第716話 東からの帰還

 さて、ヒーテシェンの騒動を余所に、私達はオーゼリアに帰ってきた。いやあ、あのまま向こうで遺跡探ししても、あまり実りがないようだったから。


 ヒーテシェンで発掘されたヤバめな魔道具に関しては、カストルが一部回路を書き換えているので問題なし。


 ついでに研究結果も色々と改ざんしたそうだから、危険な魔道具は出てこないでしょう。大体、魔道具の動力源である魔力もないんだし。


 デワドラ大陸では魔力結晶が使われているし、西のイエルカ大陸でもそのうち使われ出すかもね。


 でも、東のカイルナ大陸に出荷する事はないんじゃないかな。少なくとも、レオール陛下にその意思はないらしい。


 この辺りの情報は、ヴィル様から。相変わらずリラが仕事で私と一緒にいる事が多い為、王都ではデュバル王都邸に帰ってきている。


 本人的には、ユーインと一緒の通勤が嬉しくないようだけど。そのくらいは我慢していただきましょう。


 ヴィル様も、デュバル王都邸の料理長が作る食事、気に入っているみたいだし。


 王家からいただいたゾーセノット邸は、オケアニス達がしっかり管理しているので、ご心配なく。




 オーゼリアに戻って日常が戻ったと思ったのもつかの間、季節はいつの間にか初夏に入っていた。


「王都も暑くなってきたなあ」

「そうね。そろそろ本領に帰る?」

「そうだねえ」


 夏が近づくと、王都の貴族達は皆自領に帰る。残るのは、領地を持たない貴族か、王都で社交を続けたい貴族くらいだ。


 王都邸の奥、庭園に面した小さな温室で、リラ、ヤールシオールと三人でお茶を楽しんでいる。


 温室という括りではあるけれど、ここは通年通して一定の温度と湿度を魔法で保っている空間だ。この時期、庭に出るよりも少しだけ過ごしやすい。


「本領にお戻りになるのでしたら、いくつか視察をお願いしたい場所がございます。エヴリラ様、予定に組み込んでくださらない?」

「承りましょう」


 ヤールシオールからの申し出に、簡単に首を縦に振るリラ。君達、そんなに私をこき使いたいのかね?


 正直、私が王都にいる意味はあまりない。本来なら、王都で社交に精を出すところなんだろうけれど、デュバルの名を冠してその辺りの付き合いを代行してくれているのは、ヤールシオールだ。


 デュバル御用達商会、ロエナ商会会頭である彼女の元には、商会と言い関係を築きたい各家からの招待状やら何やらが山のように届いているという。


「本当でしたら、ご当主様にお出でいただくのが一番なのですけれど」


 久々に会ったヤールシオールは、相変わらずきっちりした格好だ。


 彼女はちょっとつり目気味の美人だけれど、全体的に可愛らしさが前面に出てくるタイプ。なので、あまり気が強そうに見えないし、お高くとまっている印象も持たれない……らしい。


 そんな彼女は、笑顔一つで顧客を落とすと言われているそうな。


「一応、最低限の社交行事には顔を出しているじゃない」

「そうですわね。それすらやらないようでしたら、エヴリラ様に言って、色々対策を練っていただかなくていけませんわね」

「ぐふ」


 ヤールシオール、何て恐ろしい事を。


「それはともかく、東ですわよ東! 西からは色々な交易品がありましたけれど、東はいかがでしたか?」


 ヤールシオールの目が、らんらんと輝いている。ちらりと、同席しているリラを見ると、軽く肩をすくめられた。


「取り立てて珍しいものはなかったね」

「残念ですわ。東は西に比べると、魅力のない土地ですのね」


 そうとも言える。やはり、古代とはいえ戦場の傷跡が濃いからだろうか。


 ……違うな。多分、土地そのものが私との相性が悪い。何でかわからないけれど。


 それを考えると、西のイエルカ大陸は相性がよかったんだろう。


「東はおいておいて、西の運河建設、帝国国内の分は大分建設が進んだのよね?」

「そうみたいね。レネートが頑張ってるみたい」

「ふふふ、彼も頑張らざるを得ませんよねえ」


 リラの言葉に続いたヤールシオールの意味深な言葉。どういう事?


「ご当主様の耳には、まだ届いておりませんか。どうやら彼にも、春が訪れたようですよ」


 何ですとー!?




