第695話 無知は罪

 子供達は全員、うちの領に来る事になった。村でも厄介ものとして扱われていたのなら、姿を消したところで問題はなかろう。


 子供達は船に送り、そこを経由してデュバル本領へ送る事が決まっている。村には、持って行きたいものは何もないというので、着の身着のまま連れて帰る。


 問題なのは、今外に転がしている連中だ。


「どうしたもんかねえ」

「余所の大陸の、余所の国の人間だって事、理解しているわよね?」


 移動宿泊施設で、子供達がいた村をどうするべきか悩んでいたら、リラから釘を刺された。


 本来なら、国の司法に任せる。そこから罪人としてうちの労働力にする場合もあるんだけど。


 でもなー。今回はちょっと違うというか。


「無知は罪とは言うけれど、知る手段すらなかった相手には言えないと思うんだよねえ」

「ああ、魔力の事?」

「うん」


 魔力を知らない人間にとって、魔力持ちってのは怖い存在だ。村人からの自白にもあったように、手も使わずものを動かすって、普通は化け物扱いされてその場で殺されてもおかしくない。


 でも、彼等は殺す事すら怖かったのか、一応は生かした。そして、子供達が反抗しないとわかると、今度はこき使い始めた訳だ。


 子供達も、大人が怖かったのかろくな反抗をせず、黙って従っていた。そのどちらも、「知らなかったから」起こった事ではないのか。


「魔力持ちが魔法を覚えれば、嫌な話あの子達がいた村なんてあっという間に消え去っていたと思うんだ。でも、それをしなかった。出来なかったって言った方が正しいんだけど」

「手段があってもあの子達なら村を出る方を選択したんじゃないかしら」

「かもね」


 リラの方が、子供達の性格をよく見ている。確かに、魔法が使えたのなら、多分山奥とかで自活したんじゃなかろうか。


 いつかはそれも限界が来たかもしれないけれど、少なくとも村の中で虐げられつつ生きる事にはならなかったと思う。


 そういう意味でも、知らないって事は罪だよな。




「という訳で、君らにはまず学んでもらいます」

「はあ?」


 あれから船に戻り、本領に行く前の軽い説明会の場で、三人に言ってみた。


「知らないから怖い、知らないから出来ない。そんな事をなくす為にも、色々と知りましょう。その為の学びです」

「ええと……俺達は、何をさせられるんだ?」


 三人を代表して話すのは、常にディーレの役割らしい。


「三人一緒でいいから、文字の読み書き、数字の数え方、計算、その他を勉強してもらいます」

「……働くんじゃ、ないのか?」

「もちろん、将来的には何かしらの職についてもらって働いてもらうよ? でも、まず君達はよく食べ、よく寝てよく学び、よく遊びましょう」

「あそ……ぶ?」


 私の発言に、三人がぽかんとしている。そんなに変な事、言ったかな? 脇に控えているリラは、頭を抱えているけれど。


「リラ、私、間違えてないよね?」

「間違えていないけれど……説明を引き取るわ。まず、あなた達は仕事として勉強、食事、睡眠、遊びをする事。いいわね」

「えええええ」

「遊びが気になるのなら、同年代の子達と交流する事。喋ったり、一緒に行動したり。慣れていないと、結構大変よ」

「え」

「今まで過ごしてきた場所も何もかも違う相手と、仲良くやっていくのは至難の業なの。あなた達の村でも、余所者が来たら警戒したんじゃない?」

「それは……」

「今度は、あなたたちが余所者の立場になるの。やっていけそう?」

「……」

「今は心配しなくていいわ。最初は少人数のところに入れるから。でも、大人になったら多くの人と関わり合っていかなくちゃいけない。それだけは、今から覚悟しておいて」

「……はい」


 おお、納得してくれた。やっぱり、ディーレは頭がいいねえ。




 村人だが、このまま放置する事になった。それを発表した場は、その日の夕食の席。


「子供を虐待した村人全員、地下工事現場に放り込もうかと思ったけど、やめました」

「賢明な判断ね」


 頷いたのはリラだ。この結論になるまで、散々悩んだけどね。


「何だ、やめたのか」


 アンドン陛下が混ぜっ返してくる。


「一応、他国の人間である事と、彼等にとっては悪い事をしていたという自覚がない事が主な原因ですね」

「罪悪感がない連中は、放置すると?」

「場合によります。うちの領内でやったら、速攻工事現場送りですし、オーゼリア国内でやった場合も、多分そうなります」


 オーゼリアでは、児童の福祉に関する法律が、ギリギリあるんだよなあ。ちなみに、ガルノバンでは数年前にがっちり決めた児童福祉法が制定されたらしい。アンドン陛下が反対派を押し切ったってさ。何か悔しい。


