第728話 既定路線

 王女殿下に先導されるまま、姉君様の寝台脇までいく。カストル、毒の種類はわかる?


『まだ何とも。主様、触れて体内を探ってみてもらえますか? その結果から、見えてくるものもあると思います』


 了解。そっと腕に触れて、色々な情報を読み取る。熱が高いな。脳にダメージがいかないよう、保護しておこうか。


 内臓の方は、後で治そう。生きてさえいれば、何とかなる。


 その他、読み取れるだけの情報を読み取った。


『出ました。ギンゼールにのみ育つ、ある植物の根から作られた毒です』


 対処法は?


『体内に毒の成分が残っているかと思いますので、まずはそれを除去してください。更に、肝臓の機能を増加させてください。それで治るでしょう』


 意外と簡単? 臓器を復元しろとか、腕を生やせとか言われるよりは楽だなあ。


 カストルから言われた通り、毒を除去して肝臓を強化する。あ、熱は取っても大丈夫?


『毒の成分を取り除けば、熱も下がると思いますが、強制的に解熱させても、問題ないと思います』


 発熱してると、体力を消耗するからね。


 一通りの処置が終わると、姉君様の顔色がよくなり、呼吸も安定してきた。その様子に、侍女達がほっとしている。


 そんな侍女達を見る王女殿下の目が冷ややかだ。もしかしなくても、ガルノバン出身の侍女達ですら、王女殿下を蔑ろにしていたって事?


「もう大丈夫でしょう。じきに、目を覚ますと思います」

「心より、感謝申し上げます」


 侍女一同、深々と頭を下げられちゃった。悪い人達ではないんだろうなあ。




 姉君様の部屋から、王女殿下と一緒に出る。何か言いたげな侍女達の様子が気になったけれど、それは後回しで。


 カストル、これ以上姉君様に毒が盛られないように注意しておいて。


『承知いたしました』


 これで、再発防止は出来たでしょ。何人も、うちの有能執事の目をかいくぐる事は出来ない。


 王宮の廊下を通る。相変わらず、周囲からは胡散臭いものを見るような目で見られているな。


 そういえば、前回の内乱時、城の中の使用人は、最下層の下働きの者達だけになってたんだっけ。そりゃあの頃の人達を見かけない訳だ。


 態度の悪い連中を見ていたら、隣を歩く王女殿下から礼を言われた。


「侯爵、ありがとう」

「どういたしまして」


 ……無言。でも、王女殿下の表情をチラ見したら、何かを考え込んでいる様子。これはこのままにしておいた方がよさそう。


 何となくそのまま、私達が滞在している客間まで、王女殿下がついてきた。


 このまま、部屋まで来るのかな。


「侯爵、お話しがあるの」

「……わかりました」


 突っぱねる理由もないので、滞在している部屋へ通す。といっても、この王宮、本来は王女殿下の「家」だけどね。


 とりあえず、ユーイン達には別の部屋に行ってもらうよう、伝えておいて。


『承知いたしました』


 こういう時は、有能執事の存在がありがたい。




 私達に用意された部屋に入り、周囲を見回して王女殿下が呟く。


「王城の使用人は、使っていないのね」

「まあ、そうですね」

「そう……やっぱり、そうよね……」


 周囲をオケアニスで固めている理由は、王女殿下にも伝わったらしい。でも、それを口にする訳にもいかないのよねー。


 だって、ここの使用人達、信用出来ないからさー。それを王族である王女殿下の前に言う訳にいかないよねって話。


 でも、王女殿下の方は違ったようだ。


「あの……図々しいお願いかもしれないけれど、私にも彼女達を貸してもらえないかしら?」

「……オケアニスを、ですか?」

「ええ。対価は……あまり払えないと思うけれど」


 まあ、貸し出すとなったら料金はいただきますが。でも、一国の王女殿下が支払えない程の高額じゃないよ?


「さすがに無料で貸し出す事はありませんが、王女殿下が支払えない額ではないかと思うのですけれど」

「でも、私が自由に出来るお金は、ないし……」


 おや? 王女用の予算って、ないの?


