第714話 選択

 あっという間に死屍累々の状態になる。死んでないけどねー。眠ってるだけだし。


 でも、威力は上げているから、多分このまま五日くらいは眠り続けるはず。


 その間、地下工事現場に連れて行き、強制労働の下準備だ。


「という訳でカストル、よろしく」

「お任せ下さい。必ずや、いい労働力に育ててみせます」


 え? いや、そこまでは望んでないんだけど。


 地下工事現場って、人形遣い達も嫌がるくらい過酷な現場なんだよね。人間、お天道様の下で動かないと、色々と支障が出るらしい。


 地下には、日の光が届かないからなー。




 入り口の労働力達はカストルが移動魔法でどこかに送ったので、人はいない。


 ただ、奥にある扉の向こうからは、人の気配が感じられる。


「あっちが本命だね」

「レラ、本当に行くのか?」


 ユーインから、予想外の質問がきた。


「もちろん。その為に来てるんだから」

「……女性達は、皆酷い状態なのだろう? 見るのはやめておいた方が……」


 ああ、そういう事か。


「カストル、ここから遠隔で催眠光線の補助って出来る?」

「問題ございません」

「んじゃ、一旦全員を眠らせるから、被害者達はどこかの別荘へ送って、医療特化のネレイデスに診させて。客及び従業員に関しては、地下に送っちゃえ」

「承知いたしました」


 被害者の状態は、後で報告が来るけれど、実際に見るより文字で読む方がショックは少ないからね。


 さすがユーイン、ナイスな判断だ。本人も、ほっとしてる。


「では、主様、よろしいですか?」

「任せて!」


 カストルの誘導で、催眠光線を扉の奥へ放つ。光線は扉をすり抜け、奥へ奥へと向かって行った。


 途中で分岐しても、光線の威力は落ちない。にしても、これ、奥が広いな、鰻の寝床か?


 てっきり地下だけに広がるものだと思っていたら、上にも広がっていたよ。叫び声とか、どう対処しているんだろう。


 あ、嫌な想像しちゃった。それも含めて、ネレイデス達がちゃんと回復してくれるはず。


 今更だけど、医療特化のネレイデスを用意しておいて、本当によかったー。




 非合法娼館から人を完全になくしてから、書類を漁る。事務所のようなところにまとめていてくれたから、助かった。


 ちなみに、この娼館には女性も従業員側にいたわ……そういや、最初の娼館でもそうだったね。


 彼女達は、攫われた訳ではなく、最初から娼館を束ねている奴の情婦だったらしい。同じ女性を食い物にするとは、世も末だね。


 もっとも、彼女達はこれまで甘い汁を啜ってきた代償として、地下での重労働が待っている。


 地下って、何故か事故も多いそうだから、頑張って生き抜いてくれ。労働力は大事にしているけれど、それでも消耗していくものだからさ。




 証拠書類の精査は船に帰ってから。まずはこの娼館の掃除が終わったので、帰る事に。


 船に帰ったら、コーニー達も戻っていた。


「お帰りなさい、レラ」

「ただいまコーニー。そっちの方が早かったんだ?」

「そうみたい」


 上機嫌なところを見ると、大分暴れたようだ。ストレス発散って、大事よね。


 その分、ヴィル様が凄い渋い顔をしているけれど。イエル卿はコーニーに怪我がなかったから、他はどうでもいいらしい。


 ごめんなさい、ヴィル様。でも、あのバカップル二人にポルックスだけだと、絶対やり過ぎると思ったから。


 少しでも常識を持ったストッパーが欲しかったんです……


 私達のところもやり過ぎチームだし、ヘレネは完全にやらかすタイプだし。コーニー達も、ヴィル様がいなかったら多分相手を殲滅していたんじゃないかなあ。


 そんな事を考えていたら、ヘレネも戻ってきた。


「ただいま戻りましたあ」


 凄く、楽しんできましたって空気。肌艶までいいのは、どういう事?


 ちょっと引いていたら、ヘレネがくるんとこちらに向き直った。


「あ、主様。被害者達は全員、そちらと同じ別荘に送りました。ネレイデスがきちんと診てくれるそうです」

「そう、よかった。ええと、コーニーの方も……だよね?」


 問うと、こちらもいい笑顔が返ってくる。


「ええ、ポルックスが万事うまくやってくれたわよ」


 あのポルックスが? 本当に?


『主が酷いー』


 あれ? 君、私に念話を飛ばしていいんだっけ?


