第705話 さらばガルノバン、また会う日まで

 ガルノバンの朝は清々しい。そんな中、大変清々しくない人が、目の前にいます。


「アンドン陛下、目の下真っ黒ですよ? 眠れていないんですか?」

「寝る時間もなかったんだよ……何だあの書類の山……」


 うお、聞きたくないワードが。でも、朝食の席だから逃げられない!


 その後もアンドン陛下の愚痴大会になるのかと思いきや、正妃様がにこりと微笑んだ。


「まあ陛下、そのような話、お客様にするものではありませんよ?」

「え? いや、でも、こいつらは――」

「陛下。大事な隣人であるオーゼリアのデュバル侯爵に対し、『こいつら』とは何ですか」

「も、申し訳ございません!!」

「後で、ゆっくりお話ししましょうね?」

「は、はいいいいいいい」


 アンドン陛下、イキロ。




 朝食の後は、少しのんびり過ごす。王女殿下は、現在シェーヘアン公爵家に移っている。夫人の強い希望だそうだ。


 もういっそ、そのままシェーヘアン公爵家の娘になっちゃえばいいんじゃないかな。そういえば、チェリのお兄様って、まだ相手がいないんじゃなかったっけ?


 モテない訳ではなく、家の色々なしがらみから、決めかねているんだとか。一時期のヴィル様のようなものか。


 もーさー、いっその事王女殿下を嫁にしちゃえばー? 従姉妹だと、ちょっと血が近すぎるかもだけど、何代も繰り返さなきゃ何とかなるでしょ。


 割り当てられた部屋でそんな事を口にしたら、隣のリラが怖い目になった。


「あんた……それ、王女殿下の問題が面倒だからシェーヘアン公爵家に丸投げとか、考えてないでしょうね?」

「ソ、ソンナコトハナイヨ?」

「信用ならん」


 酷くね? コーニーは我関せずだし。


「だって、レラとリラの会話だもの。私が介入する必要、ないでしょ?」

「コーニーが冷たい」

「冷たいんじゃなくて、冷静なだけよ」


 私の味方は、どこにもいないのか……




 ガルノバン滞在は三日の予定。今日が二日目だから、明日にはオーゼリアに帰る。


 と見せかけて、再びカイルナ大陸に行く予定だ。


「ヴィル様はどうするんだろう?」


 つい口から疑問が出たら、リラからの回答がきた。


「あの人はあんたのお目付役でもあるから、同行するわよ」

「えー……」


 何それ。一緒に楽しむ為じゃないのー?


 私のぼやきに、リラが溜息を吐く。


「あんたねえ……国内での自分の立場、思い出しなさい。陛下が東大陸行きを認めたのも、下手に禁じると国を放り出して勝手に飛び出しかねないからよ」

「そんな事、しないのに」

「信用がない証拠ね」


 おかしくないか? 今までだって、ちゃんと周囲の言葉通りに頑張ってるのにー。


「もうちょっと信じてくれてもいいのよ?」

「それは私も少し思うわ」

「少しなんだ?」


 それもどうなのよ。私の不満に、リラが鼻で笑う。


「毎回国外でやらかしている事がやらかしている事ですからねえ? 今回も、東大陸で国が一つ二つ滅んでも、おかしくないと私は思ってるわよ?」

「え……いや、さすがに国は滅ぼしてない……と思う……んだけど」


 西の大陸では、色々やりましたねえ。小王国群に関しては、あそこは常に国が興ったり滅んだりしている場所だから。


 レズヌンドが滅んでも、私のせいじゃない。


 ヒュウガイツやトリヨンサーク、ギンゼールは滅ぶところを救った感じじゃないかね?


「なのに、酷い言われようだわー。悲しいわー」

「ギンゼールでは王家の遠縁の公爵家を潰す遠因になったし、トリヨンサークでも権勢をふるっていた貴族が潰されたわねえ。ヒュウガイツにいたっては、国王そのものが交替になったっけ」


 でも、国は滅んでないじゃん。




 ガルノバン滞在は、休養の意味もあるので、あまり出掛けず王都の迎賓館で静かに過ごした。


 カストルには、ガルノバンの景勝地までのルートを色々と調べてもらったけれど。


 やっぱり、道路整備を考えないと駄目かも。その辺りは、アンドン陛下に投げておこうかな。


「デュバルで工事はなさらないのですか?」


 カストルからの質問に、ちょっと考える。


「さすがに、フロトマーロのようにはいかないと思うんだよねえ。こういう事は、やっぱり国に任せようと思うんだー」

「面倒になったんですか?」


 カストル、主の本音を言い当てなくてもいいのよ?


