第721話 契約成立
ロイヤルな姉妹喧嘩は、なんと夜中まで続いたらしい。
「元気だなあ」
「感想がそれかよ……」
本日の朝食は、アンドン陛下と正妃様も一緒。ちなみに、今朝早く、シェーヘアン公爵夫妻と王女殿下は、揃って温泉街のチェリ達が宿泊している場所へ送っていった。
実は温泉街、拡大しておりまして。山裾にあった隠れ家的な宿とは別に、中腹にも人数限定の高級志向な宿を作ってみました。
チェリ達はそちらにいるので、公爵夫妻と王女殿下もそちらに。あそこ、専用ケーブルカーでしか行き来出来ない作りになってるんだよねー。
ちなみに、姉君に関しては朝食は部屋食になりましたとさ。
「お姉さんなんだから、弟の陛下が一緒に食事をしてもいいと思いまーす」
「冗談じゃない。ヴァッシアと喧嘩した後は、しばらく不機嫌になるから近寄りたくもねえよ」
酷い弟である。正妃様の方を見ると、ちょっと困った顔。正妃様的には、アンドン陛下に姉妹の仲裁をしてもらいたいんだろうなあ。
でも、役に立たない弟で兄なら、何もしない方がいいと思うの。
とはいえ、このまま放置するのもね。
と思っていたら、あちらからアクションを起こしてきた。
「……昨日は、お恥ずかしいところを見せてしまったわ」
「いえ……」
目の前には、ギンゼールの姉君様。公爵夫妻と王女殿下を温泉街に送った日の朝食後、姉君様からオケアニスを通じて連絡があったのだ。
出来るだけ早く、話がしたいと。
基本的に、バースデーパーティーの後は何も予定を入れない事にしている。目の前に、王家派閥最大イベントの狩猟祭が控えているから。
なので、本日中に話を聞いてしまおうと、お茶の時間を利用した訳です。
で、今。最初の一言以降、姉君様が無言です。空気が重いよ……いっそアンドン陛下も同席させればよかったか。
……いや、余計事態を悪化させるだけだな。あの人、国王としては有能っぽいけれど、弟や兄としてはポンコツもいいところだもん。
「……その」
脳内でアンドン陛下の額に「ポンコツ」と書いた紙を貼り付けていたら、姉君様が口を開いた。
「はい」
「昨日の事に関連しているのだけれど……その……」
言いにくそうだなあ。まあ、娘を巡って妹と喧嘩しました、とは言いづらかろう。
「姉妹喧嘩は、よくある事ですから」
「え!?」
そこ、そんなに驚く事? てか、姉君様って、王妃としては凄く優秀なんだろうけれど、個人としてはアンドン陛下並のポンコツかも?
人間的な力という意味では、シェーヘアン公爵夫人が一番優れていないかね? 妹に負けてますよ、姉気味様も、兄であるアンドン陛下も。
私に姉妹喧嘩と指摘された姉君様は、おろおろしている。
「ここは公的な場ではなく、私的な場ですので、不敬を承知で言わせていただきます。王妃陛下は、王女殿下をどうなさりたいんですか?」
「え……」
私から、こんな事を言われるとは思っていなかったんだろう。困惑しているのが手に取るようにわかる。
「仲直りをして帰国してほしいのか、それともここを限りと絶縁するのか。その場合、王女殿下の立場をどうするおつもりなのか」
「絶縁など! 冗談ではありません!」
「もちろん、冗談など申しておりませんよ?」
おおう、姉君様がこちらを見る目が、信じられないものを見る目になっているよ。
「王妃陛下は、何故王女殿下が国を出られたか、ご存知ですか?」
「それは……周囲に言われて……」
「何を言われたか、ご存知で?」
「……」
言いたくないのか、それとも国の恥だから言わないのか。どっちにしても、何を言われたかくらいは予測がつくよ。
「王子殿下が生まれたのだから、厄介な王女は国から出してしまいましょう」
「あなた!」
「そんな事を、言われたのではありませんか?」
一瞬激高して見せたけれど、すぐに冷静な「王妃」の顔になる。こういうところが、姉君様は上手いよね。
