第692話 えー? そんなにー?
バリケードの向こうには、三十代の男性を中心に約二十人程度が武装している。
バリケードのこちら側には、何やら四十代以上の男性が六人ほど。
「何これ?」
「さあ」
思わず呟いた一言に、リラが首を傾げる。コーニー、そこでワクワクしないの。
「だって、何かもめ事でしょう?」
「そうだろうけれど、だからって期待しない。手を出さない。乗り込もうとしない!」
もう、とんだトラブル大好き人間だよ。結婚してからの方が、酷い気がする。
「……何? 侯爵」
「いえ、イエル卿と結婚してから、コーニーがトラブル大好きになったような」
「いやいやいや、俺のせいじゃないからね? どちらかというと、独身の頃は義母上のおかげで押さえられていたようなものだからね!?」
ああ、シーラ様がストッパーだったのか。ちらりとヴィル様を見るも、こちらの視線に気付いて渋い顔で首を横に振っていた。
ヴィル様でストッパーにはならないかー。
このまま両者にらみ合いをしていてもらちがあかないので、カストルに聞き込みをしてもらった。
ユントリードの政府からもらった許可証、彼が持っているからね。
それを見せて話を聞いたところ、あのバリケードは労働者が作ったのもらしい。
「労働者?」
「遺跡で発掘に従事していた者達ですね。あの遺跡は、まだ地下に何か埋まっていると思われていて、発掘が続いているそうです」
どうやら、労働環境が悪すぎて、改善要求の為のストのようなものらしい。いや、労働組合あるのかね?
『ないですが、この遺跡では彼等発掘従事者が他にもいて、全員今の労働環境に不満を持っているそうです』
不満と一概に言われてもな。
『向こうの要求としては、賃金値上げと休憩時間の確保、また休暇の確保のようです』
えーと、今の状況がどれだけかがわからないから、何も言えない。うちの穴掘り要員と同じくらいとか?
『残念ながら、穴掘り要員の方が労働環境としては優れているかと』
駄目じゃん!
うちの工事現場で働く連中は、基本犯罪者だ。犯罪の重さに比例して、キツい労働環境の現場に向かわせている。
当然ながら、死罪の代わりに働いている連中は、生かさず殺さずが基本だ。それより酷いと? 彼等は、犯罪者か何かかな?
「カストル、全員眠らせるから、自白魔法をお願い」
「承知いたしました」
まずは催眠光線で、この場の全員を眠らせる。
「ニエール、何嫌そうな顔をしてるのよ」
「いや、催眠光線には嫌な思い出しかないから」
「自業自得だ」
寝ないであれこれやり続けようとするあんたが悪いんでしょうが。そうでなければ、私だってこんな強力な術式、開発しなかったよ。
私の言葉にぶーたれているニエールはロティに任せて、まずはこちら側にいた交渉役? っぽいおじさん達を尋問。
結果、遺跡発掘に関する汚職がわかりましたー。何やってんだ、ユントリードの政府。
カストルがいい笑顔で彼等の自白を録音している。あれ、後でランザさん達を経由して、ユントリードの上層部に送りつけるらしい。
それでも動かなかったら……放っておこうか。
『よろしいのですか?』
いいよ。所詮私達はこの国にとって通りすがりだから。
『西の大陸でも、通りすがりではありませんでしたが?』
あっちはほら。一応国王陛下肝いりで交易相手を探す為のものだったから。
そういえば、こっちとは交易、する気はないのかな?