「とはいえ、確かに余所の国の道路事情まで改善して差し上げる必要はありませんね。タリオイン帝国とは訳が違いますし」


 あそこは道路ではなく、水路だけどね。それも、もらった土地に水を運ぶのが元々の目的だよ。運河はついで。


 そのついでで、ゲンエッダから帝国を経由してブラテラダまでの輸送網を作った。半分くらいは、ミロス陛下のおかげかも。


 一緒に行動していて、身内感覚でいられる人は貴重だもの。現に、ミロス陛下のお兄さん達とはそこまでじゃない。


 やっぱり私も人間だから、好ましい人には色々と便宜を図っちゃうのよ。またミロス陛下は、そういうのを見越して行動する人じゃないし。


 そんなところも、人として好ましいね。


 じゃあ、ガルノバンはどうなんだって話だけれど。


「ここはアンドン陛下に頑張ってもらおっかな」

「ミロス陛下と比べると、アンドン陛下は扱いが雑ですね」


 それは仕方ない。元日本人って親しさはあるけれど、言っちゃえばそれだけだ。


「今後、車だけじゃなく道路事情の改善もきちんとやってくれたら、鉄道での新規ツアーの開拓をすればいいんじゃないかなー」

「承知いたしました」


 何事も、おんぶに抱っこはよろしくない。いや、タリオイン帝国では結構それをやったけれど。


 あの国では、こちらを襲撃してきた人間を大量に捕縛したからなあ。それが揃いも揃って国の上層にいる連中とは、思わないじゃなーい?


 結果的に帝国の大掃除が終わった訳だけれど、国の運営は大変になったからね。悪い連中でも、それなりに国家運営には力を振るっていた訳だし。


 それらを潰した分、運河網とそれに連なる水の供給を行うんだから、悪く思わないでほしい。


 ただし、水はタダではやらないけどな!




 翌日、早朝にガルノバンを出立する。


「名残惜しいですが、仕方ありませんわね」

「また、温泉街にも遊びにいらしてください」


 見送りに出てくれた正妃様に、温泉街アピールをしておいた。あそこ、正妃様も大分気に入ったようだから。


 私の言葉に、正妃様はコロコロと笑う。


「ええ、ぜひ。それに、船旅も経験してみたく思います」


 ああ、クルーズツアーですね。いつでも予約、お待ちしております。


 見送りにアンドン陛下の姿がないのは、朝から書類仕事に縛り付けているからだって。


 どうやら、苦手だけれど国王としてやらなきゃいけない仕事をさせる事が、陛下に対する罰なんだとか。


 それ、やって当たり前の事じゃね? 口には出さないけれど。


 だって、私の隣にはリラがいる。下手な事を言ったら、私のところにまで書類の山が届いてしまうよ。


 今のところ、ズーインが色々といい仕事をしてくれているけれど、いつまた私のところに書類が大量に回ってこないとも限らない。


 リラは、怒らせないに限る。


 その彼女は、正妃様とにこやかにやり取りしている。けれど、その手には分厚い書類が。


 あれ、報告書なんだろうか。


 最後に、二人して熱い握手を交わしているよ。あの二人、怖いから近寄りたくないわー。


 王女殿下の姿もない。彼女は、しばらくシェーヘアン公爵家に滞在するってさ。それがいいと思う。


 公爵夫人は血の繋がった叔母だし、アンドン陛下よりは彼女の心に寄り添ってくれるでしょ。


 シェーヘアン公爵夫人は、ギンゼールの姉君様よりは「母親」として優秀そうだしね。


 ここで心の力を蓄えて、ギンゼールに乗り込むもよし、このまま関係を断ち切るもよし。好きに選ぶといいんじゃないかな。

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