第720話 姉妹喧嘩

 バースデーパーティー自体は、つつがなく終了した。さすが王族、他国の貴族領で問題を起こすような事はなかったわ。よかったー。


 いや、よくないか。まだ問題は片付いていないよ。


「とはいえ、親子間の問題なんて、周囲がどうこう出来るものでもないしなー」


 パーティー用のドレスから、部屋着に着替えつつぼやく。今は周囲にオケアニスしかいないから、ぼやき放題だ。


 オケアニス達は、無駄なおしゃべりはしない。意見すら、こちらが聞かない限り言ってこないほど。


 ポルックス曰く、その分戦闘能力に振っている……という事だけど、深くは聞かない方が身の為だな、これ。


 部屋着に着替えてくつろいでいると、焦った様子のリラが駆け込んできた。


「大変よ!」

「お、おう。とりあえず、落ち着け?」


 宥めようと思って言ったのに、リラは更に激高する。火に油を注ぐ結果となってしまったようだ。


「これが落ち着いていられますか! とうとう始まったのよ!」

「何が?」

「ガルノバンの兄妹喧嘩よ!」


 はい?




 とりあえず、部屋着のままだが客室へと向かう。ヌオーヴォ館には、来客用の客室を集めた棟があり、宿泊客の半分はこちらに滞在しているのだ。


 残りの半分は温泉街です。いやあ、気に入っていただけで何より。この時期だけは、一般の客からの予約を制限するので、好みの宿を選び放題です。


 それはともかく、ガルノバン王族関連は、揃って来客用の棟に部屋を用意しておいた。


 ただ、事情が事情だけに、部屋は離しておいたはずなんだけど。


「他の客の様子は?」

「早々にオケアニスが結界を張って、周囲に音が漏れないよう、光景が見られないようにしたわよ」

「え……じゃあ、喧嘩って共用スペースでやってんの?」


 私の確認に、リラが無言で頷く。何やってんだ、ガルノバン兄妹。


 来客用棟の共有スペースは二階にある。広めの居間や客間があり、滞在している人なら誰も使用可能。


 その居間の一つが、ただいま姉兄妹に占拠されている。


「あ、王女殿下は?」

「巻き込まれてるわ。ただ、オケアニスが単独の結界を張ったそうだから、姉妹の言い争いは見聞きしていないって」

「ん? 姉妹?」


 姉弟、兄妹ではなく、姉妹なの?