『調べますか?』


 調べられるんだ!? まあ、カストルだしな。一応、調べておいて。予算があるのに、誰かが着服してるとか、ここだと普通にありそうだし。


『承知いたしました』

「王女殿下には、後払いで貸しますよ」

「ありがとう!」


 対価なしで貸せ、と言わない辺りが、王女殿下のいいところ。一緒にカイルナ大陸に行ったのが、功を奏したかもね。


 オケアニスが淹れてくれたお茶を前に、王女殿下はまたしても何かを考え込んでいる。


 使っている茶器は、デュバル産のもの。鉄道が開通してからは、オーゼリアからも多くの品がギンゼールに入ってるらしい。


 その茶器が、かちりと音を立てる。王女殿下がソーサーにカップを置いたかすかな音だ。


「お母様は、やっぱり毒を盛られたの?」

「毒、とわかっていたのですか?」

「いきなり熱を出して倒れられるのだもの。オーゼリアなら魔法を疑うけれど、ギンゼールなら毒薬を疑うわ」


 冷めた笑いを浮かべる王女殿下。あの姉君様の娘だけあって、頭いいんだよね、この子。いや、もう「子」って年齢でもないんだけど。


「毒を盛った相手に、心当たりはありますか?」

「いくつかあるわ。帰国した日にお父様と話していたマフバドス伯爵もその一人よ」


 あのメタボなおっさんか。姉君様を暗殺したい動機は、やはりルバル三世を操りたいからかな。


 にしても、あのおっさんが「その一人」って事は、他にも候補がいるという事かー。本当、大変だなギンゼール。


「王女殿下、他の心当たりを聞いてもいいですか?」

「ええ。その為に侯爵のところに来たのだもの」


 もう本当、姉君様は王女殿下のこういうところを、もっと見ておくべきなんじゃないかなあ。




 王女殿下から情報提供を受けた内容として、姉君様を排除したい一番の勢力は二つ。


 一つはギンゼールに来た際、ルパル三世と話していたメタボおっさんマフバドス伯爵率いる一団。


 こいつは内乱の際、真っ先に王都から逃げ出したクズだ。そして内乱が終結したのを受けて、真っ先に戻ってきたクズでもある。


 で、もう一つがユムツガン伯爵率いる一団。ただ、マフバドスに比べると、ちょっと勢力としては弱いらしい。


 その分、姉君様を蹴落としたい思いは強いそうだ。


 今、ギンゼールの王城はこの二つの派閥に分かれている。権力闘争に興味がない地方貴族は、そもそも王都にいないんだとか。


 そして、王都にいない地方貴族の中で一番の力を誇るのがベデービヒ侯爵。


 この人はルパル三世と折り合いが悪く、長らく王城から遠ざかっている人なんだとか。


 ただ、マフバドス、ユムツガン両陣営に入りたくない人が駆け込む先となっているようで、結果一大派閥となっている皮肉。


 このベデービヒ陣営では、侯爵を新たな王に据えるという話が持ち上がっているんだとか。


 地方の一派閥の情報が、そんな簡単に王城に入ってくるものかねえ? ちょっと恣意的なものを感じるよ。


 では、誰の恣意なのか。




「話に聞く限りだと、マフバドスかユムツガンのどちらか……かしら」


 王女殿下を自室に戻した後、リラ達と情報共有。ちなみに、戻すついでにオケアニスを三人程同行させた。


 相変わらず王女殿下の周囲はろくでもない連中で固められているようで、満足な生活が出来ないらしい。


 毒殺の危険もあるから、オケアニスにはうちと同じようにデュバルからの茶葉や水、料理を出すよう指示してある。


 これに密かに喜んでいたのが王女殿下。一緒に行動するうちに、すっかり下が肥えてしまったみたい。


 それはともかく、リラの言うとおり、普通に考えれば二派閥どちらかが黒幕だろう。


 おそらく、王位簒奪を目論んでいるとこじつけて、ベデービヒ侯爵とその一派を殲滅したいんだ。


 何の為に? 権力を握る為に。


「何だか本当にもう、どこの国も似たような事ばかりしおって」


 いい加減、足るを知れと言いたい。貴族家当主なら、王位に色気を出さず、己の領地を栄えさせる事にこそ注力しろよ。本当にもう。


 私の怒りを受けて、リラがぽつりとこぼす。


「世の中の権力者が、上昇志向なく保守的な考えだけになったら、平和かもしれないけれど、進歩はなくなるかもね」


 嫌な言葉だなあ。


「それはともかく、今回の大掃除の相手はマフバドスとユムツガン、その周囲の連中でいいの?」

「……もうちょっと、情報が欲しいな」


 リラと私の会話に、ユーイン達は口を差し挟まない。これがオーゼリア国内の事ならさすがに苦言を呈する事もあるけれど、ギンゼールはあくまで余所の国だからね。


 二人の役目は、私のストッパーだろう。レオール陛下、私の事を信用していないな? その辺り、帰国したらグチグチ言っておこうっと。




 姉君様の容態は、その日の夜には回復したらしい。毒で熱を上げていたとはいえ、やはり移動距離による疲労はあったんだと思う。


 ただ、これに文句を言ってきた奴がいた。


