第717話 挨拶回り? は続く

 挨拶回りその二。王家派閥、序列上位の奥様方。


「女同士の付き合いは、きちんとしておきなさい」

「はい、シーラ様」


 本日は、王都にある庭園奥の建物でのお茶会。ここ、有料で誰でも使える場所で、こうしたお茶会にも使われる。


 招待されているのは、いつもの顔ぶれ。ゾクバル侯爵夫人ユザレナ様、ラビゼイ侯爵夫人ヘユテリア様。


 それと、狩猟祭以外では滅多に顔を合わせる事もない、ブーボソン伯爵夫人。


 この人、見た目からして厳格そうなんだよなあ。なので、私は苦手だ。


 とはいえ、今日は帰国挨拶の為のお茶会。苦手云々言っていられない。


「本日はこのような場を用意していただき、感謝いたします。無事、東の大陸から帰って参りました」

「お帰りなさい。向こうでは色々大変だったようね」


 ヘユテリア夫人、そう言いつつも、好奇心で目がギラギラしていますよ。全て話せという事ですね? 当たり障りのない部分しか、話しませんが。


「西に東に大活躍ですね。次は北か南かしら」


 首を傾げるのは、ユザレナ様。さすがに北や南には大陸はない……と思いたい。いや、島国とかなら、あるのかも?


『探しますか?』


 カストル、お茶会最中の発言その他には反応しなくてよろしい。


『承知いたしました』

「国の外に出るのはいいけれど、自領の事もちゃんと考えなさいね」


 返す言葉もございません、シーラ様。


 最後、ブーボソン伯爵夫人からも何かあるかと身構えていたら……


「無事のご帰国、おめでとうございます」


 だけ。


「あ、ありがとうございます」


 一挙に場の温度が下がった気がしたわー。




 お茶会の後、ちょっとシーラ様に呼ばれてアスプザット邸へ。


「公式としては、あの茶会の場を設けたからもういいでしょう」


 ここから先は、プライベートって事ですね。


 王都邸には、当然ながらロクス様とチェリもいる。チェリの子は、大分大きくなっていた。


「おお、大きくなってる」

「それはそうよ」


 笑うチェリ。この子は、既に王太子殿下のご学友に選ばれているそうだ。こんな小さい頃から?


 驚いたのは私だけで、シーラ様もロクス様も、当然チェリも当然といわんばかりの様子だ。


「アスプザットは王家派閥の筆頭でしょう? ロクス様はコアド公爵との仲もいいし。王家に近く、信用出来る貴族は貴重なのよ」


 なるほど。ちなみに、ヴィル様も実はレオール陛下のご学友という立場だったらしい。


 王都にいる間は、頻繁に王宮に出入りしていたんだって。で、ロクス様は現コアド公爵のご学友。


 学院に入ると、また違う人脈を築く事が多いそうだけど、入学前からのご学友はやはり特別なんだとか。


 王家だと、そうなるよなー。


「レラがこの子と近い年齢の子を生んでいたら、その子も選ばれたと思うわ。娘なら、きっと王太子妃候補となったでしょうね」


 チェリ、怖い事言うのやめてくれる?




 その後、アスプザット邸で和気藹々と過ごした後、デュバル王都邸に戻る。


「お帰りなさいませ、ご当主様」

「お帰りなさい」


 ルチルスとリラが玄関ホールまで出迎えてくれた。お出かけ用のあれこれを外してルチルスに手渡しつつ、奥の居間へと足を向ける。


 その最中、付いてくるリラをじろりと睨んだ。


「リラ、逃げたな?」

「何の話?」

「帰国挨拶のお茶会! 王宮へのご機嫌伺いも逃げられたし!」


 本当は、どっちも連れて行くつもりだったのに!


