何となく手を貸したくなる気がしない?」
「それは、だって、理不尽な立場に立たされているから……」
「最初はただの我が儘かなーって私も思ったんだ。でも、自ら学ぼうとする姿勢とか、周囲から色々吸収しようとするところとか、応援したくならない?」
「確かに」
リラも納得したらしい。
本当にねー。最初はギンゼールの一件に首を突っ込む気、なかったのに。一緒にカイルナ大陸に行ったのが効果あったのかなあ。
「ともかく、王位に就く人って、周囲を巻き込む力はあった方がいいと思うんだ」
「あんたみたいなのを引っかけるんだから、王女殿下にはその力があるって事ね」
酷くないかね?
私の案は採用され、通信でレオール陛下からの許可ももらえた。つまり、オーゼリアとしても王女殿下が女王になる事を後押しするって事。
これで、私がこの国でやるあれこれに対し、オーゼリア側のお墨付きがもらえた形。
その代わり、ギンゼールとの交渉をしっかりやってこい、だってさ。
「ギンゼールとの交渉って? 国交は既に樹立していますよね?」
「ここからは、各種条約の締結だ。レラ関連で言えば、観光客の受け入れ増大辺りだな」
ああ、船でも鉄道でも、ツアー先ともなれば、観光客の受け入れとか入国手続きとか、必要ですもんね。
「基本的には、ガルノバンとの間に交わしたものと同様の条約を結びたいらしい」
ほほう。これでまた、デュバルが潤うのなら、反対はしませんよー。交渉自体は、ヴィル様がやってくれるそうだし。
「外交交渉なぞ、怖くてレラに任せられるか」
「酷くね?」
確かに交渉は苦手だけどさ。
でも、リラもユーインも誰も反論してくれない。あんたら……
「ともかく、こちらの方針は決まった。後は、王女殿下ご本人に覚悟を決めてもらうだけだな」
それが、一番大変だと思うんだけどねー。
翌日、ちゃんとアポを取って王女殿下のところへ向かう。あちらにも、オケアニスを配置したので、生活に不便はないはず。
「ごきげんよう、王女殿下」
「……侯爵は、元気そうね」
「王女殿下はお元気がなさそうですねえ」
それもそうか。両親が相次いで毒に倒れてたら、そりゃ元気でいられるはずがない。
微妙な関係の親でも、ちゃんと親として愛しているところも、王女殿下のいいところだわ。
オケアニスが用意してくれたお茶を前に、早速話を切り出す。
「殿下、今のギンゼールの状況、どう思われます?」
「どう……とは?」
「そのままの意味ですよ。殿下の意見を聞きたいと思いまして」
ここでうっかり「どうにかしなきゃいけないと思ってる」とか言ってくれれば、畳みかけるんだけどなー。
でも、敵も然る者。私との付き合いがそれなりにあったからか、それとも幼い頃から受けていたであろう王族としての教育の賜か。言質は取らせてくれないらしい。
「よくない状況だとは思うわ。お父様もお母様も、毒でお倒れになるなんて」
無言のまま、じっと王女殿下の次の言葉を待つ。
「……お父様は、今後どうなさるおつもりなのかしら」
「推測でしかありませんが、早期の退位を考えても不思議はないと思いますよ?」
「退位……」
あまり、ショックという感じではないね。やっぱり、王女殿下はちゃんと周囲を見る目と考える頭を持っている。
まあ、あの姉君様の前だと、それも色あせちゃうからちょっと可哀想ではあるんだよなー。
そのまま、王女殿下は黙り込んでしまった。
本人にその気があろうとなかろうと、既にオーゼリアも私も、王女殿下を女王にするという方針で固まっている。
なので、ここはちょっと手荒な方法を採るよ。
「殿下、お覚悟をなさってください」
「覚悟……」
「率直に申し上げます。私もオーゼリアも、王女殿下が女王としてお立ちになられる事を望んでいます」
王女殿下の顔に、困惑の色はない。私がここに来た時点で、もうわかっていたんだろうね。
「……私で、務まると思う?」
「務まろうと務まらなかろうと、現状王位に就けるのは王女殿下だけですよ。まさか、まだ乳児の弟君に王位を継がせるとは、言いませんよね?」
嫌な言い方だけれど、そういう事なんだよね。
王女殿下は、また黙ったまま俯いた。でも、その様子は何かを考えているだけで、困惑でも拒絶でもない。
つまり、前向きに検討しているって取って、いいですよね?
しばらくして、殿下の考えがまとまったようだ。
「国内の『大掃除』は、侯爵が手伝ってくれるのよね?」
「ええ、もちろん。ギンゼールは大事な国ですから」
「お母様は、賛成してくださるかしら?」
「どのみち、殿下でも王子でも、王位に就いたら王妃陛下が摂政を務められるでしょう」
「そう……そうよね……」
「王女殿下、難しく考えなくてもいいんですよ。困ったら、母君に丸投げしてしまえばいいんですから」
「え」
王女殿下が、驚きで目を丸くしている。久しぶりに見る、力の抜けた表情だなあ。
「摂政なんてものは、そういう存在です。自分の手に余ると思ったら、母君や部下に投げてしまえばいいんですよ。その投げる相手を見定める事こそ、王に求められる仕事です」
「そう……なの?」
本当は違うとは思うけれど、何でもかんでも王様一人がやらなきゃいけないなんて法はない。
「大変な事は、皆で分けてしまえばいいんです。その代わり、嬉しい事や楽しい事も分かち合えばいいんですよ」
少なくとも、デュバルはそうしてる……はず。ちゃんと領民には色々と還元してるよー。
元々、領内整備に使ったお金は、私の個人資産だしな!
驚いていた王女殿下に次に湧いた感情は、どうやら笑いだったらしい。
「ふ……ふふ、あははははは」
ひとしきり笑った後、滲んだ涙を指先で拭いながら、王女殿下が宣言した。
「いいわ。覚悟を決めましょう。お母様にも、せいぜい我が国の為に、私と一緒に働いてもらうわ」
「それでよろしいかと。きっと王妃陛下も否やは仰らないでしょう」
国の為、娘の為なら、頑張ってくれるよ、きっと。
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