第704話 懐かしい顔ぶれ
お茶会の場所は、庭園を望むガラス張りの部屋……コンサバトリーでいいのかな。そんな感じ。
うちの王都邸にも近いものを作ってあるけれど、こことは規模が違う。うちのはあくまで個人の邸宅。ここは王宮の一部だからね。
「ようこそ、皆様」
にこやかに迎えてくれたのは、ガルノバンの正妃ヘーテケリア陛下。たおやかな見た目だけれど、何となくシーラ様に通じるものを感じる。
「ちょっと、お母様を思い出すわ」
隣のコーニーも同じ事を感じたらしい。扇の陰でこっそり耳打ちされた。だよねー。
席について、早速和やかな話を……と思ったら、正妃様にいきなり謝罪されてしまいましたー。
「公式の場では出来ませんから、私的なこの場を借りて、オーゼリアの方々には心からの謝罪を」
これに慌てたのは私の方だ。一国の正妃……つまり王妃様に、頭を下げさせるなんて。いくらこの場が私的なものだとしても、駄目でしょ。
「頭をお上げ下さい! 正妃様」
「そうですよ。謝罪の内容は、アンドン陛下に関する事ですよね? なら、ご本人に償っていただきましょう」
あれー? リラの笑顔が怖いよー?
「それもそうですね。ゾーセノット伯爵夫人、どうぞ、存分に」
「ありがとうございます」
アンドン陛下、イキロー。
お茶会は、アンドン陛下に対する愚痴大会になりました。何でだろうねー?
「本当にあの人は! 勝手に国を空ける事の重大さを、今もわかっていないのですよ。本当に、どうしてくれようかしら」
「わかります。こちらがいくら言っても、予告なく来るんですから。そんなにほいほい宿が空いてる訳ないんですよ。その度に調整させられる従業員が大変で」
「本当に、面倒ばかり掛けてしまって。ええ、お好きなように料理なさるとよろしいわ。私も父も手を貸しますとも!」
「心強いお言葉、痛み入ります。正妃陛下の許可も得られた事ですし、手加減なしでやらせていただきますね」
「まあ、いつまでも正妃だなどと。私の事は、ヘーテケリアとお呼びになって」
「身に余る光栄です。私の事も、どうぞエヴリラと――」
「あら、私はリラと呼んではいけませんの?」
「う」
「ふふ、これからは、リラさんと呼ばせてちょうだいね」
「お、恐れ入ります……」
おおう。正妃様、強えええええ。リラが負けたよ。
その後も、愚痴というかアンドン陛下への制裁というか、そんな事の話し合いの場になってたわ。
うん、アンドン陛下、頑張れー。
内心、遠い目になりつつあったら、正妃様がお茶を一口飲んで話題を変えた。
「時に、クーデンエール様。この先、どうなさいますか?」
「え」
「陛下は、しばらくガルノバンに滞在させるつもりでいます。もちろん、私達に否やはございません。あなたは、このガルノバンの王家の血を引く姫なのですから」
王女ではなく、姫……ね。
ガルノバン国内では、「王女」、つまり王家の娘としての扱いはしないけれど、姫……王族の娘としては扱うって事かな。
この辺り、微妙で国ごとに違うからややこしいのよ。確か、ガルノバンは王女と姫だと、称号としてはっきり区別されてたはず。
王女殿下の方は、まだ心が定まっていないらしい。
「もう少し、考える時間が欲しい……です」
「もちろんです。自分の将来を決めるのですから、考え過ぎるという事はございませんよ。では、その間はガルノバンに滞在するという事で、よろしいですね」
「あの!」
あれ? 話が決まりかけたと思ったら、王女殿下は何か主張したいらしい。
「滞在先は、侯爵のところでは駄目ですか?」
「あら」
「え?」
びっくり。王女殿下は、縋るような目でこちらを見てくる。ええと、それはデュバルに滞在したいという事かな?
ちらりとリラを見ると、眉間に皺が寄っている。まあ、そうだよね。
王女殿下には可哀想だけれど、厄介事しか抱えていない彼女を受け入れるメリット、うちにはないんだよなあ。
ちょっとここまで、甘やかし過ぎたかも。んじゃ、この辺りで現実を見てもらいましょう。
「デュバルで、何をなさるおつもりですか?」
「え?」
意外な事を言われたと言わんばかりの態度だねえ。まさか、安穏とデュバルで過ごせると思った?
