第698話 餌付け作戦
遺跡内で労働をしていた魔力持ちの子供。他の遺跡でもいたというから詳細な情報を教えてもらった。
場所は船の執務室。机の上には、書類が山になってますよ……いつの間に、こんなに増えたんだ?
それはともかく、子供達の年齢は一番上は十四歳、下は五歳だとか。五歳の子を働かせるのか……
「農村部なら、そんなものじゃないかしら。ただ、働かせるといっても、親の手伝いのようなものからだけど」
リラの発言に、手伝い程度ならまあ……と思い直す。
子供側も、働けるようになって一人前と認められるので、怠け者でない限りは働く事を嫌がらないらしい。価値観の相違というやつかな……
子供達を働かせていたのは、やっぱり近隣の村の連中で、そういった村に政府が発掘の手伝いを依頼していたらしい。
どうも、政府としては寒村への援助の一環としていたようなんだけど、各部署で予算が抜かれていき、最終的に村に支払われる金額が大分少なくなっていたらしい。ここでも不正?
私の疑問に、カストルが淡々と答える。
「というより、遺跡発掘を統括している部門全体での不正ではないかと」
「ああ、上の方が既にやってた訳か……」
今回、不正に関してはポルックスが隅から隅まで調べ上げたそうで、それを上層部に直接報告したから粛清の嵐が吹き荒れる事だろう。
子供達に関しては、カストルが強制的に連れてきた。船に直接はちょっと問題があるので、最初に子供達を見つけた例の遺跡、あそこに。
どの子も、凄く警戒している。でも、初めて会ったのに、子供達同士は連帯感があるのか、小さい子を中に、大きめの子を外にして集まっている。
「本当だ、全員魔力持ちだね」
私の隣で、子供達を見ていたニエールが呟く。彼等の選択次第だけれど、デュバルに来るなら将来分室に入る子もいるかもね。
ちなみに、最初に見つけた三人のうち、唯一の女の子、サージルは魔法に強い興味を示しているらしい。魔法というか……魔道具?
仕組みとかに凄く食いついているんだとか。子供の工作授業で、もの凄く簡単な魔道具を作る時間があるからね。
それはともかく、今は目の前の子供達だ。
「……俺達を、どうするつもりなんですか?」
子供達を代表する形で、一番年嵩の男の子が聞いてきた。
大分汚れているけれど、身なりをきちんと整えてあげれば、結構な美形じゃないかな、この子。
「うーん、それを決めるのは、君達かな?」
「え?」
私の言葉に、発言した子がぽかんとした顔をしている。
「おい! 騙されるな! 大人が俺達の言う事を聞くなんて、今まであったかよ!」
「それは……そうなんだけど……」
「俺は騙されねえぞ! 大人なんて村の連中でよく知ってんだ! 今度は何をやらせる気なんだよ!!」
キャンキャンと吠えるのは、十四歳君よりは小さいけれど、他の子よりは大きめの子。この子も男の子だね。
男女の比率は、女子が少しだけ多め。でも、低年齢が多い。高年齢は男子の方が多いみたい。
『推測ですが、女子の方はある程度の年齢で奉公に出されたのでは?』
その先も追える?
『やっていますが、見つかるかどうか。こうした村からの奉公を受け付けるのは、大抵まともな家ではありませんから』
嫌な話だ。
中には篤志家のような商家が、幼い頃から引き取って学ばせる例もあるらしいけれど、やはり数としては少ないという。
その代わり、まともでない家では、毎年のように各村から奉公人を受け入れているんだとか。
家にとっては端金でも、村にとっては貴重な現金収入。
『中には、小さければ小さいほどいいと言っている者もいるようでして』
許すまじ。ちょっとそういう家の実情、洗い出せる!?
