第702話 仕事しましょう

 遺跡から船に戻り、皆は自由時間となった。私はカストルと執務室へ。リラを同席させなかったのは、遺跡内にある遺体の事を話していないから。


 カストルによると、あの地下研究所で研究されていたのは、魔法薬だという。


「その上澄みを、ベクルーザ商会は手に入れたのでしょうね」


 淡々と話す姿には、あの商会へのいかなる感情も感じられない。


「魔法薬って、やっぱり毒薬とか?」

「だけではありません。ですが、やはり戦場で使う事を想定していたのでしょう、毒関連は多かったですね」

「もしかして、中で亡くなっていた人達って……」


 自分達が開発した毒で死んだとか? 事故でも起こって研究所内に毒が蔓延とか、ありそうなんだけど。


 でも、カストルは否定した。


「使われている毒の種類が違います。研究所で研究されていたのは、あくまで魔法薬……魔力を込めた薬です。ですが、彼等に使われていたのは自然毒に近いものでした」

「自然毒……植物とか、動物由来って事?」

「ええ。遺体の状態から見て、即死に近かったのではないかと」


 猛毒じゃない。そんなもので、研究所の人間を全滅させるなんて。


 誰が何の為に彼等を毒殺したのか。今の私達にわかる事はない。この先は、せめて彼等の死が貶められないよう、全てを隠すだけかな。




 ユントリード内の遺跡は、ほぼ全て地下の工場の上に、何かしらの発掘品があった程度……だそうな。


 地層の感じから見て、地下工場の上に販売店のようなものを置き、そこが壊れて土に埋もれた結果、遺跡になったのではないか、というのがカストルの読みだった。


「そう考えますと、工場に関わりのあるものがその上層部で見つかる事も頷けます」

「うーん。まあ、その辺りは……ね」


 本当かどうかは、この国の考古学者にでも任せておくとしよう。


「とりあえず、ユントリード国内にめぼしい遺跡はないと思っていい?」

「はい。ザレアギー、ダシアイッドの遺跡も、ほぼ調べ尽くしたと言っていいでしょう」

「となると、残りは」

「ヒーテシェン、もしくは更に西の国々の遺跡ですね」


 まあ、最初から一番怪しいのはあの国……ヒーテシェンの遺跡と思ってたから、想定内だわな。


 でも、その前に一度、オーゼリアに帰ってアンドン陛下と王女殿下を送り返したい。


 これ以上付き合わせるのもねえ。


「アンドン陛下は銃の遺跡を見て満足しただろうし、王女殿下はそろそろ帰国して親とやり合うもよし、話し合うもよし」

「その結果、オーゼリアに家出してきた場合はどうなさいますか?」

「面倒は王宮に押しつけよう」


 いくらギンゼールの王族とはいえ、私が面倒を見なきゃいけないいわれはない。


 いや、現在進行形で面倒見てるけどさ。それってある意味、アンドン陛下絡みだしなー。




 朝食はバラバラの時があるけれど、船での夕食は必ず皆揃って席に着く。なので、大事な事はこの場で言うようにしているんだ。


「ユントリードの遺跡も、めぼしいところは全て行ったので、そろそろオーゼリアに帰ろうかと思います」


 何故か、私の発言でその場がしんと静まりかえる。でも、負けない。


「特にアンドン陛下。あまり長い事国を空けるのは、よろしくないのでは?」

「え? いや、それはいつもの事だし」


 いや、いつもの事って、それ駄目なやつじゃん。


「それと、王女殿下」

「あれー? 俺の発言は無視ー?」


 うるさいよ、おっさん。


「王女殿下も、ギンゼールに帰って身の振り方を決める頃ではありませんか?」

「それ……は……」


 反論しようとしたけれど、しきれなかったね。


「王女殿下ご自身も、わかってらっしゃるんでしょう? このままではいけないと」

「……」


 王女殿下は、俯いて無言だ。帰りたくない気持ちはわかるけれどねー。いつまでも宙ぶらりんはよくないよー。


「クーデンエールに関しては、俺と一緒にガルノバンに連れ帰る」

「え?」


 おや。アンドン陛下が意外な助け船を出したねえ。王女殿下が驚いているところをみると、本人にも報せていなかったな。


 姪とはいえ、他国の王女を預かるんだから、ガルノバン国内の意思はまとめているんだろう。


 もし思いつきでこれを言っていたら……正妃様や宰相様が怒りそうだなあ。


「正直、今のギンゼールにクーデンエールを戻す事は出来ない」

「……何か、ありましたか?」

「侯爵、お前さん、クーデンエールについてきた連中を国に追い返しただろう?」

「ええ」


 あいつらか。態度悪かったよなー。でも、それが何か?


