第726話 やった人が戻します

 ギンゼールの忠臣というと、ルパル三世の側でずっと看病をしていたフーブセカ夫人と、ずっと側で支え続けたファベカー侯爵。


 ……他、いたっけ? ああ、フーブセカ夫人の夫と二人の息子も味方か。あと、ファベカー侯爵の従姉妹の息子。


 彼の場合、父親が内乱の黒幕だったという複雑な背景があるけれど。今は家名を変えて、ファベカー侯爵の下にいるはず。


 あれ? それだけ?


 王宮の廊下を、姉君様の後ろについて歩きながら、ちょっと背筋が寒くなった。


 これ、大掃除やったら、ギンゼールが潰れるんじゃね?




 王宮内を訝しみの目で見られながら進んで、大きな扉の前に到着した。ん? ここ、見覚えがあるな。


「これは、王妃陛下。お戻りでしたか」


 扉の脇を護る兵士……ジャケット着用だから、近衛かな? が声を掛けてきた。


「陛下にお話しがあります。通しなさい」

「陛下は現在、マフバドス伯爵とご会談中です。終わるまで、誰も入れるなとの命を受けており――」

「開けなさい」


 おや? 近衛くん、姉君様の命令に無言で抗ってますよ? いけないなあ。


 あと、いつまでもこんなところで時間を食ってる場合じゃないのだよ。


「王妃陛下、扉を吹っ飛ばしても構いませんか? あ、後でちゃんと修繕しますよ?」

「お願い出来るかしら?」

「な!」


 私の申し出に驚いたのは近衛くんで、姉君様は即答だ。まあ、私の性格は前回のあれこれでもう把握済みなんだろうなー。


「では」


 扉の蝶番をピンポイントで破壊し、取っ手もノッチ部分を破壊。壊す部分は最小限にして、扉を吹っ飛ばす。


 いい感じに室内に向かったので、扉の向こう側にいたルパル三世と腹の出たおっさんが驚いている。ついでに、扉脇にいた近衛くんも驚いているようだ。


 君らがちゃっちゃと通さないから悪いんだよ。


「な、なななな何なんだ!? 何が起こった!? え、衛兵! 衛兵!!」

「これは……ん? フェルーアかい? お帰り」


 慌てふためくおっさんと、相変わらずのほほんとしたルパル三世。いやあんた、自分の奥さんが帰ってくる日付すら把握してないんかい。


「ただいま帰国致しました、陛下。取り急ぎ、許可を頂きたい事がありましたが、近衛に止められましたので実力行使をさせていただきました」

「許可? 何の?」

「それについては……」


 姉君様は、ルパル三世の隣でブルブル震えているおっさんをちらりと見た。人払いをしろって意味だねー。


「ふむ。伯爵がいては、駄目かい?」


 あ、姉君様の青筋が立った気配がした。てか、ルパル三世って、こんなバ……緩い人だったっけ?


 まさかと思うけど、ベクルーザ商会の薬を隠し持っていた奴が、ヤバい薬を盛ったとか、ないよね?


『薬の反応はないようです』


 よかった。……いや、よくないか。じゃああれ、素って事?


『おそらく』


 姉君様、苦労したんだな……


「ルパル三世陛下、ご無沙汰致しております。急な訪問、お許しいただきたく」


 これ以上姉君様を矢面に立たせるの、よくないかもと思っていたら、ヴィル様が前に出てくれた。


「ん? おお! 卿らは、いつぞやの。その節は、世話になった」


 ほう? そこは覚えていたんだ。


「込み入った話がありますので、人払いを」

「むう。そうか。マフバドス伯爵、そういう事だ。続きはまた後で」

「ですが陛下」


 おっさん、引っ張るなあ。もう一回、実力行使しようか?