『おそらくですが、ベクルーザ商会の件が尾を引いていると思われます』
ああ。あの商会が出来た土地だから、陛下も警戒しているって訳か。
それはともかく、こっちとはそんなに長く関わる事もないと思うから、放置しておこう。
もしこっちに火の粉が降りかかるようなら、遠慮せずに払うけれど。
『承知いたしました。その事も含めて、上層部に通達しておきましょう』
よろしく。
勢いで眠らせちゃったけれど、労働者の方はこの場合無罪放免してもいい気がする。
とはいえ、どういう経緯でここで働く事になったのかくらいは、知っておいた方がいいのかな。
「カストル、彼等の身元はわかる?」
「本人達から聞き出した限りですと、近くの村の者達のようです」
村か。
どうやら農村らしいけれど、あまり土地がよくなくて、農作物がうまく育たない土地らしい。長年貧困にあえいでいるのだとか。
そこに、遺跡発掘の仕事が舞い込んだ。体力勝負の仕事だけれど、働き盛りが多かった村ではありがたいとこぞって参加したらしい。
でも、段々賃金の支払いが滞るようになり、金額も当初言われていたものよりなんだかんだと引かれて手取りが低くなる。
さらに下へ掘り進めていくと、閉塞感や息苦しさで長く作業出来なくなった。それを理由に、更に賃金が減らされるという悪循環。
堪りかねた彼等が、こうして行動に出たという事らしい。
「まず彼等が交渉し、決裂した場合は衛兵を連れて来る予定だったようです」
「衛兵……ねえ」
当然、訓練を受けた衛兵の方が、労働者よりも強い。それに、多数でこられてはひとたまりもないだろう。
労働環境の改善費も、彼等の賃金も、どこかで抜かれているという。ここに交渉に来た一人が、その汚職に関わっているようだ。
金の流れには興味ないけれど、何故ここでこんな汚職をしたのか。それだけは迷惑を被った身として知りたいかな。
それをカストルに伝えると、にこりといい笑顔を返された。
「では、ポルックスに調べさせましょう。その間、主様達はこの遺跡に入られてはいかがですか?」
「それもそうだね」
バリケードは撤去したし、邪魔していた人達は全員寝ている。あ、ちゃんと風邪ひかないように、簡易のテントと毛布は用意しておいたよ。
簡易テントっていうか、運動会なんかで見る、屋根があるだけのやつ。屋根の下に木箱を並べて床代わりに、その上に毛布でくるんだ寝ている人を並べてある。これなら問題あるまい。
労働環境云々言われるだけあって、この遺跡は全体的に狭い。下に下りる階段も、人一人が歩くのがやっとだよ。すれ違いも厳しいね。
「ここも、かなり下るの?」
「そのようです」
私の問いに、先頭を行くカストルが答える。既に遺跡の中はドローンで調べてあるらしい。
「んじゃ、前の遺跡でやったのと同じやつで下ろう」
「え」
私の提案に、すぐ後ろを歩いていたリラから驚きの声が聞こえた。でも、このまま下っていくと、また君と王女殿下がへばるよね?
という訳で、体力温存の為に魔法で一気に下っていきます!
今回の階段はまっすぐに伸びるものだったらしく、かなりのスピードが出た。いやあ、凄い迫力だったね。
私、ユーイン、ヴィル様、コーニーは何ともなかったけれど、それ以外の人達が何やら青ざめている。
「大丈夫?」
「そう見える?」
何故かリラから恨みがましい目で見られてしまった。変だなー。
「ここは中継地点のようです。ここから更に、縦穴で下りていくようですね」
うわあ。確かに少し広めに掘った空間の端に、落とし穴のような穴が開いている。
ここから先も、あの労働者達が掘ったんだろうか。手作業で? それは確かに重労働だよ。
「む! この先に何かある!」
「いや、あるから縦穴を掘ったんでしょうが。……とすると、この遺跡発掘を指揮している人って、魔力を感知出来るのかな?」
何故か、私の一言にその場がしんと静まりかえった。
よく考えたら、魔力持ちを狙って攫っていたんだから、そういう能力……もしくは魔道具があるはずなんだよね。
「何で今まで忘れていたんだろう」
「オーゼリアでは、特に珍しい能力ではないからではありませんか?」
「あ」
私のぼやきに返してきたカストルの言葉に、今更気付く。私達にとっては当たり前だからか。
「ともかく、ユントリードにもその手の能力もしくは魔道具持ちがいるって事だね。カストル、探せる?」
「ポルックスに追加で探索させましょう」
いい笑顔だな。どこか遠くで「過重労働おおおおお」って叫びが聞こえた気がしたけれど、きっと気のせいだね。
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