第724話 車窓から見えるもの

 列車の旅は快適そのもの。偶に停車時間が長い駅に着いた時には、ホームに下りて体を伸ばす。


「んー」


 ガルノバンでも、二番目に大きな駅に到着したので、ホームに出た。停車時間は三十分。ちょっとそこらを散歩してもいいくらいの時間だね。


「次でアンドン陛下達を下ろすんだねー」


 今回は地下トンネル線を使ったので、ガルノバンに入るのは早かった。その後は、普通の速度で進んでいる。


 ここまでで、車中泊は一泊。ガルノバンを出てギンゼールに入るまでに、もう二泊、ギンゼール王都近郊駅に到着までに更に一泊って感じかな。


 私の独り言を聞いていたリラが、駅構内の時計を見上げる。


「向こうの駅での乗り換え用列車の用意も出来てるって連絡が来たし、無事王族ご一行様を送り届けられそうね」

「ねー。まだギンゼールの王族が残ってるけどー」

「あっちは最後まで一緒だもの」


 ちなみに、ガルノバンの王都近郊に駅はあるけれど、今使っている線とは繋がっていない。


 なので、途中の駅で乗り換えてもらう必要があるって訳。将来的に、繋げる必要はありそうだけど。




 次の駅に到着し、無事アンドン陛下達を下ろすと、列車は再び動き出した。


 出発の際、アンドン陛下とシェーヘアン公爵夫人から「姉と姪をよろしく」と頼まれた。


 なんだかんだいいながら、心配はしているんだね。


 その姉君様は、未だに王女殿下とは没交渉。お互いに歩み寄れていない様子。こんなんで、ギンゼールに帰って大丈夫なのかね?


 まあ、親子関係に関しては、私も人の事は言えない。実父が今どうしているかなんて、気にも留めてないもの。


 兄夫婦や祖父母との交流があるから、いいんだ。


 それはそれでいいんだが、姉君様も王女殿下も、私を介してお互いの動きを探ろうとするのは、やめてもらえませんかね? 面倒なので。


「度々お茶に誘われるのも、如何なものか」

「普通、他国とはいえ王族に誘われるのは名誉な事のはずなんだけどねえ」


 リラに愚痴をこぼしたら、返ってきた答えがこれ。


「リラも大概、王女殿下の事は王族扱いしてないじゃない」

「東の大陸での事? あれはご本人がそう望まれたからよ。これからギンゼールに戻るのに、そのままじゃよくないから戻してるけど」

「いいんじゃない? 王宮に巣くう腐った連中には、いい刺激になると思うなー」

「遊びじゃないんだから、楽しもうとしないの」


 いや、遊びでしょ、こんなの。


 姉君様の了承は得たし、後はギンゼールに到着して国王陛下の許可をもらったら、大掃除開始だ。


 とりあえず、盗聴盗撮は基本だね。後ろ暗い事がある連中は、まとめて粗大ゴミに出しちゃうよ。リサイクル出来ないのが痛いところだね。


「可燃ゴミとしてまとめて焼く訳にもいかないしなあ」

「待て待て待て。何の話をしてるの何の」

「んー? ゴミの処理方法?」

「そのゴミが何を指すかは、あえて聞かないわ」


 聞いてもいいよ? 貴族というのなら、貴族らしくその責務を果たせと思うんだよね。


 私だって、頑張って領地経営して、国の為になる事たくさんしてるんだから。税金だって納めてるよ。


 オーゼリアは、領地の広さに比例して税金が上がるのだよ。だから領地持ちの貴族は大変なんだ。


 一応、理由があれば減免措置もあるけれどね。それを悪用した奴が過去にいたそうで、審査は凄く厳しいってさ。


 あと、嘘か本当が、王宮から派遣される覆面監査官とかもいるらしい。うちにも来てるのかなあ?


『何度か来ましたが、その度に追い返していましたら、来なくなりました』


 待て。そんな報告、聞いてないんですけど!?


『王宮と言っても、役人が勝手にやった事で、王家の方々はご存知ありません。ご安心ください』


 ん? それって、役人が暴走してやったようなもの?