「我が国の王妃陛下に対し、何という事を!」


 マフバドス伯爵だ。朝食を食べ終わり、さて今日は何をしようかとリラと話しているところに、使いの者がやってきた。国王が呼んでいるという。


 場所は謁見の間。随分と、公の場に呼び出すんだね。


 姉君様の事か? と思い支度をして来てみたら、これ。ちなみに、呼び出されたのは私だけ。なので、一人で行くしかない。


 リラが心配そうにしていたけれど、安心して。さすがに今の王城でいきなり暴れたりはしないから。


 そう、思っていたのに。


 メタボおっさんは、玉座に座るルパル三世の前で、ギャンギャンと私を責め立てる。


 何この茶番。


『王妃を弱らせる予定が、失敗に終わった事が悔しいようです。昨日主様が王妃の元へ治療に向かった件は、王妃の部屋を監視させていた使用人から聞いています』


 実際に部屋の中で何が起こったかはわからなくても、私が部屋に入り、姉君様の容態がよくなったとわかれば、原因は私と思い至るって訳か。


「異国人風情が! この責任をどうとるつもりだ!」


 ああ? 今、何て言った?


「ひいい!」


 何故か、メタボおっさんが怯えて腰を抜かしている。あれ? よく見たら、近衛達も膝付いてるよ?


『主様、魔力が漏れ出ていますよ。抑えてください。主様の魔力量では、相手への威圧になります』


 どうやら、無意識のうちに魔力で相手を圧倒していたらしい。昔、騎獣の選択授業で初めてゴン助と顔を合わせた時のようなものか。


「今のその者の言葉、国王陛下も同じお考えでらっしゃいますか?」

「いや? マフバドス伯爵が何やら言っていたので、呼んだだけだ」

「な!?」


 おおっと、虎の威を借ろうとした狐が、その虎から「おら知らね」って言われちゃったよ?


「では、こちらのマフバドス伯爵の個人的な意見という事で、よろしいか?」

「いいんじゃないかな?」

「へ、陛下!?」


 あれ、これ、ちょっと楽しくなってきちゃったぞ。


「では、マフバドス伯爵とやら、まず、私の爵位は侯爵。あなたより上の爵位だと、ご存知よね?」

「そ、そそそそそれは」

「はっきり仰い!」

「ご、ご存知ですううううう!」


 自分でご存知ですって。相当焦っているな。この程度でオタオタするくらいなら、最初から攻撃してくるなっての。


 でも、手は緩めないよー。


「自分よりも上の爵位、しかも国同士が手を取り合ってうまくやっていこうとしている相手国の、侯爵家当主に、あのような無礼な態度を取っていたと。国王陛下、これは国同士の問題という事で、よろしいですか?」

「国同士は、困る」

「では、私とこちらの伯爵の間のごく個人的な問題という事では?」

「それなら」

「へ、陛下ああああああああ!?」


 うるさいなあ、もう。遮音結界を張って、逃げられないようにしちゃえ。


「このような小物でも、のさばらせておくと後々よくない事が起こるでしょう。王妃陛下とご相談の上、しかるべき処罰を与えたいと思います」

「うむ。よきにはからえ」


 よし、これで国王の許可もゲット。


 遮音結界の中で泣き叫んでいるらしきメタボおっさん、奴はこのまま地下工事現場へご招待でいいかな?


『では、手続きはこちらで行っておきます』


 心なしか、カストルの声が嬉しそうなんですけど。まあ、あんまり考えない方がいいか。




 謁見の間から、滞在している部屋へと戻る。廊下にいる使用人の視線が、ちょっと変わったかな?


 ただ、「あれ? 何でまだここにいるの?」って感じだから、いい方にではない。


 つか、王城の使用人、全部あのメタボおっさんに繋がってる!?


『全部ではありませんが、かなりの数が手の者になっていますね』


 おのれメタボ。その腹のぜい肉が全て筋肉に変わるまで、地下工事現場で汗水垂らして働くがよい!


 部屋に戻ったら、リラが出迎えてくれた。


「色々と無事!?」

「見た通り、無事だよ」

「あんたが無事なのはわかりきってるわよ! 無事かどうかは相手の方!」


 リラ、酷くね?


 とりあえず、謁見の間で起こった事を、三人に話した。


「そのマフバドス伯爵って、馬鹿なの?」


 リラの感想はこれ。まあ、そう思うよねえ。


「そのマフバドスとかいう男、内乱の時は王都にいなかったのだろう? レラの暴れっぷりを知らないんじゃないか?」


 ヴィル様、暴れっぷりって。暴れてはいませんよ。相手は全て催眠光線で眠らせたんですから。


「レラ、たとえ小物からのものでも、叱責されれば嫌な思いをする。何か、気分転換をした方がいい」


 ユーインは優しいなあ。他二人とのこの差よ。


「ともかく、マフバドスは家ごと潰すか、当主交替のみにするかは、姉君様やファベカー侯爵と話し合ってからかな」

「でも、当人は地下行きなんでしょ?」

「もちろん」


 容赦するつもりは、微塵もない。

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