第701話 眠りを妨げる事なかれ

 ベクルーザ商会の前身、研究会が発掘した遺跡からは、もう何も出ないと思われている。


 でも、うちの有能執事はその下に、まだ何かが埋まっている事を見つけた。


 魔法に関しては異様な嗅覚を発揮するニエールも反応しているので、多分何かあるんだと思う。


 いつものように、最下層まで来たんだけれど……今回は出入り口が広いのと、浅いので簡単に下まで来られた。


「随分浅いねえ」


 ニエールが周囲をキョロキョロ見回しながら呟く。


「浅く広く掘ったようです。こんな上澄みで満足していたから、あんな不良品を作る羽目になるんですよ」


 カストルは呆れた様子を隠さない。そういえば、ベクルーザ商会が売っていた薬の事、散々こき下ろしていたっけ。


 カストルが言うとおり、何かをここで見つけたからなのか、広く浅く掘られている。


 下とは言ったけれど、上に何かある訳でもない。今までなら地下に掘っていったから上は土の層だったけれど、ここは露天だ。


 広範囲に掘られているのが、ここからでもよくわかる。


「んで、この下に何かある訳か……レラ! 穴掘って下に――」

「行っちゃ駄目。まずはカストル、お願い」

「えええええええええ」

「承知いたしました」


 ショックを隠さないニエールと、冷静なカストル。いや、下の状態がどうなっているのかわからないのに、ニエールを行かせる訳ないでしょうが。


 こんな変人でも、分室にはなくてはならない頭脳なんだからね。




 ニエールがてこでも動かないので、この場でカストルの調査を待つ事に。


「ドローンで下は調べなかったの?」

「簡易調査は行いました。その結果、面白そうなものがあると思い、ご報告したのですが」


 あ、そうなんだ。


 今は前と同じく穴を掘って、地下へとネズミ型のドローンを送り込んでいる。


 内部の様子は、スクリーンで見る事になった。


 建物内に入ったネズミは、あちこちをスクリーンに映し出す。結構鮮明だ。


「……今回は工場っぽくないね」

「でも、書類っぽいものは多いわね」


 スクリーンを見ながら呟くと、隣のリラから返事がきた。確かに、書類は散乱しているな。


 後、何かのケースが見える。机の上には、何かよくわからない機材も乗っていて……


「実験室?」

「それだ」


 何かこんな部屋、どっかで見た事あるなと思っていたら、前世のテレビで見た実験室だわ。


 あれ? 地下にある実験室?


「……ヤバくね?」

「これ、このまま見続けていいのかな?」


 何となくだが、戦争中の建物らしき場所の実験室って、悪いイメージがあるんだよね。


 カストル、ネズミの不具合とかをでっち上げて、写す映像を選択する事は出来る?


『タイムラグが生じますが』


 構わない。もし、人体実験に関わるようなものが出て来たら、スクリーンに映さず止めて。


『承知いたしました』


 カストルからの念話が終わった途端、スクリーンに何も映されなくなった。


「え? あれ? どうしたの?」


 真っ先に反応したのはニエールだ。


「少しお待ちください。下に送った魔道具の不具合のようです」


 念話でこそこそ用意した言い訳を疑う人は、いなかったようだ。


 別の意味で突き抜けた奴はいるけどな!


「よし! なら私が下に行って――」

「ニエール、催眠光線食らいたい?」

「うぐ」


 食い気味に言ったら、目をそらした。まったく、おとなしくしてなさいっての。




 スクリーンに映る映像は、一度カストルが見て、問題ないと判断されたもののみ、映し出される。


 カストルフィルタ、信用してるからね。


『主様の信頼に、全力で応えます』


 スクリーンを眺める時間が長くなりそうなので、その場で簡易の椅子とテーブルを出す。


 実験室っぽいところから抜けて、何やら会議室らしきところを写している。これ、もしかして研究所か何かだったのか?


「棚に書籍が残ってるね」

「紙で残ってるって事? 地下だからかしら……」


 書籍の形態は、今とほぼ同じ。これ、やっぱり過去にも転生者がいたのかな。


 ……いたな。うちのご先祖様とそのお友達もそうだよ。他にもいたかもしれないし、もっと前にもいた可能性がある。


 なら、本の姿くらい、前世と同じでおかしくないか。巻物とか和綴じでなくてよかったと思っておこう。


 映像にタイムラグはあるものの、鮮明に見えているので問題ない。最初に移った実験室らしき部屋の他にも、会議室らしき部屋がいくつか、事務の部屋、本棚だらけの部屋などが並んでいる。


「つまらない場所ばっかり」


 ニエールは早速飽きている。まあ、似たような映像ばかり見ていたら、そりゃ飽きるわな。


『主様、少し』


 何かあった?