「そう。しかも喧嘩といっても取っ組み合いではなく、あくまで口喧嘩、ちなみに、妹が優勢ですって」


 わー。シェーヘアン公爵夫人、強いんだー。




 到着した居間は、入り口にオケアニスが二人、番人のように立っている。彼女達は私達の姿を確認すると、無言で一礼してきた。


「中の様子はどう?」

「白熱しております」


 おおう……まだ口喧嘩の真っ最中ってか。


「他の客の様子は?」

「こちらには気付いておりません。他のお客様には、中で粗相をした者がおり、清掃中ですとお報せしておきました」

「上出来」


 オケアニスも優秀だねえ。


 扉自体に結界を張っているようなので、解除させて中に入る。居間の中央には、乳白色の繭のようなものが出現していた。


「あれ、遮音遮光結界か」


 中の音も光景も外には漏れない仕様です。


「おおい、こっちこっち」


 繭に押しやられたソファの影から、人の手が招いている。あれ、アンドン陛下か。


「陛下、こんなところで何やってんですか」

「いや、あの二人の喧嘩なんて、怖くて近寄れねえって」

「情けなーい」


 あんたの姉と妹でしょうが。


「そうは言うけどな! あいつら昔から微妙に仲が悪くて、一旦喧嘩の口火が切られたら、長引くわ怖えわとんでもねえんだぞ!?」


 いや、知らんし。


「王女殿下は?」

「メイドのねえちゃんと、そっちのカーテンの陰にいるよ」


 アンドン陛下……本当、あんたはどこのおっさんだよ。


 とりあえず、先に王女殿下に話を聞いてみるか。アンドン陛下は使い物にならないし。


 カーテンの陰には、確かに結界の反応がある。


「オケアニス、解除して」


 結界の外から声を掛けたら、すぐに解除された。


「王女殿下、ご無事ですか?」

「え、ええ……」


 喧嘩に巻き込まれたからか、ちょっとくたびれてるな。


「話を聞いても、よろしいですか?」


 私の言葉に、王女殿下は無言のままこくりと頷く。




 事の発端は、王女殿下がここでシェーヘアン公爵夫人とアンドン陛下と話していたところに、姉君様が通りかかった事だという。


「お母様に、いつまでガルノバンに迷惑を掛けるつもりだ、早く帰国なさいと言われて……」


 姉君様ー。有能なのに、どうしてそこでそのワードをチョイスするのー。


「お母様の言葉に、叔母様が静かにお怒りになって、それで」

「言い合いが始まった、という訳ですね」


 王女殿下は、また無言でこくりと頷いた。


「とりあえず、お二人は隔離していますから、お部屋を変えて一息入れましょう。開いてる部屋はある? 居間でなくとも、客室でいいわ」


 私の言葉に、オケアニスが即座に答えた。


「三階の特別室に空きがございます」

「では、そちらに移りましょう。お二人に決着が付いたら、案内するよう誰か残ってちょうだい」

「承知いたしました。では、ご案内いたします」


 おっと、もう一人、忘れないでおかなきゃ。


「アンドン陛下。部屋を移りますよ」

「お、おう」


 あ、王女殿下の目が、ちょっと冷たくなった。情けない叔父の姿なんて、見たくないよなー。




「それで? 言い合いが始まったのは王女殿下に関する事なんでしょうけれど、それだけであんなに長々と喧嘩って出来るんですか?」


 三階の特別室は、一応オーゼリア王族が来た時用に作ってある部屋。貴族の邸には、そういう部屋が必ず作ってあるそうだ。お約束ってやつ?


 実際に王族が滞在する事なんて滅多にないけれど、うちの場合はあり得そうだとジルベイラに言われて、建設の時に注文を入れたんだよね。


 それが、まさか他国の王族に開放する時が来ようとは。


 それはともかく。私の問いに、アンドン陛下がちらりと王女殿下を見る。これは、自分が説明していいものかどうかを考えているのかな?


 結局、アンドン陛下が説明をする事にしたらしい。


「向こうでも言ったが、あの二人は昔から相性が悪いんだよ。姉上は優秀な分、俺達にも『やれば出来る』を押しつける人でな。それに一番反発していたのが、ヴァッシアでな……」


 ヴァッシアは、公爵夫人の名前だね。でも、そんな昔から仲が悪いとは……


「あの二人の仲が決定的に決裂したのは、姉上がヴァッシアの趣味を王族らしくないと言い切った時だな」

「夫人の趣味?」

「植物コレクターなんだよ、あいつ」

「ああ」


 そういえば、最初にガルノバンに行った時、チェリもそんな事を言ってたっけ。


 そうだ、チェリ。


「チェリも今回ロクス様と来てますが……温泉街から呼び出しますか?」

「いや、そんな事をしたら、ヴァッシアに七代先まで祟られる」


 いや、公爵夫人だってあんたと同じ血筋だろうが。祟ったら、自分の血筋を滅ぼす事になるよ。


 それはともかく、公爵夫人もチェリにあの姉妹喧嘩は見られたくないのか。


 かといって、王女殿下には見せてもいいって話じゃないし……あ。


「王女殿下。こんな時間からですが、滞在先を温泉街に移しませんか?」

「え?」

「あなたの母方の従姉妹である、チェリ……ハニーチェル夫人がいますよ。彼女から、ガルノバンやオーゼリアの話を聞いてはどうでしょう?」

「従姉妹……」


 一応、バースデーパーティーの場で紹介はしたんだけれど、ギンゼールの姉君も会場にいたからね。遠慮してあまり王女殿下には近づかなかったみたいなんだ。


 王女殿下の側には、シェーヘアン公爵夫人が寄り添っていたから、チェリは自分の母親ともあまり話せなかったみたい。


 あの二人の言い争いが終わったら、公爵夫妻も温泉街に移ってもらった方がいいかも。チェリも喜ぶだろうし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る