第722話 里帰り決定

 温泉街の新しい高級宿は、山の中腹にある。土砂崩れとか、心配だったけれど、その辺りはカストルが強化したそうだ。何でも出来るな、うちの執事。


 宿までは、温泉街の駅から専用線で山の麓まで行き、そこから更に専用のケーブルカーに乗り換える。


 手間だけど、今のところプレオープンに招待した人からクレームは来ていない。


 もっとも、招待したのがラビゼイ侯爵夫妻ととゾクバル侯爵夫妻、それにアスプザット侯爵夫妻だったからなー。


 いや、あの人達は私相手でも忌憚のない意見を言ってくれるはず。今のところは、専用線やケーブルカーはアトラクションの一種と思われているようで、乗る事自体を楽しんでくれているみたい。そう思っておこうっと。




 今回、この宿に投宿しているのはロクス様とチェリ、それにアスプザット侯爵夫妻。更にそこにシェーヘアン公爵夫妻と王女殿下が加わった訳だ。


 チェリにとっては両親と従姉妹、ロクス様にとっては妻の両親と従姉妹。


 アスプザット侯爵夫妻にとっては、隣国の重要な家の夫妻とその姪という立場だ。問題は起きてなかろう。


 こちらも一棟ずつ分かれたタイプの宿で、中央部分に共有棟がある。昨日のうちに連絡を入れておいたので、こちらに公爵夫人が来ているはずなのだが。


 共有棟は大きな平屋造りの建物だ。そちらに入ると、奥に人が複数いるのが見える。


 おおう、勢揃いじゃない。


「おはよう、レラ」

「おはようございます、ロクス様」


 一番最初にこちらをみつけたのは、ロクス様だ。その隣に、チェリ、向かいにシーラ様、サンド様。


 もちろん、シェーヘアン公爵夫妻と王女殿下もいる


 チェリのところの長男リヴァン君がいないのは、子守に任せているからかな。


「おはよう、デュバル侯爵。昨日はみっともないところを見せてしまって、悪かったと思っているわ」

「お気になさらず」


 謝罪の言葉は、姉妹で似ているんだなあ。


「ええと、本日はシェーヘアン公爵夫人に、お話しがあるのですが……」

「ああ、姉の事でしょう? 気にしないでちょうだい。さあ、どうぞ」


 えー。姉君様の事、ここで話しちゃっていいのー?


 とはいえ、アスプザット家に関しては、誰も口は硬いので信用出来るし、王女殿下は自分に関わる事だ。


 シェーヘアン公爵も、姉君様は元々ガルノバンの王女殿下。無関係とは言い難い。


 まあ、姉君様の話といっても、私がギンゼールに乗り込む事が決まったってだけだしな。


「では。昨日、ギンゼールの王妃陛下と話し合いまして、近く、私がギンゼールに向かう事が決まりました」

「あら」

「まあ」


 シェーヘアン公爵夫人と、シーラ様の声が揃った。何だか不思議な感じ。


 でも、ガルノバンでもこの二人、仲がよかったんだよね。


「侯爵、率直に伺いますが、ギンゼールに向かうのは、姉が原因かしら?」

「どちらかというと、我が家の為……でしょうか?」

「デュバル家の、為?」


 公爵夫人がきょとんとしている。


「ご存知かもしれませんが、我が家はギンゼールに鉄道敷設をしている真っ最中です。さらに、先の内乱を鎮めた功績として、鉱山を二ついただきました。国内が荒れていては、この二つがどうなるか、先が知れません」

「だから、ギンゼールの面倒ごとを解消しに行く……と?」

「はい。それに、王妃陛下からは対価をちょうだいするお約束もしましたし」


 何故か、最後の言葉の辺りでシーラ様が吹くのが見えた。何かおかしな事、言ったかなあ?


 シェーヘアン公爵夫人も、驚きで目を丸くしているし。そんなに変?


「どうかなさいましたか?」

「いえ……ふふ……ほほほ」


 今度は公爵夫人が笑い出しましたよ。本当、どういう事なのさ。


 ひとしきり笑った公爵夫人は、目尻に溜まった涙を指先で拭う。


「失礼。こんなに笑える話は久しく聞いた覚えがなかったものだから。その調子で、姉の鼻っ柱をへし折っていただきたいわ」


 怖。


「本当に、あの人は自分が出来るからといって、他人も出来るとすぐ思い込むのだから。仕事は出来る人なんでしょうけれど、その分下に付く者の苦労が思いやられるわ。母親としても、失格だと私は思ってますよ。もうすこし、自分の娘の事を見るべきだわ。兄もちゃらんぽらんで周囲が困る人だけれど、下の苦労は理解する人ですからね。それに、正妃であるへティが目を光らせているから」


 公爵夫人、怒濤の愚痴でした。シーラ様やチェリも苦笑いだよ。


 へティとは、正妃様の事だよね。正式名称はヘーテケリアだから、愛称かな?


 公爵夫人は、私を見て微笑む。


「正妃であるヘーテケリアは、私の遊び相手だったのよ」

「え」

「実家が宰相を多く輩出する名家で、爵位も侯爵家。それに、彼女とは幼い頃から気が合ってね。集められた遊び相手の中で、最後まで側にいてくれたのは彼女だけだったわ」


 王族の遊び相手が、次々脱落したような言い方だなあ。何か理由があるのか、それとも目の前の公爵夫人に原因があるのか。


 聞かないでおこうっと。


「アンドン陛下をお支えしているのが、正妃様でよかったと私も思います」

「ふふふ、彼女、ゾーセノット伯爵夫人とも仲がいいようね。今度、私もその輪に加えてもらおうかしら」


 それは、アンドン陛下包囲網の事なんでしょうか。あのおっさん、逃げ癖があるみたいだからなー。


 うちに「来ちゃった」してたのも、国から逃げてきただけだったみたいだし。逃げ道封じには、公爵夫人にも一役買ってもらった方がいいのかも?


「侯爵、ギンゼールに行くのは、本当なの?」


 これまで沈黙していた王女殿下が、私に聞いてきた。


「ええ。狩猟祭が終わりましたら、なるべく早く向かうつもりです」


 他の予定が入る前に行かないとねー。


 王女殿下は、何かを言いたいような、言いたくないような、迷っている様子が見られた。


 そんな彼女に、公爵夫人が優しく声を掛ける。


「エレ、言いたい事があるのなら、ここで言ってしまいなさいな」

「叔母様」


 時に、「エレ」というのは、王女殿下の愛称か? ギンゼールでは、耳にした事がないんだが。


 もしかして、叔母と姪の間だけで決めた、呼び名? これ、姉君様が聞いたら、不機嫌になるんじゃね?


 エレと呼ばれた王女殿下は、公爵夫人に背中を押された形で私に聞いてきた。


「ギンゼールに行く時に、私も一緒に行っていい?」

「構いませんが……よろしいのですか?」

「ええ。侯爵は、ギンゼールの貴族を潰しに行くのでしょう? その姿を、見ておきたいの」


 潰すって。人聞きの悪い。ちょーっとおいたをする連中を、お仕置きするだけですよー。


 とはいえ、それをここで言う訳にもいかない。


「ギンゼールは王女殿下の故国なのですから、大手を振ってお戻りになればよろしいのですよ」

「じゃあ」

「今回は、全て鉄道の旅になりますが、よろしいですか?」

「ええ!」


 まあ、これもいい機会なんじゃないですかねえ?

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