第715話 拡散
カストルによる記憶改ざん実験。被験者は今回の被害者の中でも、特に状態が酷い三人。
一人は目の前で親を殺され、自身は攫われ娼婦に。その後、客が付きづらくなると下層……分散して襲撃した非合法娼館に払い下げられる。
そこでの生活は地獄そのもの。虐待なんて言葉で言い表せるものではなかったという。
改ざん内容は、両親は殺されたが、後で知らされた事に。売られて娼館で働かされたが、下層には払い下げられなかった。
客が付かなくなった頃から、娼館の下働きにさせられ、皿洗いをしていたとする。
これらを考えたのは、カストルだ。
「真実の中に嘘を混ぜると騙しやすくなると申しますし」
いい笑顔でこれを言う。
二人目は男性。彼の場合、結婚が早かったようで、妻と共に攫われた。見目がよかった彼は男娼に。妻の方も、同じく。
ただ、身ごもっていた妻は間もなく流産。その時に本人も命を落とした。それを、従業員に笑いながら告げられて、反抗するもあえなく失敗。
そこから下層に払い下げられ、虐待生活に身を置く事になる。
こちらも、程よく記憶を別のものにスライドし、生きる意欲を持たせるようにするそうだ。
「ところでカストル」
「何でしょう?」
「私がこの内容、知る必要ってあるの?」
正直、ここまででお腹いっぱいです。胸焼けしてます。
「あと一人分ですよ、主様」
うちの有能執事は鬼だった。笑顔で最後の書類を渡してきたよ……
三人目も女性。攫われた時、なんと九歳! それから、娼館でずっと客を取って暮らしていたという。
年齢的に、客が取れなくなると、下層へ。実は、三箇所同時に叩いた非合法娼館、それぞれにランクがあったらしい。
三番目の女性が送られたのは、その中でも最低ランクの場所。つまり、娼婦を殺さなければ何をやってもいいって店。
もうね、過去に遡って顧客全員地下での強制労働刑に処したい。幸い、私の手には顧客名簿もあるし、誰がどの娼婦とどんな「楽しみ方」をしたかが詳細に記載されている。
どうやら、娼婦と「遊び」の種類によって、値段が変わるシステムだったらしい。
「顧客名簿にある連中を、全員捕縛しますか?」
「お願い」
他国の人間だけど、これは社会的に抹殺する程度じゃ気が済まない。個人の感情からのただの私刑じゃないかって? そうですが何か?
それを出来る権力も能力も持っているんだから、やるに決まっている。何せ、加害者達は自分の持つ権力をフルに活用して加害していたのだから。
当然、この事実は公表する。本人だけでなく、家族も白い目で見られるかもしれないけれど、そこまでは責任持たない。
悪いのは、家族がいるのにバレないと思い込み、好き勝手な事をした加害者共だ。
恨むなら、そいつらを恨んでくれ。
「あ、捕縛するのなら、公表した後の方がいいかな?」
「そうなりますと、最悪ヒーテシェンの牢獄からの脱獄になりますが」
「奴らの罪が一つ増える程度だから、いいよ」
実際は違うけれど。でも、ヒーテシェンの司法にも裏組織が手を伸ばしていたようだから、いっか。
記憶改ざん実験の施術は、全てカストルが請け負う事になっている。
被害者の記憶は、魔法治療の際にネレイデスが読み取ったもの。ちゃんと彼等にも、魔法治療を施しているのだよ。
それでも、完治には十年以上掛かるのではないかという試算が出たので、今回の実験に踏み切る事にした。
また、記憶を改ざんする被害者は、三人共別の場所に送る事が決定している。
見知った人が誰もいない場所からの再スタートになるけれど、かえってその方がいいのではというのは、リラの発案だ。
「納得はしないけれど、記憶を書き換えるんでしょ? だったら、被害者同士は離した方がいいわ。カストルのやる事だからないとは思うけれど、お互いに離しているうちに過去を思い出すなんて事になったら、大変だもの」
同じ被害に遭った者同士、傷をなめ合うじゃないけれど、辛い過去を話し合うのは悪い事じゃない。
でも、そこから自分の記憶におかしな点があると気付いてしまったら。苦しむのは被害者だ。
幸い、うちには送り先がたくさんある。人の少ない土地もあるし、余所者だらけの土地もあるから、何とかなるでしょ。
非合法娼館にまつわるあれこれと、顧客名簿その他は、全てユントリードの大手新聞社を通じて公表した。
当然、時差はあれどヒーテシェン国内は大騒動になったらしい。
「何せ、元締めが老舗旅館の当主と跡取りですし、繋がりのあった犯罪者集団に手を貸していた議員や司法関係者の名前もオープンになりましたからねえ。それに、顧客には各界のセレブと呼べる者達が揃っています。中には、高潔で名を知られた裁判官もいたようですよ」
何をもって「高潔」と言うんだろうね? 笑っちゃうわ。
顧客はほぼ男性だったけれど、ほんの数人、女性も混ざっていた。これがまた有名な人物だったらしく、そこも大騒動の原因になっている。
何でも、ヒーテシェン社交界で名を知らぬ者はいないくらいの大物女性だったんだとか。どんな立場の人よ?
「実家が大手商会で、夫君が大統領を三期連続で務めた人物ですね。婚家は他にも多くの政治家を輩出しています」
つまり、実家と婚家の力を使い、好き放題にしていた女って事? しかもこの人、御年六十近い婆さんだってさ。
なのに、つい数日前まで男娼を買ってたってよ。お盛んだねえ。
「今回の件は、ヒーテシェンの政界財界にとって大きなスキャンダルとなるでしょう」
「当然だね。で、社会的地位を落としきった辺りで、地下工事現場にご招待しようか」
「承知いたしました」
こちらの大陸で、魔法を使える者はご先祖様関係以外にいない。もっとも、ランザさん達ももう魔法自体は使わないようにして、術式も封印しているそうだけど。
こちらでは、魔法を使わずとも生きていけるから。それが理由だそう。
そうだね。周囲の人が持っていない力を持つという事は、危ない事でもあるから。
他国の大手新聞社にすっぱ抜かれた形のスキャンダル。腐りきったヒーテシェンの司法もさすがに動かざるを得なかったらしい。
まず内部の腐敗人事を一掃し、何とか動けるようにしてから、顧客達を連日捕縛。
ヒーテシェンの場合、マスコミも大分犯罪者達に寝食されていたようなので、ここはこちらが手を貸し、またしてもユントリードの大手新聞社に連日逮捕劇を報じてもらった。
他国のスキャンダルに食いつくのは、新聞社としては思うところがあるかも? と思ったけれど、元々ユントリードという国は、ヒーテシェンの事が嫌いらしい。
国民感情のようなものがあって、ユントリードはヒーテシェンを図々しい国、ヒーテシェンはユントリードをお高くとまっていると思う人が多いんだとか。
まあ、一部接しているから隣国だしな。近い国って、そういうところ、あるよね。
おかげでヒーテシェンの一大スキャンダルを報じた新聞は売れに売れ、過去最高の発行部数になったとか。新聞って、そういうものだったっけ?
ともかく、ユントリードの新聞のおかげか、ユントリード国内のみならず、ヒーテシェン、ヒーテシェンの西側にある国スッターニーゼ、更にその西にあるハヴァーンまで拡散されたんだとか。すげーな、新聞。
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