第730話 取引といきましょうか
毒関連防止の魔道具、自分で作ってもいいんだけれど、ここは手慣れた連中に頼もう。
「という訳で、毒探知と解毒作用が入った魔道具作って送って」
『それはいいけれど、毒はどれに対応するもの?』
通信機の向こうで、ニエールが首を傾げている。そっか、解毒となると、対応する毒の種類の指定が必要なんだったわ。
今から探すか? と思っていたら、うちの有能執事が既にサンプルを採取していたらしい。
「主様、こちらをどうぞ」
「ありがとう、カストル。ニエール、そっちに毒のサンプルを送るから、それに対応出来るのを作って」
『了解ー』
これでよしと。
とりあえず、ルパル三世と姉君様、それに王女殿下の毒殺を防げばいいかな。あ、王子殿下もか。
さすがに赤子にまで毒を盛るとは思いたくないけれど、権力に目がくらんだ連中なんて、何を仕出かすかわからないからね。
「こんなところかねえ?」
「一応、ファベカー侯爵周囲にも、用意した方がいいと思うわ」
王宮に借りてる一室で、リラ、ユーイン、ヴィル様、私の四人で情報の共有中。
リラからは、ファベカー侯爵……つまり、真実王家を支えようとしている貴族家にも配った方がいいという意見が出た。
「ファベカー侯爵は先の内乱の際も、王宮に残った人よね? なら、毒殺の危険もあるんじゃないかしら」
「そっか。じゃあ、そっちもだね」
ちなみに、私達の分がないのは、必要がないから。
私達が口にするものは、全てデュバルからの直送だし、何よりこちらには有能執事カストルがいる。
歩く毒探知機の彼がいれば、口に入れる前にわかるというもの。
とりあえず、ギンゼール王宮は毒だらけなので、まずはその供給源を断っておこうか。
カストルがドローンを駆使して探したところ、毒の供給源は割と簡単に絞り込めた。
王宮の部屋で、四人揃った居間で報告を聞く。
「ダーウィカンマーという伯爵の領地で、生産されていますね。毒もそこで精製されているようです」
毒の一大産地ってか。
「その伯爵は、毒の供給だけをしているのか?」
ヴィル様からの質問に、カストルが答える。
「売り込みは掛けていますが、ものがものですので、秘密裏に行われていますね。政治の面には切り込んでいないようです」
毒を売る商売だけって事か。王宮での権利は追求しないのね。貴族というか、商売人?
扱うのが毒だけってのがあれだけど。
「毒の生産地を叩くのが、近道か?」
ヴィル様の言葉に頷こうとしたら、カストルから待ったが掛かった。
「お待ちください。あの毒草には薬効成分も含まれています。王族に盛られた二種類の毒を作り出す植物には、それぞれ鎮痛、解熱、滋養強壮などの効果が見込まれ、一種類に関しては眼病への特効薬になります」
え、マジで?
カストル曰く、ダーウィカンマー伯爵の領地で栽培されているテファス、トパリタという二種類の植物は、このまま領主を取り替えて栽培した方がいいという。
「毒も作れますが、薬にもなる植物です。特にデュバルでは薬草栽培はしておりませんから、ここを供給源にするのが得策かと」
「え? うち?」
「国王王妃両陛下をお救いしたのですから、報酬としてねだってもいいのではありませんか?」
カストルの言葉が、甘く聞こえる。
でもなー。うちの場合、大抵の事は医療特化のネレイデスが治療するから。薬、いらないんじゃない?
私の意見に、一番反対したのはリラだった。
「何言ってるの! これからは、薬も研究していくべきだわ。うちにはカストルという使える人材……が、いるんだから、新薬開発にもっと力を入れていくべきよ!」
人材のところで、ちょっと詰まったね。カストル、人間じゃないから。
それはともかく、そんなに薬、必要?