『ミイラ化した死体がいくつか見つかりました』


 げ。そこだけ見せないように、進める事は出来る?


『可能です。死体は、いくつかの部屋にまとまっています』


 死因は何だろうね? 遺体に傷はある?


『ざっと見たところは何もありません。詳しく死因を調べますか?』


 お願い。未知の病原菌があった場合、ネズミ達を戻すのはやめておこう。


『承知いたしました』


 誰かに殺されたとかの方が、ありがたいんだけどなあ。いや、死んだ人達にとっては、それどころじゃないんだろうけれど。


 無難な映像を見せつつも、裏では死体の死因を調べる。カストルは本当に有能だねえ。


『いくつかは、本領にいるネレイデス達に手伝わせています』


 あ、そうなんだ。


 そういえば、ネレイデスやオケアニス達を労いたいと思ってたんだっけ。


『それでしたら、主様から直接お褒めの言葉をちょうだい出来ますか?』


 え? そんな事でいいの?


『我々は、デュバルの血筋に仕える事を至上の喜びとしております。ですので、主様に褒められる事は最高の褒美になるのです。出来ましたら、エヴリラ様にも同席していただきたく』


 わかった。リラに話して場を設けよう。


『感謝いたします』


 褒める程度で喜んでもらえるのなら、いくらでもやるよ。ついでに、特別休暇でもあげようかな。


『それは、出来ましたらやめていただきたいと思います』


 え? 何で?


『先ほども申しましたが、主様方に仕えるのは、我々にとって最大の喜び。それを取り上げられるのは、用なしという烙印を押されるようなものなのです』


 お、おう。考え方が、人間とは大分違うんだね。


『ご理解ください』


 納得はちょっと厳しいけれど、理解はしたよ。なら、少人数ずつ、褒めるとしましょう。


『では、こちらで手筈を整えておきます』


 よろしく。




 映像は倉庫らしき場所を写している。その裏で、死体の死因特定が進められていた。


『主様、死因の特定が完了しました』


 お。どうだった?


『感染性の病気ではありません。死因は毒ですね』


 毒。それは、外部もしくは内部の人間に毒殺されたという事?


『さすがにそこまでは。ですが、全員の死因が毒である事は間違いありません』


 集団ってなると、毒ガスの線もある?


『空気中に、毒の成分はありません。ですが、酸素も少ないので直接下に行くのはお薦めしません』


 そうかー。研究内容によっては、ニエールが興味を示しそうだけれど。


『一応、魔法研究ではあったようです。ただ、兵器利用としての術式を開発していたと思われます』


 それじゃあ、ここは封印した方がいいかも。


 ちらりとスクリーンを見ている面子を見る。オーゼリア組は問題ない。説明すれば理解してくれるだろう。


 問題は、アンドン陛下だよなあ。


『感染病の病原菌が生き残っている為と説明しておけばいいのではありませんか? 土中で生き残った菌と言っておけば、納得するかと思います』


 それでいくか。




 一通りスクリーンでの鑑賞が終わった頃、下には行かずこのまま帰る事を提案する。


「まあ、下に行っても何もなさそうだしなあ」


 アンドン陛下、あっさり納得したよ。ニエールも、執着は見せなかった。


「面白そうなものは、見つからないっぽいもんね」

「だね」


 面倒がなくてよかった。


 一応、下に送ったネズミはそのまま廃棄する事にして、開けた穴も元に戻す。


「随分、手を入れるんだな」

「アンドン陛下も、この国の腐敗部分を見たでしょう? ああいった連中が、穴があったら何かあると掘り広げかねません」

「でも、下には何もないんだろう?」

「掘るのに、また近隣の子供が使われたらどうするんですか? 一度あったんだから、二度三度がないとは言い切れませんよ?」

「ああ、そうか」


 よし、誤魔化せた。


 本当は、下にミイラ化した死体が眠っているから。どんな理由から毒で死んだのかはわからないけれど、彼等の眠りを妨げてまで探るべき何かが下にあるとは思えない。なので、このまま。

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