第729話 毒だらけ
さすがに伯爵家当主をすぐに地下へ連行するのは躊躇われたので、一応華族に連絡しておこうと思い、まずは姉君様の元へ。
弱毒とはいえ発熱していたので、解熱後すぐ面会はどうかと思ったんだけど、王城内でこうした事を聞けるのって、姉君様だけなのよねえ。
その辺りも、おかしいと思うわ、この城。
オケアニスに先触れに行ってもらったら、何やら歓待されたらしい。
「ぜひいらしてくださいと、言伝されました」
「そ、そう」
初日とは、偉い差だな。まあ、彼女達にとっての主を救ったのだから、当然と言えば当然かも?
アポは取れたので、翌日姉君様の元を訪れた。
「早速掃除を始めたそうね」
部屋に招き入れられて、第一声がこれ。姉君様、まだちょっと顔色が悪いのに。化粧で誤魔化してますね?
カストル、医療特化のネレイデスをこちらによこして。
『承知いたしました。王妃の分だけですか?』
場合によっては、国王の分もだね。
『では、四、五人見繕って呼び寄せましょう』
よろしく。
さて、念話で色々指示を出しているのを悟られないよう、表向きは軽く返そうか。
「お耳の早い事で」
「当然ですよ。これでも、二十年以上この国で王妃をしているのですから」
なるほど、姉君様独自の情報ネットワークはあるって事か。ただし、それらは実働部隊にはなり得ない……と。
噂話は囁くけれど、それ以上は動かないよって感じかな。あと、相手の弱点までは探ってくれない。使い勝手がいいんだか悪いんだか。
この人相手に、遠回しな言い方はしなくてもいいよね?
「掃除したマフバドス伯爵なのですが、こちらで引き取ってもいいですか?」
「え?」
姉君様が驚いている。そっか、地下工事現場の事は、教えてなかったっけ。ま、いっか。
「被害を被ったのは私なので、私が処罰したいと思います」
室内の空気がちょっと重くなる。ギンゼール国外に出してから処刑するって、聞こえたかな?
別に殺しはしないよ? 大事な労働力だから。でも、場所によっては長持ちしないかもー。
私の発言に、姉君様は少しだけ考えて、頷いた。
「そう……確か、マフバドス伯爵には子供が三人いたはず。嫡男である長男は父親似だけれど、次男と長女は母親の影響下にあって、優秀と聞いています」
ほほう。
「なら、長男も連座という形でもらっていきましょう。家の跡継ぎは、次男に任せるという事で」
「伯爵の妻と娘は放置ですか?」
意外な質問が、姉君様から来た。
「夫と同じ考えの持ち主ならもらっていきますけれど、そうでないのならいいんじゃありませんか? だって、あまり入れ物をなくしすぎると、大枠が崩れてしまいかねませんし」
あまり貴族家を減らすと、国そのものが立ちゆかなくなるかもよ? だったら、厄介な当主と、同じ考えを持っている家族は排除して、そうでない家族もしくは親族に跡を継がせて存続させる方がよくね?
そんな思いを込めて伝えてみたら、見事伝わったらしい。
「……侯爵には、色々と感謝しなくてはいけませんね」
「では、感謝の印に再び国王陛下を診てもよろしいですか?」
今回の発言には、さすがに室内が一瞬ざわっとした。侍女達の視線が厳しい。
君達、君達の主を助けたの、私よ? 君達の主の夫も、私なら救えると思わない?
それとも、ガルノバン的にはもうルパル三世には見切りを付けていて、生まれた王子を幼年王とし、姉君様を摂政に据えるつもりかな?
……アンドン陛下は選ばないだろうなあ、その選択肢。
一触即発状態の侍女達を、姉君様は手のひらだけで制した。
「陛下の事は、私も気になっています。治療出来るものなら、してほしいわ」
「……ちなみにですけれど、以前お渡しした毒検知の魔道具、どうなりました?」
あれ、使用期限か回数制限を付けておいたけれど、使ったのかな。
姉君様、今日一番の笑顔で答えてくれました。
「とっくの昔に使えなくなりましたよ」
言ってくれれば、定価でお譲りしましたのにー。
毒検知の魔道具がない以上、現在のルパル三世の状況も毒によるものの可能性が高い。
診察には、姉君様と一緒に向かう。
国王ルバル三世は、姉君様がデュバルに来る前から、体調不良に悩まされていたそうだ。
「医者には診せたんですよね?」
「ええ。でも、以前受けた毒の影響だろうとしか」
それはない。一度、完全に治したもの。って事は?
