第731話 侯爵閣下の悪巧み
さすがに「領地を頂戴?」と言っても簡単に「いいよ」とは言えないようで。
「少し、時間をもらえるかしら? 私の独断では、決められないの」
「もちろんですよ。どなたかと話し合われる際には、先程の魔道具の件、出してもらって構いません。数量については、要相談という事で」
「わかりました」
話は無事終わったからいいんだけれど、室内の空気が大変微妙です。
まあ、余所の国の侯爵が、「あんたのとこの伯爵ヤバいブツ栽培してるから、そいつから領地取り上げていいよね?」って言われたら、そりゃ微妙にもなるよな。
ちゃんと管理するのにー。ほったらかしたりしないよ?
姉君様のところから、一人で王城の部屋に戻る。
『主様、付けられています』
マジでー? 王城の中でつけ回す意味って?
『人目のない場所を通りかかるのを待っていますね』
お? 暗殺する気満々?
『先に締めますか?』
いや、折角なので、ここはしっかり「未遂犯」になってもらいましょう。
ギンゼール王城は広いので、途中で迷子になりそうになる。でも、王城の人間を案内に付けたりしたら、わざと遠回りとかしそうでさ。
こちらには優秀なナビがいるから、基本一人で動く。あ、リラには一人で動かず、オケアニスと一緒に行動するように言っておかなきゃ。
ユーインとヴィル様は、何が来ても対処可能な人達だから、放っておいても平気。
『主様、そろそろ人目のない区域にきました』
というか、わざと人を遠ざけてるんじゃない? 犯人が。だってこの通り、いつもなら、人がうじゃうじゃいる場所でしょうが。
『おそらく、暗殺犯の後ろにいる人間が、動いたのでしょう』
依頼主ってか。つまり、その人物は王城の使用人を一時的とはいえ大量に動かす力を持っている……と。
これ、もう素性がバレたも同然じゃね?
ギンゼール王城には、たまに中庭に面した通りがある。今通っているのも、そういう場所。
建物と建物で囲まれた、狭い中庭。多分、建て増した際に出来た場所なんだろうな。
それでも手入れがされていて、柔らかそうな芝生が生い茂っている。
それを眺めていたら、後ろから首元に手が伸びてきた。
「ふぐ……」
私の首に腕を回そうとした暗殺者は、結界に阻まれて倒れたみたい。君が後を付けているとわかった時点で、結界の表面に催眠光線を仕込んでおいたからね。
光線っていうか、触れると眠る……術式? こういうの、何て言うんだろう?
ともかく、見つけた生き証人は、しっかり持って帰らないと。でも、私一人で浮かべて運ぶのもなあ。
『その場でお待ちください。オケアニスを回収役に回します』
よろしくー。
程なくして、オケアニスとリラが来た。
「何事!?」
「ちょっと命を狙われたらしい」
「はあ!?」
いやそんな。私が命を狙われるのなんて、今更じゃないですかやだー。
おどけて言ったら、リラに頭をはたかれた。痛い。
「まったく、ちょっと他の部屋に行った程度で、何ほいほい殺されかけてんのよ!」
「私のせいじゃないよ?」
「いーや! あんたがここに来たせいよ。とはいえ、確かにこんな事を気軽にやる連中のところに、王女殿下を置いておきたくはないけれど」
リラも、大分王女殿下に情が移ったようだ。
あれだね。王女殿下は母君よりも人を惹き付ける才能があるのかも。何となく、「何とかしてあげたい」と思わせるものがあるんだよ。
でないと、いくら関わりがあるからって、ギンゼールまで私が来るとは思えない。自分で言うのも何だが、私は怠け者なのだ。
ちょっと己の行動を省みていたら、リラから声が掛かった。
「それで? これは地下行きにするの?」
「その前に、色々喋ってもらおうかと」
こちらには、自白魔法がある。今更だけど、作っておいてよかったー。
私の返答に、リラが納得している。
「生き証人って訳ね。依頼主に繋がるかしら?」
「繋がらなかったら、強引に繋げるまでだよ」
にっこり笑って言ったのに、何故そんなこの世のものではないものを見るような目で見るのかな?