首を傾げる私に、リラが盛大に溜息を吐いた。
「本領はいいでしょうよ。でも、デュバルには多くの飛び地があるの、忘れてないわよね?」
「う、うん」
「これからも増えるでしょうし、その度に医療用ネレイデスを増やしていくの? あの子達、あんたが死んだ後どうなると思うの?」
え……
「エヴリラ夫人、言い過ぎでは?」
「いいえ、ユーイン様。避けては通れない話題ですよ。今はいいんです。この人も私もいますから。でも、この人の子に、カストル達が従わなかったら? 子供や孫までは何とかなっても、遠い未来の子孫に、ろくでなしが生まれたら? 物理的に、治療出来る方法も残しておきたいって、思いませんか? 誰もが手を出せる薬は、必要だと思います」
さすがのユーインも、何も返せないらしい。いや、確かに縁起でもないと言いたいところだけれど、カストル達の存在を考えた時、子孫の事も今から考えておかないといけないのか……
まだ、子供すら生んでないけど。
それまで黙っていたカストルが、口を開く。
「エヴリラ様、私共の事をお考えいただき、感謝いたします。私も、薬はこの先必要と考えておりますので、お考えに賛成させていただきます」
そういや、元々カストルが言い出した事だっけ。
「主様、治療魔法は確かに便利です。ですが、魔力的なコストや、この先の領地運営などを考えますと、やはり庶民が手に取りやすい薬は、必要になると思います」
「別に、薬は絶対いらないとは言っていないんだけど」
そうなのだよ。反対はしていないのだよ。まあ、いらないんじゃね? くらいは考えたし、言ったけど。
私の言葉を聞いて、真っ先に声を上げたのは、またしてもリラだ。
「じゃあ、デュバルに製薬部門を立ち上げるわね! 研究と開発は大事だもの! 販売に関してはロエナ商会があるから問題ないでしょう。その為にも、小売店の数を増やしてもらわないとね! ああ、忙しくなるわ」
え、待って。まだそこまで言ってないんだけど。でも、エンジンが掛かったリラを止められる人、ここにいない……
「ヴィル様、止めなくていいんですか?」
「何故私が? デュバルの事だろう? 他家の人間が口を出す事ではない」
くう! 正論! そうなんだけど、そうじゃないっていうか!
悔しくて歯ぎしりしていたら、ユーインが肩をぽんと叩いてきた。
「レラ、諦めた方がいい」
うええええええん。だって、あの忙しさ、そのうち私に返ってくるんだもん!!
とはいえ、毒と薬になる植物栽培をしている領地……もう領地ごとおねだりしてしまえというリラとカストルの入れ知恵により、まずは姉君様に話を通す事になった。
「お元気になられたようで、安心しました」
「これも、デュバル侯爵のおかげですね。あなたには、何度も助けられるわ」
今回に関しては、私もやる気満々で来てますからねー。
「国王陛下の容態は、どうですか?」
「お元気になられたのだけれど、覚えている事と覚えていない事があって……」
記憶障害ってやつかな? まあ、一度脳が萎縮してるから、その時に記憶細胞が壊れたのかも。
さすがにその辺りは、私には治せないし。
ちょっと沈鬱な思いで俯いていると、姉君様が話題を変えてくれた。
「それで? 今日はどうしたのかしら?」
「……お二人に盛られた薬の出所が、わかりました」
「え?」
姉君様だけでなく、室内の侍女達の空気もピリっとする。
「もしや、以前聞いた商会かしら?」
「いえ、あそこは既に壊滅して、地上のどこにもありません」
「え」
あれ? どうしてそこで驚くのかなあ? あんな危ない連中、その辺りにのさばらせておく訳、ないのに。
『彼等は厳重管理の下、地下空間での工事に従事しています』
その後の報告、ありがとうカストル。それにしても、うちってそんなに地下工事現場、多いんだ……
『今はイエルカ大陸の帝国の治下を掘ってますよ』
おおう。デワドラ大陸から、遙か遠くの地に飛ばされていたのね。まあ、やった事を考えたら、それでも恩情措置か。
おっと、今は目の前の事に集中しないと。
「薬の出所は、ギンゼール国内でした」
私の発言で、またしても室内の空気が固まる。
「それは、どこかしら?」
「ダーウィカンマー伯爵領ですね」
「ダーウィカンマー……あのコウモリ」
コウモリ?
『ダーウィカンマー伯爵は、先日捕縛したマフバドス伯爵と、彼と敵対関係にあるユムツガン伯爵との間を行ったり来たりしている人物です』
つまり、どっち着かずのコウモリ……と。こっちでも、その言い方を使うんだね。
『おそらく、前の主とそのご友人が広めたものかと』
うちのご先祖様とおsのお友達が原因でしたー。
内心ショックを受けていると、姉君様の目がぎらりと輝いた……気がした。
「それで、ダーウィカンマー伯爵を捕縛すると?」
「それもあるんですが、伯爵領をもらいたいと思いまして」
「え?」
「率直に言いますと、おねだりしに来ました」
姉君様と、侍女達の目が驚きで丸くなってるー。ふふふ、でも、まだまだだよ。
「その代わりと言ってはなんですが、毒検知と解毒作用のある魔道具を、王族の方々の分ご用意いたしますよ」
おっと、今度は全員の目がぎらりと光った。まあ、欲しいよねー。
あちらは魔道具が欲しい。私は毒にも薬にもなる植物を栽培している土地が欲しい。
これは、お互いに利益のある取引だと思うんだけどー。どうかな?
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