 女性にもてまくりで、その結果実家ごと仕えていた貴族家から追い出されたレネート。女性関係では、彼を巡るトラブルが絶えなかったんだとか。


 本人は、至って真面目な性格だし優秀な人間なんだけどねえ。


 そんな彼、我が家に仕えるようになって、初めて恋をした。相手は私とも馴染み深いジルベイラ。


 彼女、ペイロン伯爵家の分家の男爵家の娘。平民のレネートとは、身分違いになる。


 とはいえ、我が家の中でなら問題ないんだけれど……残念ながら、ジルベイラのお眼鏡には適わなかった。彼女もペイロンの女、筋肉は絶対条件なんだよね……


 振られる前にストーカーのようにつきまといをした為、物理的距離を取らされる羽目になった彼は、その優秀さでまずトレスヴィラジを改革。


 その後、帝国に送り込み、帝国からぶんどった領地での綿花栽培、それに関連した水の管理、周辺の運河建設、その運用管理などなどを任せた。


 その彼に、春が来たとな?


「相手は誰?」


 とっても気になる!


 私の質問に、リラとヤールシオールが顔を見合わせ、ヤールシオールが先に口を開いた。


「近頃、帝国に送った人材の一人と聞いてますわ」

「あー……覚えてるかわからないけれど、カイルナ大陸で救出した一人よ。キプシアック騎士爵家の娘で、今の姓はマガーイント」


 んー? 何か記憶にうっすらと……


「あんたがガラガラで新しい名字を授けた一人でもあるわ」

「ああ! あれか!」


 思い出した! 自分を売り飛ばした実家の姓を使うのは嫌だから、新しい名字がほしいって子達がいたっけ。


 で、オーゼリアの平民から名字を集め、番号を振ってガラガラを回したんだったわ。くじ引き最強。


「で、そのマガーイント姓の子と、レネートが?」

「ええ。お互い結婚を視野に入れているそうで、真剣なお付き合いのようよ」


 てか、そんな個人的な事まで報告しなくてもいいんじゃね?


 そう言ったら、ヤールシオールから反論が来た。


「何を仰るんです? ご当主様。主たる者、使用人の縁組みを考えるのも仕事のうちですわ。それを、ご当主様の許可なく相手を決めたレネートには、報告する義務があります。この場合、きちんと報告した彼が正しいんですよ」


 えええええ。そうなの?


 涙目になっていたら、リラが助け船を出してくれた。


「まあ、デュバルは余所と違ってその辺が緩いから、報告は事後でもよかったんだけれど。ただ、これでレネートが優秀だから、彼に嫁をとあんたが考えていた場合は、大変だったでしょうね」

「ああ……それはわかる」


 一応、私はレネートにとって恩ある人間であり、雇い主。そんな相手から縁談を持ち込まれたら、たとえ想う相手がいたとしても、断りにくいよね。


「そういうのを避ける為の報告でもある訳よ」

「な、なるほど」


 リラの言葉に、納得。さすがやり手のレネート、抜かりなしか。




 社交行事にはあまり顔を出さないとはいえ、王都にいる以上挨拶回りのようなものをしないといけないところがある。


 まず王宮。


「という訳で、ご機嫌伺いですう」

「相変わらず、王家の扱いが雑だな、侯爵」


 酷くね? ちゃんと帰国の挨拶もしたし、こうしてご機嫌伺いにも来ているのに。


 むくれていたら、レオール陛下に笑われた。


「まあいい。それで? 東はどうだった?」

「かなり腐敗していましたよ。一部はあれこれやって腐った部分を公表してきましたけれど」

「ヴィルから聞いている。国の上層部まで、犯罪組織の手が伸びていたそうだな」


 あれは、組織の手が伸びていたというか、上の人間が犯罪組織を作ってましたというのか。どっちだろうね。


「まだ訪れていない国が二つありましたけれど、ちょっと疲れたので戻ってきたんです」

「では、時期を見て残り二国にも行くのか?」


 うーん、どうだろう? 少し考えて、答えを出す。


「今のところ、その予定はないですね。西のカイルナ大陸程の魅力は感じません」

「ほう」


 街中で食べたものも、まずくはないけれど取り立てておいしいと思うものでもなかった。言ってみれば、普通?


 一応、カストルには引き続き向こうの大陸の調査は継続してもらっているけれど、この先も美味しい何かが出ない限り、もう行かないと思う。


 しばらくは、本領でゆっくり過ごそうかな。

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