第693話 遺跡の中の子供達
何はなくとも縦穴の先に入ってみる必要があるのだが。
「これ、入れるの? 狭くない?」
穴の直径は、どう考えても上で騒いでいた労働者が入れるものではないんだけど。どうなってんの?
「……主様、縦穴から続く横穴の奥に、人がいます」
「え!?」
遺跡の中に人!? もしかして、閉じ込められてる!?
「カストル、その人達は生きてる!?」
「生きてます……それと、どうやら子供のようです」
子供が、遺跡に? カストルの言葉を聞いた私達は、頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいたと思う。
ここで考えていても、らちがあかない。なら、行動あるのみ。
「カストル、この遺跡、周囲に重要なものが埋まってる可能性、ある?」
「……ありませんね。昔の生活雑貨がいくつか紛れている程度です」
「それは考古学的に重要なのでは?」
「そうですか?」
当時の生活を知る手がかりになるから、ゴミですら宝物じゃなかったっけ。
「それ、どの辺りに埋まってる?」
「ここから水平方向に十五メートルほど進んだ先です」
「なら、縦穴を広げるのに支障はないね? 穴、広げて」
「承知いたしました」
この狭い縦穴、もしかしなくても子供なら楽に出入り出来るのでは?
カストルが魔法でガンガン縦穴を広げていく。ついでに、下へおりやすいよう、階段も付けた。おかげで縦穴の幅が凄い事に。
「振動を恐れてか、横穴の奥へと進んでますね」
「引っ張り出せるかな」
「問題ありません」
カストルが横穴に向けて手をかざすと、奥から悲鳴が聞こえた。複数人いる?
やがて、横穴の奥から薄汚れた布の塊が三つ。いや、子供が三人か。
「小さいわね……」
リラが言うように、子供達は一番大きな子で六、七歳くらいだ。こんな子供を、こんな場所に?
汚れている子供達を一度上に連れて上がる。警戒心バリバリで、一番年嵩の子が睨み付けてくる。
でも、子猫が「シャー!」ってやってるようなもので、どうという事はない。
「話を聞く前に、丸洗いした方がいいか。船に連れて行く?」
「出来れば、ここで移動宿泊所を使った方がいいわ」
私の提案に、リラが反論した。彼女が言うのだから理由があるんだろうけれど。
「船には入れたくない?」
「後で誘拐犯と呼ばれたくないでしょ?」
なるほど、そっちか。
子供達の世話は、オケアニスを呼び寄せて頼んだ。移動宿泊所にも、オケアニスの出現にも、子供達は目を丸くしていたっけ。
私達も、宿泊所に入り、午前中のお茶の時間にした。
「あの子達、何であんな場所にいたんだろうね?」
ニエールの問いに答えられる者はいない。でも、多分……
「本人達に聞けば、わかるだろう」
ヴィル様ー。それ、ここで言っちゃう? いや、確かに本人達に聞かなきゃならないんだけど。
ちょっと悩んでいたら、ニエールの口から爆弾発言が。
「やっぱり、あの子達の魔力で遺跡掘りをしてたのかなあ?」
「はあ!?」
今、何って言った!?