「あいつら、国に帰って侯爵とクーデンエールの悪口をあちらこちらで喋りまくったんだよ」

「うわあ……」


 他国の、しかも新しく手を結んだ国の侯爵相手に、よくやるなあ。ついでに言うと、あの国の内乱を鎮めた一人でもあるんだぞー。


「クーデンエールについてきた連中、内乱の時は王都にいなかった家の者達でな。王宮中に侯爵の悪口言いまくったら、逆に注意されたらしい。内乱の事は、まだ記憶に新しいからなー」


 しかも、王都を脱走していた連中と、ふんばった連中とでは明暗がわかれているらしい。


 今回、王女殿下の側に仕える事になったのも、ある意味試験だったんじゃないかってのが、アンドン陛下の読みだ。


「えー? 王女殿下が嫌な思いをするのわかってて、そんな奴らを側に置いたんですかー?」

「まあ、あの姉上の事だからな……」


 ああ、本人が優秀だと、周囲が大変ってやつね。姉君様は、自分ならいくらでも対処出来るから、王女殿下もそうだと思い込んだのかも。


 姉君様の優秀さが、仇になるとは。


「で、連中の掃除が終わらないギンゼールに、クーデンエールを戻すのは心配だからな。しばらくガルノバンで預かるさ」

「そういう事なら」


 まー、王族関連には口を差し挟まないのが吉だからねー。




 とりあえず、このまま船でガルノバンまで二人を送っていく事になった。移動陣でぱっと戻るのは、味気ないというアンドン陛下の要望だ。


「まさかと思いますけれど、仕事から逃れる為じゃないですよね?」

「そ! そんな訳、ないだろお?」


 声が裏返っているんですが? まあ、こちらでのあれこれは全てまとめて、正妃様と宰相様に渡す手筈になってるんだけどね。


 計画したのはリラです。散々「来ちゃった」された相手なので、腹に据えかねているらしい。


 リラは、怒ると怖い。なので、敵に回してはいけません。


 何が怖いって、この報告書、アンドン陛下には一切知らされていないところ。当然、カイルナ大陸での一挙手一投足全て記録に取られてる。


 私達と別行動の時に何をしていたかも、全て記録に残っている訳だ。そして、それを正妃様とその父君である宰相様に知られるのだよ。


 いやー、怖いねー。見られていないと思って羽を伸ばしたら、全部見られてましたなんて。ホラーだね!


 カイルナ大陸からガルノバンまで、行きよりも短い時間で帰る。行きはまあ、海賊退治とかやってたからさ。


 おかげで、この辺りの航海は安全になりました。とはいえ、これだけの距離を船で移動する人間、そう多くないけれど。


 あ、カイルナ大陸に何か美味しいものはあったのかな。


『それは、ガルノバンへお二人を送った後に探せばよろしいのでは?』


 そうだね。何か美味しいもの……特にフルーツとか、あるといいなあ。




 ガルノバンに二人を送って、港ではいさようならとやりたかったのに。


「そんな訳行くか。しっかり王宮でおもてなしってやつをしてやるよ」


 アンドン陛下のニヤニヤ顔が憎い。


 港から王都まで、実は鉄道が敷かれている。今回は列車での移動だ。


「報告書では読んでたけれど、実際に見ると圧巻だなあ」


 港から王都までは、旅客よりも貨物の方が多い。なので、港には複数の線路が敷設されていた。いやあ、大都市のターミナル駅を見ているよう。


「おかげでギンゼール、オーゼリア、トリヨンサークからの荷をローコストで王都まで運べてるよ」

「トラックはあるでしょ? それで運ばなかったんですか?」

「あー……トラックはー、道がなー」


 まさか、国内の道路事情が悪いとか? まさかね?


『そのまさかのようです。王都から少し外れただけで、未舗装の道ばかりになります』


 何やってんですか、王様。

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