「こっちの国だと、子供も労働力って考えがまだあるようだし、そこに文句を言うなら国丸ごと変えなくちゃいけない。でも、そこまでの事をする価値、ここにあるかなと考えたら、思いつかなかったんですよね」

「なるほどな」


 アンドン陛下も納得したらしい。王女殿下はちょっと複雑そう。


 他の皆は、今回の私の判断に否やはないらしい。多分、工事現場送りにすると言い出す方が、止められただろうな。


「この先の事ですけれど、他の遺跡周辺でも似たような魔力持ちの子がいたら、本人達の意見最優先ですけれど、保護しようかと思います」


 実は調べた結果、サージルはランザさん達関連の子だったんだ。ディーレとダターは違うけれど。


 多分、あの二人は軽い先祖返りなんじゃないかと思う。元はこの大陸にも魔力持ちはいたっていうから。


 サージルのような子が他にもいたら、ご先祖様の責任もあるので、出来る限りうちで引き取りたい。うちなら、魔力持ちの仕事は山ほどあるから。


「それは構わないが、遺跡周辺でそうそう都合よく見つかるとも限らないぞ?」


 ヴィル様の意見はもっともだ。


「わかっています。ただ、ご先祖様関連の人達は、この先もここで探していきます。見つかり次第、色々手を打っていこうと思ってるだけです」


 何せ、ご先祖様関連の人達には、未だに隷属術式で苦しんでいる人も多いっていうから。


 魔力持ちは確実だし、術式解除前に子供を作っていた場合、その子にも影響する。


 実は、それが原因で既に亡くなっている人も多いのではないか、というのがカストルから出た意見だ。


 サージルが流れ者の子として迫害されたように、ディーレが魔力持ちとして虐げられたように、魔力を持っているだけで辛い目に遭い、結果短命になる事もあったのではないかと。


 嫌な話だけれど、否定は出来なかった。


「今生きている人達だけでも、この国で生きて行くのならランザさん達のコミュニティーに紹介出来るし、国を出る気があるのならうちに来るでもいい。幸い、デュバルには飛び地が多いので、本領以外でも人に会わずに生きる場所がある」


 虐待されると、人そのものを怖がる人も出てくるから。それは、人身売買の被害者の件で知っている。


「なので、何をするでなくとも、こちらの大陸で過ごす時間が少し増えるかもしれません。アンドン陛下は、帰国なさりたいのであれば、手続きしますよ?」

「いや、面白そうだから、最後まで参加する」


 あんた、国での仕事はいいのか? 本領に連絡して、ガルノバンに連絡入れるぞ?




 夕飯を終えて、外で少し風に当たる。テントの下に放置していた連中は、もう解放している。


 村人には、しばらく遺跡に近づかないように言っておいた。もし来たら、今度は永遠に眠る事になるぞと言ったら、震えてたっけ。


 役人風の連中にも、ユントリードが出してくれた許可証を見せたら、目が飛び出しそうになっていたな。


 震えていたのは、上にチクられたら自分達の立場がヤバいと理解しているからだろう。いや、とっくに報告済みですが。


 不正をそのまま見過ごす訳ないじゃんねえ。


 デッキチェアに寝転んで夜空を見上げていたら、ユーインが来た。


「そろそろ中に入った方がいい」

「んー、もうちょっとー」


 何となく、満天の星空をもうすこし眺めていたい。


「……彼等を帰したのは、子供達が生きていたからか?」


 いきなり、ユーインから聞かれた。バレてたか。


「……彼等にとって、あの子達は化け物のような存在だったんでしょう。なら、村の中で殺されていても不思議はなかった。もっとも、怖い存在だからこそ殺す事も出来なかったのかもしれないけれど。でも、殺さなかった」


 だから、これ以上の事はしない。


 とはいえ、この先あの村がどうなるかは知らないけれど。痩せた土地で、農業をやる以外にない、寒村。


 そこに、今回の騒動だ。遺跡の仕事は、もうもらえないだろう。遺跡の仕事でこれまでにない生活を味わった彼等が、それを断たれる。


 そうなったら、あの村はこの先どうなるだろう。現金収入が得られず、また貧しい生活に戻れるのかどうか。


 ある意味、地下に行くより地獄かもね。

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