「え? 見ればわかるでしょ? あの子達、魔力持ちだったじゃない」
「いや、そんなの見てわかるのはあんたくらいだっての!」
「えええええ?」
自覚のない奴はこれだから。
移動宿泊施設のリビングでああだこうだ言っていたら、三人の身支度が終わったらしい。
入ってきた子達は、デュバルの子達がよく着ている服に着替えていた。前の服は、泥で酷く汚れていたし、かなり傷んでいたから。
「さて、ではちょっと話を聞かせてもらおうかな」
テーブルを境に、こちら側に私達、向こう側に子供達。子供達の脇にはオケアニスがついている。
ソファの関係上、私を真ん中に右にニエール、左にリラ。ニエールの後ろにロティが立ち、リラの後ろにはヴィル様、私の後ろにユーインが立っている。
アンドン陛下、王女殿下、コーニー、イエル卿は続き間になっているダイニングに移ってもらった。
「君達の名前は?」
「……」
「親はどこ?」
「……」
「どうして、あそこにいたの?」
「……」
「あそこでは、何をしていたの?」
「……」
答える気はないらしい。さて、どうしたものか。子供に自白魔法を使うのもなあ。
考え込んでいたら、隣のリラが口を開いた。
「あんた達、今のままでいいと思っている? もしそうなら、すぐここから出て、あの穴蔵に戻るといいわ。これ以上、私達は何もしないし何も言わない」
ぎょっとしてリラを見るけれど、彼女はお構いなしだ。
子供達も、先ほどまでの睨み付ける力が弱まっている。困惑しているのだろう。
「もし、今の自分が置かれている場所を少しでも変えたいと思うのなら、助けてと言えばいいわ。そうしたら、助けてあげる」
「……信じられない」
「なら、信じずに今まで通りの暮らしを続けなさい」
「……」
リラの突き放すような物言い。でも、これは横から口を挟んじゃいけないやつだ。
ニエールも同じように感じてるのか、何も言わない……あ、違う。どうでもいいんだな、これは。ニエールだから、当然かあ。
子供達は、これまでリラのような大人には出会った事がないんだろう。色々と揺れ動いているのが手に取るようにわかる。
信じていいのか、助けを求めていいのか。それとも。
「お姉ちゃん、ご飯くれる?」
「サージル!?」
「だって、お腹空いた……」
サージルと呼ばれた女の子は、小さな手でお腹を押さえた。それと同時に、くうと小さな音が鳴る。
「まずは、食事にしようか」
私の言葉に、否やを言う者はいなかった。
長く飢餓状態だったものに、いきなり固形物を食べさせると最悪死ぬ事があるという。
なので、事前に魔法で色々調べさせてもらった。
「危なかったね。でも、これでよし。さあ、好きに食べていいよ」
テーブルには、うちの総料理長が腕を振るった昼食が並べられている。あまり重いものにならないよう、かつ栄養バランスがいいように選ばれた昼食だ。
おいしそうな食事の前に、三人はよだれを垂らしている。
「ほ、本当に食べていいのか?」
「どうぞ。全部食べていいよ」
言うが早いか、子供達は目の前の食事にがっついた。焦らなくても、取らないのに。
でも、多分身に染みついたものなのだろう。早く食べないと、なくなる。そうたたき込まれているんだ。
子供達の食事はオケアニスに任せ、私達も食堂へ移動した。リビングとの境に遮音結界を張り、大人組でちょっとお話し合い。
「孤児院で、偶に見かける光景だね」
子供達の様子を見たイエル卿の口から出た言葉だ。彼は襲爵した後、領内の孤児院を視察して待遇を改善した経験があるという。
「大人を信用しないあの目も、見覚えがあるよ」
「周囲の大人に、酷い目に遭わされ続けたんでしょうね」
イエル卿の言葉に、コーニーが続ける。ネドン伯爵家は、イエル卿の親がちょっとよろしくないタイプの貴族で、そのせいか領内の一部が荒れていたそうだ。
それらを建て直したのがこの二人。ついでに、領主館と王都邸に蔓延っていた面倒な使用人達もさくっと一掃したという。
「レラ、あの子達もデュバルに連れて行くの?」
「んー、それは、あの子達次第かな」
リラも言っていたように、自分で「助けて」が言えなければ、残念ながらここに残していく事になる。
ただまあ、ランザさん達には頼むかも。
「あの子達の発言次第だが、今表に寝かせている連中も、締め上げる必要があるな」
ヴィル様、静かに怒ってます。アスプザットでもペイロンでも、子供は護るべきものと教育を受ける。
かといって、子供なら何をやってもいいという事ではないけれど。躾けはぎっちりやる領だからね、どちらも。
でも、基本子供は家庭で護られるものだ。だから、子供をこき使うような環境は許しがたいのだろう。
そういや、私も魔の森に入る時には散々反対されたっけな。あの時は、私自身が行きたいからだと周囲を説き伏せたけれど。
さて、あの子達はどういう状況にいて、どんな選択をするのやら。
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