第710話 ありがとー

 この部屋に逃げ込んだ男達はすっかり戦意喪失しているけれど、親玉はまだ元気だ。


「てめえら! とっととこの女達を叩きのめせ!」


 いや、そこにいる彼等、つい先程目の前でお仲間が叩きのめされる光景を見ているんだよねー。


 なので、いやいやしながら親玉の命令通りには動こうとしない。


 それもまた、親玉の怒りを煽ったらしい。


「腑抜けどもめ! 後でまとめて制裁してやっからな! け! どこのどいつか知らねえが、ギュンバイ一家に楯突いたのが運の尽きと思え!」


 吠えた親玉は、寝台脇から鬼が持つような金棒を取り出して寝台を下り、ぶんぶんと振り回した。すっぽんぽんで。


 ちらりとコーニーを見ると、げんなりしている。


「あれ、殴る?」


 小声で聞いてみたら、嫌そうな顔をされた。


「手が汚れそう」


 なら、魔法一発かな。どうせ全員、地下工事現場に放り込むし。


 こちらがやり取りしているのを隙と見たのか、親玉が金棒を振りかぶった。


「おりゃあ……あああああああ!?」


 当然、金棒は結界に阻まれる。ついでに、はじき返す術式も追加しておいたので、盛大に後ろにこけている。


 場所が悪かったのか角度が悪かったのか、寝台の天蓋を支える柱に激突し、そのまま意識を失ったらしい。


「しょぼ」


 悪党一家の親玉のくせに、なんというショボい最期なのか。あ、まだ死んでなかったわ。




 男共はカストルに任せ、被害者女性を救助して回った。地下室、どこも女性が三人から四人いたよ……


 何でも、地方で攫われた後、ここに連れてこられたらしい。セボンドには非合法の娼館がいくつもあって、そこに売られる予定だったんだとか。


 てか、非合法の娼館がいくつもあっちゃ駄目だろ。


 ギュンバイ一家のアジトで女性を見つける度に、カストルから受け取った情報をコーニーと共有していたら、彼女がにやりと笑う。


「なら、次は非合法の娼館を潰さないとね?」

「まだやるんだ?」

「当たり前でしょ!? 足りないわよ!」


 コーニーは、悪党の血に飢えているらしい。


 とはいえ、その前に越えなきゃいけない壁があるのだが。


「コーニー、イエル卿はまだしも、私はユーイン、コーニーはヴィル様を説得する必要があるよ?」

「あら、兄様程度、軽い軽い」


 末っ子長女、恐るべし。




 船に無事戻ると、やはり待ち構えてましたよ、ユーインとヴィル様が。腕を組んで仁王立ち。ポーズを揃える必要、ないと思うのだが?


「やっと帰ってきたか」


 ヴィル様の口から、低い声が出て来ましたー。時刻は深夜三時。明け方って言った方がいいかな?


 ちなみに、私の催眠光線を解除したのはニエールでした。あいつ……とうとう解除方法を開発したのか?


『問題ありません。ニエール様の周囲には、何とか眠らせようと考える者が多いですから。そして、今回使った術式は、眠っている当人には使えません』


 ならいっか。


 いやよくないよ。目の前のユーインとヴィル様が、消える訳じゃないんだから。消えても困るけれど。


 どうしようと内心アワアワしていたら、コーニーが前に出た。


「あら、兄様。こんな時間まで起きているだなんて」


 気のせいかな。耳に闘いのゴングが鳴り響いた気がするよ?


 笑顔のコーニーに対して、ヴィル様は思いっきり眉間に皺を寄せている。


「どこぞの暴れじゃじゃ馬が二頭、船から消えていたからな。今までどこに行っていた?」


 暴れじゃじゃ馬!? じゃじゃ馬だけでいいのでは!? いや、馬に例えられるのも嫌ですけど!


 コーニーはどんな反応を示すのかと固唾を呑んでいたら、何と可能は溜息を吐いた。

「……兄様、一体いくつになったのかしら?」

「はあ?」


 いや、私も「はあ?」ですよ。ヴィル様の年齢くらい、コーニーだって知ってるはずなのに。


「お前は何を――」

「いい年をした男が、とっくに嫁に行っている妹に対して、随分と過保護ですこと」

「……」


 うわあ、ヴィル様がすっごい渋い顔。まさかこういう反論をされるとは、思ってもみなかったんだろうな。


「ついでに言っておきますけれど、レラは他家の当主でしてよ? その彼女の行動に、口を差し挟む権利を持っているのは、一体誰でしょうね?」


 あ、今度はユーインが苦虫を噛み潰したような顔になった。


 ユーインは私の夫だけれど、私の行動にあれこれ言える立場では、実はない。


 デュバル家当主の婿ならば、当主のやり方に口を出せないし、第一ユーインは正確には「婿」とも言い難い立場だ。


 これは家の問題等があるので、仕方ないんだけれど、彼はまだ実家であるフェゾガン家の嫡男だからね。


 ユーインパパが何かの理由から現役を退いたら、ユーインが「フェゾガン侯爵」になる訳だ。


 で、ここからが問題。ユーインが私の行動にあれこれ言うって事は、対外的には「夫が妻を心配して」言ってるのではなく、「次期フェゾガン侯爵が現デュバル侯爵に対して」ものを言っている事になる。


 まあ、ここでのあれこれを表沙汰にすれば、なんだけど。コーニーは見事にそこを突いてきた形だね。


「さて、何か言いたい事はあって?」

「……イエル、お前からは何もないのか?」


 あー、ヴィル様、イエル卿に投げちゃったよ。


「え? 俺? うーん……次からは、俺もちゃんと連れて行ってほしいなあ。口は出さないから」


 うん、見事に悪手となりましたー。まあ、イエル卿だしね。ユーインは頭を抱えているけれど、ヴィル様は予想した通りの結果にならなかった事に、さらに凄い顔になっている。美形が台無し。


 そんな兄に頓着せず、コーニーの視線は既にイエル卿だけに向けられていた。


「ごめんなさい、イエル。あなたはただ、兄様達の巻き添えになっただけなんだもの」

「いいんだよ、コーニー。君が満足出来たのなら」

「それがね! もう、てんで歯ごたえのない連中ばっかりだったのよ! でも、非合法の組織が他にもあるっていうから、今度はそっちを叩くつもり。その時は、一緒に行きましょう」

「ぜひ!」


 うん、私は一体何を見せられているんだろうね?




 ともかく、コーニー達バカップルのおかげで毒気を抜かれたユーインからは、「危ない事は極力しないでほしい」という、大変控えめなお願いをされた。これはコーニー達のおかげって事で、いいのかな?

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