まあ、王女殿下の滞在費を、ガルノバンが肩代わりしてくれるのなら、考えるけどー。
でも、今は違う方面から攻めてみよう。
「以前も言ったと思いますが、我が領にいらっしゃるなら、何か仕事をしませんと。下々の言い方を借りるなら、自分の食い扶持は自分で稼げ、ですよ」
「仕事……」
「王女殿下も、もう成人して数年経ってらっしゃいますね? ギンゼールでもお勉強はなさっていたでしょう。何か、得意なものはございますか?」
「……」
だんまりか。得手不得手をきちんと把握しておくのも、大事な事だよー。
ちなみに、私の得手は魔法でーす! 不得手は書類整理だよ! 最近は、紙を見るのも嫌になる。
王女殿下は、黙ったまま俯いている。そのまま時間が過ぎるかと思ったけれど、正妃様が助け船を出した。
「いきなり聞かれても、即答出来るものでもないでしょう。クーデンエール様。しばらくは、ガルノバンでその、得手不得手というものを考えてみてはいかが?」
「……はい」
「侯爵も、それでよろしいですね?」
「もちろんです」
ただし、王女殿下が答えを出すまで、待つとは言ってないけれど。
だって、またカイルナ大陸に戻ってヒーテシェン国内の遺跡を探る仕事があるしー。
それに、遺跡から発掘済みの魔道具があったら、そちらもどうにかしないとならないしね。
その日の夜は、私的な晩餐会。さすがに同盟国の侯爵が来ている以上、放っておく訳にもいかないんだってさ。
いや、放置でいいんですが。
でも、嬉しい再会もありましたー。
「タシェミナ様」
「お久しぶりでございます、デュバル侯爵閣下」
そういえば、ガルノバンで彼女と会った頃は、まだ伯爵だったっけなあ。その後の陞爵の事は、こちらにも情報として届いていたようだ。
そしてもう一組、懐かしい顔が。
「久しぶりですね、デュバル女侯爵」
「お久しぶりでございます。シェーヘアン公爵閣下、夫人」
そう、シェーヘアン公爵ご夫妻。チェリのご両親でーす。
そういえば、この人達は王女殿下の叔母夫婦でもあるんだった。改めて、公爵夫人は「あの」姉君の妹なんだなあ。
アンドン陛下には、他にも弟がいるって話だけれど、二人共ギンゼール国境付近にいるらしく、すぐには呼び戻せないらしい。
王位に興味がない二人なので、生涯軍人として生きると決めているんだとか。王位争いにならないのは、いい事……なのかな?
そのシェーヘアン公爵夫人は、懐かしそうに王女殿下と対している。
「初めまして……ですね。でも、初めて会った気がしませんよ」
「ヴァッシア叔母様……ですね。初めまして。クーデンエール・オノア・シトヤーシルです」
「本当に、姉様にそっくり」
ああああ、公爵夫人。その言葉は、今の王女殿下には鬼門かもー。でも、王女殿下は曖昧な笑みを浮かべるだけで、ヒステリーは起こさなかった。
カイルナ大陸でのあれこれは、何か得るものがある体験だったのかもね。
晩餐会は和やかに進み、色々と話を聞けて楽しかった。
「では、無事夫君を得られたのですね」
「はい。跡継ぎも生まれまして」
おっと、これはあまり突っ込まない方がいい話題だな。ちなみにタシェミナ嬢……おっと、もう夫人か。夫君は同じ伯爵家の三男坊だってさ。
ここでも三男……リラとコーニーが、笑いを堪えているのが見える。ムキー。
ジェファード伯爵は、生まれた孫に夢中でとっとと爵位をタシェミナ夫人に譲りたがっているんだとか。
それを押しとどめているのが、婿殿だそうですよー。
「タシェミナ様、愛されてますね」
「まあ、そんな」
そう言いつつも、嬉しそうに頬を染めている。いいねえ、夫婦円満。いや、うちも一応円満のはず……よ?
リラのところもなんだかんだでいい関係を築けているし、コーニーのところは万年バカップルだし。
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