第719話 賓客到着

 バースデーパーティーは、あっという間にやってきた。


「胃が痛い……」

「耐えて」


 支度の最中にこぼしたら、手伝ってくれているリラにさらっと流された。酷くね?


「いや、あんた回復魔法が使えるんだから、自分で自分の胃を回復させればいいんじゃないの?」


 あ、そっか。




 支度が調えば、今度はお出迎え。王都から来る人は専用列車で皆一緒に来るから楽なんだけど、問題は国外からの客。


 何故、一侯爵家当主の誕生日に、国外の王族が出席するのやら。いや、色々恩を売ったりなんだりしたからね……


 ガルノバンのアンドン陛下とは転生者仲間という繋がりがあるし、何よりガルノバンに三男坊を送っていった際、あちらの侯爵令嬢が発端で事件に巻き込まれたしね。


 それを丸く収めた事で、一応恩を売っている。後は、鉄道か。


 ギンゼールの場合はもっと直接的な恩で、内乱を実質オーゼリア勢だけで鎮めた経緯がある。


 その功績への見返りはもうもらっているんだけど、まあそんな経緯からかと。


 でも、今回は来る面子が問題だ。


 ギンゼールからは王妃陛下がいらっしゃる。そして、ガルノバンからはアンドン陛下と正妃様、それに加えてシーへアン公爵夫妻とそこに滞在してるクーデンエール王女殿下。


 ギンゼール王家の親子と、嫁いだとはいえガルノバンの王族兄妹が揃う訳だ。何も起きないはず、はいんだよねえ。ああ、胃が痛い。


 その胃が痛い面子は、何と特別列車で全員一緒にやってきた。


「うわあ……」

「ちょっと。心で思っても、顔には出さないように!」


 側についていてくれるリラからの叱責が飛ぶ。いやだって。


 ちなみに、お出迎えの場所は駅ではなく、領主館であるヌオーヴォ館の玄関。今回、駅からヌオーヴォ館までは自動車を出している。


 途中でニエールが面倒になって放っていた自動車だけど、何と東のカイルナ大陸から持ち帰った自走地雷、あれを見て閃いたらしく、自動運転の自動車を作り上げてしまった。本当に、彼女の頭脳ってどうなってんの?


 詳しい仕組みは聞いても半分も理解出来ないから聞いてないけれど、運転手不在で決められたルートを走る事が出来るそうな。


 ただ、飛び出しには対応仕切れないようなので、本日は車道と歩道の間に簡易フェンスを設けて、人が飛び出さないようにしてある。


 人形遣い達も借りだして、人が車道に出ないように誘導やら何やらを手伝ってもらっている。大事になってるううううう。


 王都から来るのは国内の貴族達で、国外からは王族クラスが来るから、大事は大事なんだよな。もう、本当に胃が痛い。




 国内組と国外組は到着時間そのものをずらしたので、国内組を出迎えた後は少し余裕がある。


 その隙間時間は、しっかり自室でだらけた。


「疲れた……」

「もう少ししたら、ガルノバン組とギンゼール組が来るわよ」

「恐怖の兄妹シリーズだな」

「あんたは……アンドン陛下の対応は雑なくせに」


 だって、転生者って同じ括りがあるからさ。それがなくても、威厳そのものがないし。


「……威厳のあるアンドン陛下。ないな」

「何、いきなり」

「なんでもない。あ、エクレアも一個ちょーだい」

「太るわよ」


 リラ、食べている時に言ってはいけない一言を。




 国内組も、王家派閥の序列上位の家だったり、同じ派閥でもあんまり仲がよくない家だったり、ユーインパパだったりビルブローザ侯爵だったり、派閥違いからも高位の家が来ている。


 彼等を出迎えるのも大変だったけれど、やはり目の前の兄妹程ではなかったわ……


「よ! しばらく世話になるわ!」


 え? いや、しばらくって……


 思わず隣のリラを見ると、渋い顔で頷いている。あ、ちゃんと通達済みなんだ。


「ようこそお越し下さいました、アンドン陛下、並びに正妃様。シェーヘアン公爵夫妻も、ご無沙汰しております。王女殿下におかれましては、つつがなくお過ごしのご様子、安堵いたしました。フェルーア王妃陛下も、遠い所をよくおいで下さいました。お部屋を用意しておりますので、おくつろぎください」

「うお。侯爵が普通にしてると、背筋が凍る」


 一言余計ですよ、アンドン陛下。言い返そうかと思ったけれど、私の前に女性三人にやり込められていた。


「アンドン、あなたはいくつになったらまともなやり取りが出来るのかしら?」

「陛下、立場をお考えくださいまし」

「兄様、お義姉様や私に恥をかかせないようにしてくださいませ」


 姉君、正妃様、妹に当たる公爵夫人に言われて、アンドン陛下もタジタジだ。王女殿下は、その様子を見て目を白黒させている。


 アンドン陛下、気を付けないと、姪からの信頼が目減りするわよ。元々あったかどうかは知らないけれど。




 その日の夜は来客の為の晩餐会、到着した日から二日後が本番バースデーパーティーだ。面倒くせ。


 とはいえ、一応主役は私なので、ブッチする訳にもいかない。そんな事をした日には、リラに長時間の説教をされる事は確実だ。


 幸い、招待客は領都ネオポリス観光や、温泉街への日帰り入浴などを楽しんでいる様子。


 そして何より、ヌオーヴォ館で饗される食事と酒には、誰も文句が言えまい。


 総料理長が腕を振るった料理で、素材は全てデュバル領から集めている。無駄に広がった領地も、たまには役に立つ。


 特に、内陸の領地でありながら海の魚を新鮮な状態で提供出来るのは、うちくらいなものだろう。


 また総料理長の腕が冴えて、どの料理も美味しいったらない。


 今回、一番来客が驚いたのは、大きな魚の塩竃焼き。


 これ、本番パーティーのメニューじゃないんだぜ? あくまで、前座扱いなのよ。


 否が応でも、本日の本番パーティーの料理に期待が寄せられるよねー。総料理長も、やるなあ。


「とはいえ、私は今日の料理、ほとんど食べられないんだけどー」


 ただいま、夜のパーティーの為の支度が始まっている。まだ昼過ぎたばかりなのに。


 室内には、たくさんのオケアニス達。支度は彼女達がやる。


 その場には、リラもいた。


「支度の合間に、つまむくらいは出来るわよ?」

「がっつり食べたかったー」

「だから、いい加減太るっての」

「リラが酷いー」


 呆れた溜息が聞こえてくる。彼女は今日の進行役でもあるので、時計と予定表とにらめっこだ。


 この日の為……という訳ではないけれど、分室でも手先の器用な人達を巻き込んで、薄型の腕時計を作ってもらった。


 小型の時計自体はあるんだけど、懐中時計で女子が持つものじゃないんだよね。


 なので、薄くて小さめな、女性が公の場で付けてもおかしくない、ブレスレットタイプの腕時計を作ってもらったのだ。


 既にヤールシオールが目を付けて、注文生産すると息巻いている。商魂たくましいよな。


「そういえば、ガルノバン兄妹はどんな感じ?」

「没交渉。何か動きがあるかと思ったけれど、静かすぎて逆に怖いわ」


 意外だね。動きがあるかと思ったんだけど。


「王女殿下は?」

「シェーヘアン公爵夫妻と一緒よ。公爵夫人から頼まれていたから一緒の部屋にしたけれど、ギンゼール王妃がそれに対して何も言わないのが、また不気味な感じ」


 おうふ。一触即発なのか、それともここで断絶するのか。いずれにしても、うちで何事かやらかすのは勘弁願いたい。

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