 と思ったら、ルパル三世はもうおっさんの事は眼中にないらしい。


「ああ、扉はこのままでいいのかな?」

「ぐ」

「扉はすぐに直しますよ。レラ、頼めるか?」

「お任せを」


 まあ、壊したのは私だからね。




 直すの前提で壊したので、修繕は簡単だった。蝶番もノッチも、壊したというか、形状を変えただけなので、元に戻しておく。


 ついでに、遮音結界を張るのも忘れない。だって、扉の外で近衛と一緒にさっきのおっさんが聞き耳立ててるから。


 結界に気付いたヴィル様が、種類まで読み取ってこちらに視線をよこす。


「遮音結界か。盗み聞きしているのがいるんだな?」

「ええ、扉にべったり貼り付いてますよー。見ます?」

「いい」


 見ても楽しいものじゃないから、妥当な返答ですなー。


 姉君様は、既にルパル三世に話をしていた。


「陛下、昨今の王宮の事情はご存知ですよね? それを解消するべく、デュバル侯爵に依頼しました」

「侯爵? 彼女は伯爵ではなかったか?」


 そこからかー。本当にもう、大丈夫なのかな、この王様。


 イラッとしていたら、姉君様がこちらを振り向く。唇の動きだけで、「後で」と告げた。


 何か、国王にも話せないような事があるのかな?


「彼女は侯爵に陞爵しました。陛下、ご許可を」

「許可か。うん、いいよ。フェルーアが望んでいるのだから」


 駄目だー。本当にもう、どうにかしないと!




 口約束だけだと、後で面倒な連中に突っ込まれかねないので、書面で残す事にした。


 そちらについては、リラが用意してくれている。


 サインすればいいだけになっていて、それも殆ど確認せずにルパル三世はサインした。


 これ、本格的にヤバくね?


「では陛下。我々はこれで」

「うん。また後で」


 もらうもんもらったから、後は証拠を揃えて大掃除だ!


 っと、その前に、姉君様に聞かなきゃいけない事がある。あちらも心得ているようで、王宮の廊下を更に奥へと進んだ。


「先に、息子の無事を確認させてちょうだい」

「もちろんです」


 無事……か。どうやら、王子様もここでは命の危険にさらされるらしい。そう考えると、本当よくデュバルに来たよね。


 未来のギンゼール王となる王子様は、王城の奥ですやすやと寝ていたらしい。


「お帰りなさいませ、フェルーア様、クーデンエール様。そして、ようこそ、オーゼリアのご一行様」


 一人の侍女が礼をすると、背後に控えていた室内全ての侍女が同様に頭を下げた。


「この部屋の者達は、ガルノバンの頃から仕えてくれている者達です」

「そうなんですか?」


 え? あれ? でも、内乱の時に、この人達、いたっけ?


『いません。おそらく、あの後にガルノバンから呼び寄せたのでしょう』


 なるほど。




 ギンゼールの文化はオーゼリアやガルノバンのそれとはちょっと違い、少し前世の東洋風を思わせる。


 今も、床に敷いたふかふかの絨毯の上に、独特な形をした固めのクッションに腰を下ろしていた。


 姉君様の腕の中には、よく寝ている王子殿下。まだまだちっちゃいね。


「あなた方も、陛下を見ておかしいと思ったのではなくて?」


 姉君様、ストレート。


「あの……お母様、お父様は、いつからあんな……」


 真っ先に口を開いたのは、王女殿下だ。久しぶりに見た父があれでは、不安になるのも当然だろう。


 娘からの問いに、姉君様は沈痛な面持ちだ。


「顕著になったのは、二年程前からです。医師に診せたところ、以前盛られた毒の影響ではないかと」


 ……それ、本当かな。前に見た時は、もう少ししっかりしていたように思うんだけど。


「二年……」


 王女殿下は、ショックを受けている。おそらく、ルパル三世が今の状態になった頃には、もうあまり交流がなくなっていたんだろう。


 しばらく考え込んでいたヴィル様が、口を開いた。


「王妃陛下、失礼かとは思いますが、一度国王陛下をレラに診せてはいかがですか?」

「それは、願ってもない事です」


 おっと、許可が出ちゃったよ。という事は、姉君様も医者の言葉を疑っていたんだな。


「レラ、いいか?」

「もちろんです」


 さて、大掃除の前に診察だね。あ、もちろん今もカストルがあちこちに忍び込ませたカメラやマイクが大活躍中ですよ。


 後で見るのが怖いような、楽しみなような。

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