『どちらかといえば、職権乱用ですね。デュバルの弱みを握り、甘い汁を吸おうと思ったようです。証拠付きで上層部に匿名報告をしましたので、処分されましたが』


 怖。うちの有能執事、怖。


『主様を見習い、正当な手段で対応しました』


 えー……そう言われると、ちょっとなー。




 列車の旅は、車窓を楽しむ旅でもある。ガルノバン、まだまだ自然観光の宝庫じゃないかな。


 前に映像で見た大滝もあるしね。その為にも、近場に駅を作って線路を延伸、駅から観光地までの足を用意しないとなー。


 とはいえ、その辺りはニエールが作った自動運転車があるから、何とかなりそう。後は許可か。


 相手はアンドン陛下だし、楽勝でしょ。


 列車内は、自由に移動出来るようにしている。各個人に割り当てた個室に入る時は、部屋主の許可を得るよう伝えてあるけれど、共用部分に関しては、好きに使用していい。


 そんな共用部分であるサロンカーへ行く途中、通路で姉君様と行き会った。


 通路の窓から、外を眺めていたらしい。


「王妃陛下、ここでなく、サロンカーの方が見やすいのではありませんか?」

「侯爵……いえ、ここがいいのよ」


 まあ、狭い場所の方が落ち着くって人、いるよね。でも、大国の王女から、大国の王妃になった人が?


「……懐かしい風景で、つい」


 そういや、ガルノバンは姉君様の故郷でもあったね。


「アンドン陛下達と、王都へ行かなかった事、後悔してらっしゃいますか?」

「いいえ」


 あら、意外にも即答だわ。


「私は既に嫁いだ身。今回は事情があってデュバル領を訪れましたが、本来なら国を空ける事は許されません」


 まあ、そうだよね。前世の、私が生きた時代の王族なら、外遊とか普通にあったけれど。


 こっちはなー。国を空けたら、貴族達が何やらかすかわかったもんじゃない。


 でも、姉君様、それをわかっていてうちに来たんだよね。何で?


 さすがにそれは本人に聞けなかったので、軽く挨拶してその場を離れた。




「うーん、もしかして、姉君様に利用された?」


 サロンカーで冷たい飲み物をもらい、ソファ席に座って飲みつつ、先程のやり取りを思い出す。トレスヴィラジで育てたオレンジのジュース。


 うちに来た理由。単純に、王女殿下を帰国させる為……ってのもあるかもしれないけれど、他にもあるような気がして。


 で、考えていったら、私を引っ張り出して国内の掃除をさせる為だったのかなーとか。これはさすがに自意識過剰か。


 でも、王族として、王妃として、国の為になるなら何でもやりそうなんだよな、あの人。


 その分、「親」としてはポンコツ……というのが、シェーヘアン公爵夫人の言だ。実妹の言葉だから、説得力あるんだよねー。


 一人うんうん唸っていたら、リラが通りがかった。


「……オレンジジュース飲みながら、何唸ってるの?」

「うーん、ちょっとやられた感が」

「はあ?」


 話を聞いてくれるのか、近場のソファに座ったので、リラに先程まで考えていた事を伝えてみた。


 ちなみに、彼女が頼んだのはカフェオレ。


「考え過ぎじゃない? まあ、デュバルまで来たのは、王女殿下の件でしょうけれど、その先は、あちらにしてみたら棚ぼただと思うわよ?」

「そうかなあ」

「相手の能力を低く見るのはよくないけれど、逆に過大評価も色々見誤る事に繋がるわ」


 過大評価。そうか、私は姉君様を過大評価しているのか。


 考え込んでいたら、リラが話を続けた。


「ともかく、ギンゼールでの事は行ってから決めてもいいと思う。ここからじゃ、見えない事も多いし」

「でも、王女殿下を送ってきた連中は、普通にやな奴らだったよ?」

「なら、彼等に焦点を絞って暴れたら?」


 暴れるって。いや、確かに端から見たらそうなんだろうけれど。


「あと、あんたは色々考えすぎるとドツボにハマるから、いつも通り感覚でいきなさい、感覚で」


 酷くないかね? まるで本能だけで生きているような言い方をして!


 そう伝えてたら、リラに「その通りでしょ?」と返される。酷くね?


 まあ、私にとってギンゼールでの事は、全てゲームだ。後ろ暗くとも、国の為、王家の為に行動出来る奴らは残す。


 それ以外は、あれこれ公表した後、王家が判断を下すでしょ。それが甘かったら、今後の付き合いは考えるという事で。

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