第725話 相変わらずだなあ

 ギンゼールはまだ九月だというのに、空気がひんやりとしている。まだ夏の装いだったので、肌寒い。こんなに一挙に変わるんだ……


 客車の個室から出てサロンカーへ向かう途中、通路から外を眺めている最中にリラが通りかかった。


「トンネル通り抜けたら、空気が変わったね」


 声を掛けたら、「本当に」と頷く。


「さすが北の国ってところかしらね」


 リラも寒いのか、薄手のストールを肩に掛けていた。用意がいいなあ。




 ギンゼールで降車する駅は、王都近くにある。ギンゼールは最初から王都とデュバルを直で結ぶ線が欲しいと言われていたので、作ってある。その辺りは、ガルノバンとちょっと違うね。


 降り立った王都駅には、人がいない。


「王妃陛下の帰還なのに、誰もいないとは」

「連絡、した?」


 リラからの問いに、色々思い出す。帰還時期が決まった時点で、カストルに言っておいたと思うんだけど。


「した……はず」

「私がしっかり伝えておきました」


 おう! いきなり後ろから声を掛けないで! カストル。


 でも、伝えた事は確かなんだな。


「なのに、これ?」


 リラが眉をしかめて辺りを見る。本当、人がいない。いるのはうちから送り込んだ保守点検や予約カウンター、それに駅務員のみ。


 普通さー、王族が国外から戻ってくるんだから、それなりのお迎え人員がいてもいいんじゃないのかなー。


「駅から王宮まで歩けってか?」

「馬車とか、あるのかしら?」


 リラとこそこそ言い合っていたら、またしても背後からカストル。


「それにつきましては、ニエール様が開発なさった自動運転車を積んできております」


 マジか。あれ、決まった経路以外も走れるんだ?




 列車から降ろしてもらった自動運転車に乗り、王宮へ向かう。姉君様がちょっと不安そうなのに対し、王女殿下は平気な様子なのがちょっと面白い。


 王女殿下、カイルナ大陸で散々経験したからね。


 この自動運転車、大型のものに改造済みで、八人乗りなんだとか。車内はゆったりとしていて、なかなか乗り心地もいい。


 ただ、やはり周囲からは注目されている。窓には遮光結界が施されているので、向こうからは見えないけれど。


 そのまま王宮へ行くと、いつぞやのように止められた。


「待て! 貴様ら、どこの者だ!」

「この状態だと、致し方ないかー」


 私が出てもよかったんだけど、カストルが事情説明に外に出る。何やら小声でやり取りをしているのが見えたんだけど、何と相手の兵士がカストルに穂先を向けた。


「あー……駄目だな、ありゃ」

「ギンゼールは変わっていないようですね、王妃陛下」


 窓からやり取りを眺めていた私がぼやくと、ヴィル様から固い声が姉君様に向けられる。


 ちらりと見た姉君様は、悔しそうに俯いていた。


「お待たせ致しました」


 にこやかに戻ってきたカストルに、先程まで穂先を向けていた兵士を見ると、真っ青になって震えている。


 カストル、何したの?




 入り口の兵士には、内乱で功を上げた国外の貴族と、この国の王妃陛下、王女殿下が乗っていると伝えただけだという。まんまだね。


 てか、今日戻るって、日付も伝えたんだよね? 私の確認に、カストルが頷いた。


「列車はよほどの事がない限り、時間通りに運行しますから、到着予定日時はきちんと伝えましたよ」


 確か、ギンゼールには通信機は置いてなかったと思うんだけど、どうやって伝えたのやら。


 答えは、ギンゼール国内にある、私が所有する鉱山にまず連絡を入れ、そこから使者を立てて王宮へ伝えたそうだ。ああ、その手があったか。


「とはいえ、使者は王宮の入り口で追い返されるのが常だそうですから、必要な方々に連絡が届いているのかどうか」


 カストルが、嘆かわしいと言わんばかりの態度を取ると、王妃陛下の肩がびくりと反応した。


 おーい、ここの王宮って、まだそんな事やってんのかよー。


 とはいえ、内乱で多くの貴族を処分した以上、残った連中だけで国を支えていかなくてはならない。そこにつけ込んだ奴らが、多かったって訳か。


 まだ実情はわからないけれど、何となくそんな気がしてきた。


「王妃陛下、ここから大掃除、始めてもいいですか?」

「……ええ、お願い。徹底的にやってちょうだい」


 お? 姉君様も、やる気になってるね? 内乱の前後合わせて、相当煮え湯を飲まされたんじゃないかなー。


 国王のルパル三世はいまいち弱腰だし、「王妃陛下」の許可はもらったから、やっちゃえやっちゃえ。




 王宮の廊下を歩くだけで、嫌な視線が飛んでくる。こいつら、自国の王族がいる事、わかってんのかね?


「ギンゼールは、古くから王家の力が弱いのよ。地方の貴族が力を持っていて、常に王家を脅かし続けているわ」


 それが、以前の内乱にも現れている……と。あれ自体は、姉君様に横恋慕した馬鹿が仕組んだものだったんだけどね。


 とはいえ、うまく踊る駒がなければ、あそこまで拡大はしなかった。つまり、あわよくば王家を打倒して新王朝を打ち立てようという野心を持つ連中が多いという事か。


 でも、王家の側にも忠臣はいたよね? 彼等はどうしてるの?

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