第699話 簡単名付けマシーン

 お菓子で餌付けを完了した子供達は、全員デュバルに来る事になった。小さい子は判断能力がないところにつけ込んだ自覚はあるけれど、綺麗目君と吠える子に関しては、自分で選んだ道だ。


「彼……イヘビルは、うちにはこないかと思った」


 綺麗目の子、ジェグにそんな事を漏らせば、彼はきょとんとした後にくすりと笑った。


「彼のあれは、怖いけれど期待したいという思いが出たんじゃないかなと思います」


 なるほど。本当は助けてほしいけれど、伸ばした手を振り払われたら怖い、ってところかな。


「魔力持ちを振り払ったり、しないんだけどね」

「その……まりょくもち、って、何なんですか?」

「そのうちわかるよ」


 これから、彼等は船を経由していくつかある島の別荘へ行く。そこで身なりを整えさせ、本領に向かう予定だ。


 何せ、全員泥だらけだし垢も酷いから。悪いけれど、臭いが来ないように結界張ってたくらいだよ。




 子供達に関しては、ヘレネとオケアニスに任せ、子供達を働かせていた村の実情は、ユントリードの政府の上層部へしっかり伝えておいた。


 ついでに、各村から「奉公」という名で子供達を集めていた変態達もな!


「よもや、お仲間だとは……」


 船の執務室で読んだカストルからの報告書によると、ディーレ達がいた村や、ジェグ、イヘビル達がいた各村から子供を集めていたのは、ある集まりの仲間達だった。


 表向きは裕福な商人としての社会的地位を保っているけれど、裏に回ると人に言えない趣味を持つ連中だ。


 そして、そうした趣味の集まりの場に、引き取った子供達を連れ出していたという。


「生き残れば、そのまま使用人として使い潰してきたのか……」


 指や耳が欠損しているのはまだましな方で、片足や片手、片目がない子達も多いとか。


 そんな状態ではまともな仕事が出来ないから、使用人の中でも最底辺のきつい仕事を与えられていたらしい。


 さて、その被害者達をどうするか。


「また引き取るの?」


 執務机にお茶を置いたリラに聞かれ、即答出来なかった。


 これ、オーゼリア国内なら迷いなく引き取るところなんだけど、余所の大陸の余所の国の事だからね。


 ただ、そのままにしておくのは忍びない。


「回復魔法だけでも使おうかなあと」

「……治すのなら、デュバルに連れていく人だけにした方がいいわ」

「やっぱり?」


 ユントリードでは、魔法は一般的ではない。おそらく、遺跡から出土したという術式でも、欠損部分を治すものなどないだろう。


 そうなると、いきなり足や手が生えてきたという事になって、違う意味での迫害が起きかねない。


「ランザさん達に任せても、無理かな?」

「あの人達に負担を強いるのは、反対」


 うーむ。


「逆に聞きたいんだけど、今回に限ってデュバルに連れて行こうとしないのは、何故?」

「いやあ、さすがに売られたとはいえ、親や故郷から引き離すのはいかがなものかと思って」

「すっごい今更だわ」


 ですよねー。


 いや、子供達くらい虐待されていたら、もういいんじゃないって思うし、あの子達の親は実質いないようなものだし。


 それを言ったら売った親も親とは言えないか。


「ある程度の年齢過ごした場所から離れるって、ストレスじゃない? 子供のうちならまだ適応能力高いと思うけれど、思春期越えちゃうとさ」

「そうだとしても、選択肢を提示して、本人達が望んだら連れて行ってもいいんじゃない? まだまだ各街は人口が少なくて増やしたいって話が上がってきてるから」


 そうなんだよねー。デュバルは飛び地を多く持ってるし、各地から難民を運んで住まわせている街もいくつもある。


 今だと、グラナダ島かタリオイン帝国の土地が有力候補か。


「何はともあれ、本人達を呼び出して、話し合う必要があるわね」


 リラの言うとおりですねー。




 変態クラブの参加者達の事はポルックスに任せ、被害者を各家から連れてきてもらった。


 各家は使用人にお仕着せを着せているというのに、最底辺で働く彼等彼女等はつぎはぎだらけのボロを身に纏っていた。


 普段は人の目に付かないよう、邸の地下や裏で重労働をやらされていたらしい。


 なのに、食事は満足に与えられていなかったらしく、全員が酷く痩せている。


 ここからは、リラに任せる。私は、デュバルに来る事を選んだ人達を回復させるのが仕事だ。


「他にも、こちらの書類の決裁をお願い致します」

「おおう……」


 いつの間にか船に来ていたネスティにより、執務室に缶詰状態です。


「おかしい……君達、神出鬼没すぎないかね?」

「お褒めにあずかり光栄です」

「褒めてないから」


 軽口を叩きつつ、書類を見ていく。お? 何だこれ?