『お任せを』
ノルイン男爵の人身売買の被害者にも、低年齢の子がいたっけ。あの子は、運良く生き延びただけ。その分、辛い思いを長くしたとも言うけれど。
今は彼等も伸び伸び生活していると聞いている。せめて、これからの人生は幸せでありますように。
それはともかく、目の前の子供達か。
吠えてる男の子は、まだ元気に吠え続けている。疲れないのかな。
「……って、聞いてんのかよ!?」
「あれー? 大人は君達の言う事なんて、聞かないんじゃなかったのー?」
「! て、てめえ!!」
「そこまでです」
カストルが、遮音結界を張った。向こうの音声はこちらには聞こえないけれど、向こうにはこちらの音声は聞こえる仕様。
「吠える相手を間違えないように。こちらは異国の侯爵閣下ですよ」
「こう……しゃく? って、何?」
そこからかー。
とりあえず、子供達を落ち着かせる為に、簡易テントにテーブルを出し、お菓子と飲み物を用意した。腹ぺこな子供は、餌付けが一番でしょ。
テーブルの上には、人数分の焼き菓子と飲み物。お菓子でお腹がいっぱいにならないよう、小さめのものを複数置いてみた。
子供達が、よだれを垂らしている。一時的に遮音結界を解除して、彼等のやり取りを聞いてみた。
「騙されるなよ! これがあいつらの手口なんだからな!」
「でも、あんな美味しそうなものを用意しくれた人、今までいた?」
「だから! それが……って、言ってる側から!!」
年嵩の綺麗目の子と吠える子が言い合ってる隙をついて、一人がテーブルに掛けだしたら、我も我もと総崩れになった。
テーブルの側にはオケアニス。子供達の汚れた手をおしぼりで拭いて、それから一つずつ焼き菓子を渡している。
飲み物も、小さな素焼きのコップで渡した。あれなら落として割っても、罪悪感ないでしょ。
小さい子達が「おいしい!」と騒ぐ中、テーブルから離れているのは言い合っていた男の子二人のみ。
意地張ってもいい事ないよー? 君達も、めくるめくお菓子の世界へおいでー。
しばらくお互いに牽制しあっていた二人の側に、小さい女の子がコップを手に近寄った。
「はい」
「え?」
「おいしいよ?」
手にしたコップを、二人に渡そうとする。でもそれ、一個しかないね。オケアニスの一人が、女の子の後に続く形で、おしぼりとジュース入りコップをトレーに乗せている。
「悪いものは入っていないよ? 君達に悪さしても、私にとってはいい事一つもないからね」
「それもそうか」
「おい! 騙されんなって!」
「いや、あの人達が僕達を騙して、どうするのさ?」
「え」
綺麗目君に言われて、吠える子は言葉に詰まる。
「これが僕らを騙す為だったとして、これまでの生活より酷くなる事、あるのかな?」
「そ! それは!」
「僕は狭い穴の中で、ずっと土を掘ってたよ。君は?」
「俺も……だけど……」
「今は、外に出られて、美味しそうなものをもらえる。これも……うん、甘くて美味しい」
「おい!」
綺麗目君は、オケアニスからコップをもらい、中身を一口飲んだ。あれ、中身なんだっけ?
『デュバル産のフルーツジュースです。ミックスですね』
ほほう。そういえば、うちの食卓では頻繁に出るよね。あれ美味しいんだよなあ。甘みと酸味のバランスが絶妙です。
「君も、飲んでみなよ」
綺麗目君に、新しいコップを押しつけられ、目を白黒させる吠える子。ふっふっふ、うちのミックスジュースは美味しいぞー?
「な、何だよ、こんなもの!」
奪い取るようにコップを手にし、一気飲みした吠える子の顔が、一気に変わる。よし、うちのジュースの虜になったな。
無言でコップと綺麗目君の顔を行ったり来たりする吠える子の視線。それは、テントのテーブルへと移った。
「ほら、僕らも行こう」
「う、うん……」
よし、陥落ー。達成感にじーんとしながら子供達を見ていたら、隣にいるリラから低い声が響いた。
「悪い顔で子供達を見てんじゃないわよ」
失礼だな! ちょっと将来の人員確保が出来たと思っただけじゃないか!
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