第691話 フラグは折るものー
ユントリードの博物館は、あまり人が来ないのか閑散としていた。
「もったいないなあ」
その様子に文句を言っているのはニエールだ。ここには彼女が気に入りそうな魔法関連の出土品があると聞いて、来る前から興奮していたのだ。
なのに、来たら人気がない。魔法に対する冒涜云々とぶつくさ言っている。
「人がいなくてよかったじゃない」
「何でよ?」
「ゆっくりじっくり見て回れるよ? 人がいたら、そんな事も出来ないから」
「は! そうか!」
今頃気付くんかい。まあいいけれど。
出土品は、発掘された地層ごとに展示されていた。
「んん? これはちょっと面白い術式だなあ。もっと詳しく!」
ニエールが展示品のガラスケースにべったり貼り付くのには参ったけれど、総じてここの発掘品はなかなか面白い。
ただ、こちらには本当に魔法に関する技術が喪失しているようで、展示したはいいけれど、何の為のものかがわかっていないらしい。
「研究はしているみたいだけど、とっかかりくらいないと、魔法回路は難しいよね」
「かなり簡略化されたものだしね」
ニエールと二人で、展示されていた金属板を見る。オーゼリアとはやり方が違うけれど、回路そのものは似ているから、何の為のものかくらいは理解出来た。
これ、同じ動きを繰り返す為の回路だね。これも、工場系の遺跡から出たのかな。
「そういえば、ランザさん達には、魔法技術は継承されているんだよね? こっちで広めなかったの?」
「魔力持ちがほぼいないのを感じ取り、広める事は諦めたようですね」
私の疑問に、カストルが答える。ランザさん達の祖先がこちらの大陸に来た時には、もう既に魔法技術は失われていた。
ついでに、魔力持ちの数も激減していて、技術を広めても使える人間がいないと判断した為、自分達の周囲だけで使うようにしていたらしい。
「危ない力を使う者達って事で、魔女狩りのような事にはならなかったのかな?」
「魔法とわからない形で色々とやったそうです」
そういえば、ランザさん達の祖先は辺鄙な村を丸ごと作り替えて、色々やらかした人達なんだっけね。
それも、生産性を上げるとか、開墾の為の重機を作るとか、そういう方に魔法を使ったらしい。
あれ? デュバルでも似たような事、やってなかったっけ?
金属板は他にも、肥料を効率良く土に与えるものだったり、何かを回転させ続けるものだったり、単体ではちょっとどうなのこれ? って内容のものばかり。
それでも、ニエールは楽しいらしい。
「お、これはオーゼリアのとは違う方面から考えてるね。なるほど……そうなるのか」
似たようなものでも、アプローチが違うと面白いようだ。
「ああ、先に土に対して働きかけてますね」
「ねー。オーゼリアだと、先に肥料に使うよね」
ロティと楽しそうにキャッキャと言い合っている。まあ、ニエールが楽しいならいいや。
博物館は、まだ三分の一を見終わったくらいかな。まだ先は長いのに、ニエールがじっくり見たがるので、早々に飽きた人達がいる。
「ねえ、先に行ってもいい?」
「ニエールと同じ熱量でここのものを見るのは、無理だな」
コーニーとヴィル様だ。さすが脳筋。こうしたものにはあまり心惹かれないらしい。
「じゃあ、別行動にしますか?」
「だな」
「悪いわね、レラ。先に行くわ」
コーニー達と一緒に行ったのは、リラ、イエル卿、アンドン陛下。ユーインが私の側に残るのはわかるとして、王女殿下も残るとは。
「王女殿下、ここの展示品、興味があるんですか?」
「そういう訳じゃないけれど。魔法って、面白そうだなって思って」
「話がわかりますね! 王女殿下!」
王女殿下の一言に、即ニエールが反応している。いや、あんたはおとなしく展示品を見ていなさいよ。
なのに。
「さあさあ、こちらにどうぞ。この回路なら魔法を知らない人でもわかりやすいですよ」
「え……これは?」
「おそらく練習用の回路です。ここから魔力を注入して、こうぐるっと回ってここで金属板の上に置いたものを跳ねさせるという結果を――」
エンジンの掛かったニエールを、止められる人間なんていない。王女殿下は目を白黒させているけれど、迷惑じゃないようなので放っておこうっと。
博物館見学は、それなりに充実していたようだ。
「遺跡からは剣も出土していたのね。私達が持っているものとは大分形が違ったけれど」
「状態保存の魔法が掛けられていたからか、随分と綺麗なままだったな」
「古い靴でも、今とあまり変わらない形をしているものなのね」
「いやあ、さすがに昔の他国の文字はわっかんねえわ」
コーニー、ヴィル様、リラ、アンドン陛下のぞれぞれの感想でしたー。イエル卿は特に感想はないらしく、「たまにはいいんじゃない」と軽い様子。
そうね。イエル卿はコーニーと一緒なら、どこでも平気って人だよね。
それは、私の隣にいるユーインにも言える事かも。
「ユーイン、博物館、退屈しなかった?」
「問題ない」
こういう事で嘘を吐く人ではないから、本当に問題なかったんだろう。まあ、その分「楽しかった」訳でもないようだけど。
「ニエール、この先行く遺跡は、博物館で見たような術式しか出てこないような場所ばっかりかもよ?」
「別にいいよー。この博物館も、凄く面白かったし、帰ったら色々研究のネタに出来そう」
そうなの? 意外。
「だから、これからの遺跡も、すっごく楽しみ! 全部行くわよ!」
「お? おお……」
やる気があるのは、いい事……かな?