「新しい姓?」

「ああ、それですね」


 改姓を望む人達への許可……というより新しい姓を与えてほしいというもの。また、それを望んでいる人達っていうのが。


「ノルイン男爵の被害者達かー」

「自分を売った親と同じ姓を使いたくないという人達ばかりでして」

「でも、何で今更こんな話が上がってくるの?」

「実は……」


 ネスティによると、カイルナ大陸から救出した人達が大本だという。デュバルで研修を受けている最中、彼女達が願望を口にしたところ、被害者達の間に広まったらしい。


「あー、今まで直視してこなかった事を、改めて突きつけられた感じ?」

「そうなります。出来れば、新しい姓でやり直したいという者達が多いんです」


 許可くらいはいくらでも出すけれど、新しい姓を考えてくれと言われてもなあ。


「君達の名付けですら悩んだ私に、新しい姓を考えろと?」

「ええと、そうですねえ」


 ネスティ、そこで目をそらさない。


「オーゼリア国内で、庶民の姓として使われているものを集めて。それに番号を付けて、ガラガラで当てていく」

「えええええ」


 呆れたような目で見られたけれど、気にしない。こういうのは事務的にやった方がいいんだよ。


 ついでに、今回デュバルに行く事になる子供達にも、姓を与えようという話になった。


 子供達がいる別荘に伝えたところ、大変喜んでいるという。よかったよかった。




 リラの説得の結果か、集めた人達は全員デュバルに移住を決めた。という訳で、全員を回復させる。


「大丈夫! 腕の一本や二本生やす事なんて、ペイロンでは日常茶飯事」

「一体どんな魔境よペイロン……」


 回復自体は明日行う事にしたので、夕食時に皆に話しておいた。


 私の言葉に驚かなかったのは、ヴィル様とコーニー、それにユーイン。イエル卿ですら目を丸くしている。


「いやあ、とんでもないとは思っていたけれど、侯爵って本当にとんでもないね。ユーインも納得してるのは、さすが夫婦って感じ?」

「でたらめな奴だとは知っていたが、ここまでとはなあ」

「凄いわ、侯爵」


 最後の王女殿下には、キラキラした目で見られちゃった。てかアンドン陛下、でたらめな奴ってどういう事ですかねえ?


「レラの回復魔法は、よく知っている」

「ペイロンは魔の森があるから、怪我をする人が多いし、重傷化しやすいのよ」

「森が氾濫した際、私自身治してもらった」


 そういえば、ユーインはあの時かなりの重傷だったっけ。


 その日の食後は、どうやって腕を生やすのかを王女殿下に聞きまくられた。いや、どうやってと聞かれましても。




 翌日は、一人ずつ丁寧に体を治していった。内臓も大分まいっていたようなので、そこもきちんと治す。


 後は栄養をしっかり取っていけば、健康になれるでしょう。


 諦めていた事が、実現した時、人は驚いた後に泣き出すものなのかも。涙まみれで感謝の言葉を述べられてしまった。


 彼等彼女等は子供達とは別の別荘に行き、少しの間療養した後、本領へ向かう。年齢が年齢だけれど、教育が必要な人が多いから、まずは勉強からになりそうだ。


 彼等彼女等を見送った後は、私には大変な仕事が待っています。ええ、新しい名字を与える事ですよ。


 でも、ネスティに頼んで下準備は調っているから、大丈夫!


「んじゃ、最初はセアミナ嬢から。よいしょー」


 ガラガラを回すと、数字が書かれた球が一個出てくる。


「番号四十二ー」

「マガーイントですね」


 お手伝いは、船に残っているネスティだ。彼女はリストなど見ず、番号に対応した名字を口にする。全部覚えているんだ……


「んじゃ、セアミナ嬢の新しい名前、セアミナ・マガーイントで」

「了解しました」


 その後も、ガラガラを回して名字を決めていく。ノルイン男爵の被害者だけでなく、こちらの大陸生まれの被害者達にも、新しく姓を与えていく。


 次から次へと簡単に決まっていく様子に、ちょっと楽しくなってきちゃった。これで、彼等も新しい人生を歩めると信じておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る