『ついさっき、カストルから許可が出ましたー。ネドンご夫妻が担当なさった娼館でも、被害者と加害者に分けて送ってます。被害者の内訳は、後程報告書にて』


 おう。こんな事まで書類で来るのか……いや、被害者が多数なんだから、必要な事だね。




 三箇所同時襲撃の夜から、明けて翌日。夕べの騒動はまだヒーテシェン上層部には知られていないらしい。


 ただ、普段なら帰宅しているはずの「客」が一人も帰宅していない事で、一部に疑惑が持ち上がっているそうだ。


「疑惑?」

「はい。ギュンバイ一家が、彼等を裏切り顧客を誘拐、身代金を要求しているとか」


 はて? ギュンバイ一家は全員まとめて地下工事現場だし、顧客の方も似たり寄ったりだ。


 特に後半の三箇所の顧客は、かなりきつい現場に送られているんだとか。被害者の事を考えれば、当然だね。


 前半と後半、合わせて四箇所の非合法娼館の被害者達は、全員売られた訳ではなく、誘拐された犯罪被害者と判明。


 やはり、あのギュンバイ一家が攫っていたそうだ。


 特に後半の娼館では、常に「商品」が不足する事態になるので、地方……希に国境を越えてまで「商品調達」に出ていたらしい。


 もうね、これだけでお腹いっぱい。胸焼けしそう。


「ヒーテシェンの上層部って、どのくらいまで食い込んでいたの?」


 私の質問に、カストルは顔色一つ変えずに答える。


「司法の場には、大分食い込んでいたようです」

「おうふ。駄目じゃん」


 取り締まるべき側が、犯罪者とがっつり手を組んでいたらどうしようもない。


 今回、その証拠も見つかっているので、まとめてユントリードの三大新聞社に投書しておこうと思う。


 国外に恥をさらすといい。


 それにしても、本当に非合法の娼館ってのはろくでもない。いや、合法ならいいのかと言われそうだけど。


 三箇所同時襲撃した娼館からは、本当に酷い状態の女性……中には男性もいて、医療特化のネレイデスが大忙しだという。


 カストルは、報告書にもある内容を口頭で説明する。


「全員に共通しているのは、栄養が不足している事ですね。劣悪な環境下にいたせいか、皮膚疾患や内臓へのダメージも見受けられます」

「きちんと手当してあげて」

「承知いたしました。中には、魔法治療が必要な者達もいるようですが」


 そりゃそうだろうね。幸い、ネレイデスは魔法治療も行えるから問題ないはず。


 カストルは、まだ何か言いたそうだ。


「何かあるの?」

「魔法治療は、今のところ不完全です。完治出来ない者も、出てくるかと」


 それだけ、過酷な境遇にあったって事か……


「出来る限りの治療をする以外、手はないんじゃない?」

「主様、一つ、試したい事があるのですが」


 何か、悪い予感。




 人の記憶というものは奇妙なもので、見た事もない事を脳内で作り上げる事がある。


 その場にいない人を、さもいたかのように覚えていたり、行った事もない場所に行った事があると覚えていたり。


 記憶は格納する細胞があって、そこまで辿り着くシナプスで繋ぐだけ。忘れているのは、シナプスが繋がりにくくなるだけとか。


「今回の場合、記憶を格納しておく細胞そのものを消去し、偽の記憶で上書きしますので、辛い経験を思い出す危険性は皆無です」

「いや……どこでそんな実験してたのよ……」

「もちろん、地下工事現場ですが、何か?」


 にこやかに人体実験してましたと言われた私の感情を、少しは配慮してほしい。


 地下に連れて行き、反抗的な者達にはこの疑似記憶で人工的にトラウマを植え付け、指示する側に逆らえないようにしているそうだ。


「隷属魔法は国の法に触れますが、こちらでしたら触れません」

「いや、確かに法に触れてはいないけれど」


 そもそも、人間相手にそんな危ない術式を使うなって言ってんですよ。


 とはいえ、カストルが言う理論が本当なら、確かに魔法治療より有用かも。


 魔法治療って、あくまで辛い記憶を思い出しにくくし、思い出しても薄くする事を目的としている。


 時間薬という言葉があるけれど、その時間を人為的に早めたようなものだ。


 でも、カストルの持ち出した疑似記憶は、そもそも辛い思いをした記憶そのものを別のものに置き換えてしまうというもの。体験した事をなかった事にしてしまうものだ。


 カストルは、今回の被害者達で、特に酷い状態の者達に使ってはどうかと提案してきた。


「魔法治療を使っても、完治は見込めない者達です。ならば、偽物でもまだましな記憶を植え付けて、日常の生活に戻れるようにした方がよろしいのではありませんか?」


 悪魔の誘惑って、きっとこんなのだと思う。

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