「王宮へは、ユーイン様も一緒だったでしょ? 私が入り込む隙はないわねえ。今日のは序列上位の夫人の集まりだもの。ゾーセノット家は派閥内序列上位とは言え、十位にも満たない家ですものー」


 言い方が軽いから、嘘だな。行きたくなかっただけじゃん!




 外出用の格好のまま居間のソファにダイブ。


「疲れたー」

「ドレス、皺になるわよ。着替えないの?」

「あーとーでー」


 今は着替えるだけの気力が湧かない。


「今日は慣れた人達ばかりだったんじゃないの?」

「ブーボソン伯爵夫人がいた」

「ああ」


 リラには、これだけで伝わったらしい。


「もしかして、以前のプレデビューの時の姪の話でも出た?」


 リラの言葉に、そういえばそんな事もあったなと思い出す。あれは、姪っ子がやらかしていた訳ですが。


 その後、唆した連中の方が重罪扱いになって、今では社交界でもその姿を見ないっていうからね。


 姪っ子の方は、どうなってんだ?


「ブーボソン伯爵夫人の口からは、やらかした姪っ子の事は何も出てこなかったよ」

「そう。なら、あの噂は本当っぽいわね」

「噂?」

「夫人、夫の姪っ子に当たるあの子の事、大分嫌ってるって話よ」


 ほう。リラの話によると、あの姪っ子は実の母親であるブーボソン伯爵の妹ですら手を焼く存在だったらしいが、それを妹ごと嫌っているのが、あの夫人……という噂。


 でも、夫の妹を嫌う妻は、割と多いよねえ。だって小姑だし。


 そんな事を口にすれば、リラから溜息が返ってきた。


「そういう問題じゃないのよ。婚家の人間とうまくやっていけないっていうのは、貴族家の夫人としては致命傷なの。しかも、ブーボソン伯爵家は王家派閥の序列が高い家。そんな家が、家内でゴタゴタしていると知れたら」

「知れたら?」

「これ以上序列を落とすか、最悪派閥から放り出されかねないわ」


 うわー、こわー。


 ブーボソン伯爵とその妹……あのやらかした姪っ子の母親は、年の離れた兄妹だそうな。


 間に何人か兄弟がいるそうだけど、妹という人は末っ子なんだとか。他の兄弟や両親からも、大分甘やかされて育ったらしい。


 とはいえ、本人の気質故か、我が儘には育たなかったから凄い。……その分、娘にいっちゃったような気がしないでもないけれど。


 で、どうもブーボソン伯爵夫人は、末っ子故のそのおおらかさというか、愛されて育った者特有の空気のようなものを苦手としているそうだ。


「ブーボソン伯爵夫人は、実家の長女だったし、長らく家の後継者として育てられたらしいわ」

「そうなんだ」


 オーゼリアでは、女性でも家を継げる。私がいい例だ。他にも、何人か女性当主がいて、社交界に出ている。


 ブーボソン伯爵夫人もそうなる……はずだった。


「夫人の実家は、お母様が早くに亡くなって、父方の祖父母が養育に関わったそうよ」

「もしかして、その後娶った後妻に男の子が生まれたとか?」

「正解」


 それまでは跡継ぎとして厳しく躾けられた夫人は、生まれた弟に家族の愛情を持って行かれ、家の跡継ぎという立場まで取られた。


 ……あれ? この構図、どっかで見たような。


「ちょっと、ギンゼールの王女殿下に似てるわよね」

「それだ!」


 彼女か。いや、あちらの場合、姉君様が弟王子を生んでいるから、腹違いにはならないんだけど。


「にしても、どこもそういう問題があるんだね」

「他人事のように言っているけれど、デュバルだって大分問題抱えていたんだからね?」

「あれ?」


 そうだっけ? ……そうでした。うち、祖父と実父がやらかして、そのツケを私が支払わされた形だわ。


 兄も親のエゴの犠牲者だしな。色々な事が重なって、奇跡的にいい結果に納まったけれど、確かに問題だらけの家だわー。

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