『王城の侍医も、敵である可能性が高いですね』
だよねー。もうね、本当にギンゼールってどうなってるの? 問題ばっか出て来て。
『それでも、これまでは何とかやれていたのでしょう。付き合う国も、ガルノバンだけだったようですし』
トリヨンサークとは、戦争ばっかだったっていうしねえ。
あれか? 付き合う国が増えたから、国の駄目なところが浮き彫りになったってやつ?
『おそらくは』
なるほどなあ。
見覚えのある国王の私室へ向かうと、やはり扉脇に近衛達の姿が。
「見舞いに来ました。開けなさい」
だが、近衛達は手に持つ槍を扉の前で交差して、入室を阻む。
「何の真似なの?」
「陛下はお休みの最中です。お引き取りを」
おいおいおい。妻が夫の見舞いに来たのに、赤の他人が門前払いをするとか、やっちゃ駄目でしょ。
「……実力行使しても、いいですか?」
「お願い」
姉君様に聞いたら、即答。こういう所は、好きなんだけどなあ。
近衛は催眠光線で眠らせましたー。三日くらい、そこで寝転けているといいよ。
扉は自力で開けて中に入ると、医者らしき者の姿がある。
「な……王妃陛下。一体どうやってここへ?」
いや、扉を開けて入ってきたに決まってるでしょうが。というか、その手にしている注射器、中身は何かな?
『医者の手にあるのは、毒です』
またかー。ついでに、医者にも催眠光線を。どうでもいいけれど、この世界にも注射器、あったんだね。
『ベクルーザ商会の置き土産です』
マジか!?
姉君様は、医者が無言で倒れたのを不審にも思わず、寝台脇に駆け寄る。
あー……前の時に綺麗に治したのにー。また頬がこけてきちゃってるよー。
とりあえず、毒成分を全て取り除き、体を治す。内臓……は特に問題ないか。じゃあ……頭の方が大変でしたー。
『大分萎縮しているようです』
毒でこんなになるんだ……萎縮を遅らせる薬なら、前世で聞いた事があるけれど、萎縮させる薬とは。
ともかく、そちらも治していく。魔法って、本当に便利。
あとは……
「王妃陛下、この侍医は、いつから王城に?」
「陛下が子供の頃からと聞いていますが……まさか、彼まで……」
金か名誉か脅されたか。いずれにせよ、一国の王に毒を盛ったんだから、極刑は免れない。
それにしても、ギンゼールって本当に毒を使う連中が多いね。
北の国ギンゼール。この国の毒殺の歴史は古く、記録に残っているだけでも、建国当時から使われていたそうだ。
「というのも、鉱山が多く、鉱毒の被害も多かったようです」
部屋に戻り、全員に情報共有した後、カストルが説明を始めた。
「更に、こちらの風土でしか育たない毒草が多く、それらを使った毒殺が昔から多かったようですね」
「毒殺天国……」
「ちょっと」
思わず呟いたら、リラに窘められた。でも、言いたくもなるよね。
「ルパル三世が、再び毒の被害に遭ったという訳か。こうなると、以前渡した魔道具の制限を取っ払っておくべきだったな」
「まさか、こんな毒殺だらけの国だったとは、あの時は知りませんでしたし」
ヴィル様の言葉に、頷いて返す。あの時は、魔道具を悪用される方が困ると思ったんだよ。
それに、ギンゼールとの繋がりがここまで大きくなるとも思わなかったしなー。
正直言えば、王女殿下が逃げ出してこなければ、今回ギンゼールに来る事はなかったと思う。
でも、その結果この国が荒れて、私がもらった鉱山や、うちが敷設している鉄道を荒らされたりした日には目も当てられない。
このタイミングで大掃除をする事になったのは、よかったんだよ、多分。
「とりあえず、毒探知と解毒作用を入れた魔道具を用意した方がいいでしょう」
「そうだな」
私の提案に、ヴィル様も頷く。
大掃除は始まったばかりだけれど、掃除に集中する為にも、これ以上の毒殺は防がないと。
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