「まるで、見てきたかのように言うのね」
「そうですね。ギンゼールから王女殿下を送ってきた一団を、この目で見ましたから」
何か言い返してくるかと思ったけれど、姉君様は目を伏せるだけだった。
国内で王家と貴族達が対立している、なんてのを外に知られたら、大変だもんね。
でも、これで確信は持てた。王女殿下が国の外に出されたのは、厄介払いというよりは、保護の為だったんだな。
「王妃陛下。一つ、伺ってもよろしいですか?」
「何かしら?」
「国内の掃除、いつ頃までに終わりそうですか?」
「! ……あなた」
「入り用でしたら、有料で手を貸しますよ?」
私の申し出に、一瞬きょとんとした姉君様は、そこから真顔になり、次いで吹き出した。
「ふっ。そこで、金を要求されるとは思わなかったわ」
「対価を先に提示した方が、安心出来るでしょう? その代わり、ギンゼール国内で見聞きした事に関しては、他言はしません。何でしたら、誓約書を書いてもいいですよ?」
「その『他言しない』には、オーゼリア王家も含まれるのかしら?」
「もちろんです。オーゼリア王家から受けた仕事でしたら、報告の義務がございますが、私事で出掛けた先で見聞きした事まで、全て伝えねばならない訳ではありませんもの」
正直、余所の家とか国の問題に首を突っ込むのは面倒なんだけど、報酬があれば話は別だ。
何せうちは、今もあちこちであれこれ作っているからね。お金や資源は大事なのだよ。いくらあっても邪魔にはならない。
「他言はしませんが、問題解決に必要な情報は、教えていただく必要があります。もちろん、そちらに関しても他言はしませんし、後々それに関してギンゼールの方々を煩わせるような事は致しません」
対価をもらう以上、得た情報を元に脅しを掛けるような事はしないよ。それも、きちんと伝えておく。
姉君様の頭の中では、今高速で計算が行われているのだろう。ここで私の手を取るか否か。
手を取るとして、どこまでの情報を与えて、どこまでやらせるのか。その場合の対価は、何をどれだけ支払うのか。
ほんの少しの間に、その計算が終わったらしい。
「……いつから、頼めるのかしら?」
「狩猟祭が終われば、すぐにでも」
さすがにあのイベントをブッチしてまで、ギンゼールであれこれする気はないよー。
さて、姉君様との話は終わったので、次は公爵夫人と王女殿下かなー。
「おーい、姉上とは何話したんだー」
「出たよポンコツ」
どこから聞きつけてきたのか、廊下の向こうからはアンドン陛下と正妃様がやってくる。
「聞こえてんぞ! 俺! 一応隣国の国王なんだが!?」
私の独り言が聞こえたらしい。地獄耳だな。
「……との事ですが、いかがですか? 正妃様」
「本人からして『一応』などと言う始末ですからねえ」
「おおおおおおい! 何で俺が二人にディスられてんの!?」
「でぃする……というのがどういう意味かは存じませんが、陛下の自業自得ではありませんか?」
わー、正妃様、ばっさりー。アンドン陛下が涙目だ。
「ギンゼールの王妃陛下とどのような話をしたか知りたければ、王妃陛下に伺ってください。姉弟なのだから、問題ありませんよね?」
にっこり言ってみたら、渋い顔をされた。何でよ?
「侯爵、あの姉に、直に聞けと?」
「……そんなに怖いんですか?」
「昔、悪戯する度に、先代正妃様よりフェルーア様にお説教されてましたからねえ。骨の髄まで染みこんでいるのかもしれません」
アンドン陛下本人でなく、正妃様が答えてくれた。てか、正妃様って、昔からアンドン陛下達を知ってる?
国内貴族家出身なんだから、知ってても不思議はないのか。
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