オケアニスに暗殺者を運ばせ、部屋に戻る。ユーインが驚いていた。
「レラ! 何かあったのか!?」
「ちょっと、暗殺され掛かった」
「は?」
まあ、そうなるよね。ヴィル様も怪訝な顔をしている。
「この国では、他国の侯爵を簡単に殺そうとする奴がいるのか」
「おそらくですが、マフバドス伯爵を私が捕縛したからじゃないですかねえ? 明日は我が身と焦ったとか?」
「……なるほど」
ヴィル様には、ちゃんと伝わったらしい。オーゼリアでも、陛下の側で働いている人だからねー。
ユーインは、その辺りがちょっと弱い。でもいいんだよ。ユーインは剣に生きる人なんだから。
そのユーイン、私のお迎えがリラだった事が、ちょっと気に食わない様子。
「エヴリラ夫人がオケアニスと部屋を出て行ったのは知っていたが、てっきりどこかへ向かっただけかと……」
リラを見ると、肩をすくめていた。
「焦って部屋を飛び出したりしたら、ユーイン様までついてきちゃうでしょ? そうなったら、事が大きくなるかもしれないと思ったから」
何という、先読み。いや、ユーインの性格を正しく把握しているからか。
「ところで、何故オケアニスだけを呼んだのに、リラまで来たの?」
「さっきの事に関わるけれど、あんたが何かに巻き込まれた場合、力ずくで解決しようとするだろうから、それを止める為よ」
酷くね? 大体、出来るんだから力ずくで解決してもいーじゃんねー?
それを言ったら、リラの目が眇められた。
「あんた、それ、オーゼリアの王宮でも言える?」
「ええと、それは……」
やった日には、シーラ様を初めて怖ーい方々からの、圧の強い笑顔でお説教を食らう気がする……
結論。
「オーゼリアでは出来ません」
「それが正解。そして、余所の王宮でもやるなって言ってんの」
うぬう。
「でも、それだと襲撃された時に反撃出来ないじゃない」
「反撃する必要はないでしょ? こうして捕縛すればいいんだから。あんたには、それを可能にする術式があるでしょうが」
催眠光線ですね。確かにあれは便利だ。今回暗殺者を捕縛したのも、それだし。
ニエールを寝かしつける為に、開発した術式なのにねー。
暗殺者の尋問は、カストルが請け負ってくれた。
「尋問の様子は、全て録画録音しておきます」
「よろしくー」
気軽なものだ。後で暗殺者の尋問風景を関係各位に見せるのは確定だけれど、他でもユムツガン伯爵とやらを揺さぶっておいた方がいいかなあ。
これ以上もどんどこ暗殺者を送られたら、面倒だし。余波が姉君様や王女殿下に行かないか、そっちも心配。
王城で用意された部屋でのお茶の時間。四人でテーブルを囲みつつ、懸念材料を口にした。
「王女殿下、姉君様と和解できたのかなあ?」
「その様子は見られないわね。大体、ギンゼールに戻ってからそんなに経ってないでしょ」
それもそうか。盛大な親子喧嘩だけれど、こればっかりはな。
血の繋がった実の親子ですら、わかり合えないものだというのは、わかっている。うちもそうだし。
兄と和解……というか、普通の仲になっただけでも、大したもんだ。
「ギンゼール、どうなるんだろうねえ?」
「それは、国王陛下達が決める事だわ。あんたは首を突っ込むんじゃないわよ?」
リラの意見に、待ったを掛けた人物がいる。ヴィル様だ。
「いや、ここまで来たら、内政干渉と言われようと、口を出した方がいい」
珍しい。こういった事には厳しい方なのに。
自分の意見を否定されたようなものだからか、リラがちょっと悔しそう。でも、反論はしないんだね。
もうちょっと、言いたい事を言い合える仲になるといいんだけどなあ。
それはともかく。
「ルパル三世は、健康上の理由から、近く退位するかもしれません」
口を出せと言うのなら、私の意見は言っておこう。私の発言に、ヴィル様が眉間に皺を寄せる。
「確かな情報か?」
「そうではありませんが……診察し、治療したが故の意見です。どうも、記憶の一部が欠落しているようで」
「記憶……致命的だな」
ヴィル様の言う通りだと思う。これは今回初めて言う内容なので、ユーインもリラも驚いた様子だ。
「……現国王が退位するとなると、次の王は赤ん坊の王子で、王妃が摂政か?」
まあ、普通はそう思うよね。でも、私の意見は違う。
「王女殿下を女王に立て、王妃陛下が摂政となるべきかと」
つまり、元通りの姿にした方がいいと思うんだ。
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