ユントリード国内の遺跡に関しては、ランザさん達が色々働きかけてくれたそうで、入る許可が得られた。
「やったー」
嬉しそうなのは、ニエール一人だな。
アンドン陛下は銃が出てきた遺跡を見られたので、満足らしい。
「なら、この先は船に残りますか?」
「いや、一人で残ってもつまんねえから、ついていくわ」
何だったら、どこかの島にでも送りつけ……送り届けるんだけどねえ。まあいっか。
王女殿下も、博物館でのニエールの講義? が楽しかったらしく、この先の遺跡へも意欲的に参加したいと言っている。
「ギンゼールにはないものだもの。……私も、魔法が使えればいいのに」
残念ながら、王女殿下には魔力がない。魔法を使うのは無理だろう。
ただ、理論を学ぶ事は出来る。ただし、勉強するのもタダとはいかないけれど。
「ギンゼールに戻って、ご両親を説得して留学という形でなら、オーゼリアで魔法を学ぶ事も出来るんじゃないかなー?」
「私が、魔法を……」
考えてもみなかった選択肢を与えられて、ちょっと戸惑っているね。
とはいえ、これはあくまでもギンゼールで両親を説得出来たらって話だから。説得出来なかったら、実現しないよ?
博物館に行った翌々日、許可をもらえたのでユントリードの遺跡に向かっている。
今向かっている先は、ユントリードの中でも一番東にある遺跡。既に全て掘り尽くされて、残骸……というか、住居跡とかが展示されているもの。
「なので、魔法関連はないと思うのだが」
「わかんないでしょ? 前のところだって、地下にまだ掘られていない場所、あったんだし」
確かに。ニエールの魔力探知能力はずば抜けているし、魔法に関する嗅覚というか勘は本当に凄いから。神がかってる。
とはいえ、そのせいで面倒ごとに巻き込まれる事も多いんだけどー。
移動は、船から降ろした馬車を使っている。こっちではそれなり物理的な技術が発展しているんだけど、まだ移動手段は馬車が中心。
そろそろ産業革命のようなものが起こって、自動車が出て来ても不思議はないんだけどなあ。
「何だよ? 変な目でこっちを見て」
自動車というと、同じ車内にいるアンドン陛下をつい見てしまう。今日の馬車は大型のもので、一台に全員が乗ってるから。
「いいええ、特に何もありませんよお」
「絶対嘘だ」
嘘でーす。とはいえ、口にする気もないから、このままでいいや。
現在、うちの船は沖合に姿を消して停泊中で、そこから無難な木造船を出してユントリードの港街に停泊させている。最初に上陸した街とは違う場所。
そこから馬車を仕立てて遺跡に向かっている訳だ。大抵、遺跡って街からは離れているから、結構な時間馬車に揺られる覚悟でいたんだけど。
うちの馬車だからなのか、小一時間で到着したよ。
「……それはいいんだが、あれ、何?」
遺跡の周囲にバリケード。そして、何やらお手製っぽい槍とかさすまたっぽいもので武装した連中。
まーた面倒事かねえ。
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