第676話 バカンスは続くよ
その後も、変装して密会している連中と、馬車列の連中の監視は続いている。
本日も、カストルからの報告会だ。場所はやっぱり別荘にある私の執務室だよ!
同席しているのは、リラのみ。一応、領の仕事をしているって体で、報告を聞いてるから。
それによると、どうやら奴らは馬車列で連れてきた人達をオークションに掛けているらしい。
こっち、写真の技術はあるってよ。
「その写真で、買う相手を決めてるって事?」
「そのようです」
写真はカタログってか。それも、あれこれ手を入れてそうとは見えないようにしているという。
そういう知恵は、別の事に使えよなー。
でも、これで人身売買の証拠が出た。といっても、すぐには動けないのが辛いなあ。
何せ、彼等の更に上を捕まえたいから。
十二人はしばらく泳がせる方向で決まった。とはいえ、その間拉致被害者達が、今より辛い目に遭うのは忍びない。
ではどうするか。
「ここも、オケアニスとヒーローズに入れ替えましょう」
「出来るの?」
被害者の中には、十歳以下のお子様もいるのだが。
「問題ございません。幻影魔法を使えば、いくらでも誤魔化せますよ」
カストル、大変いい笑顔で言い切りましたー。
今回の場合、拉致被害者であって「買った」連中は彼等の事を何も知らない。だからこそ、誤魔化しは楽だというのがカストルの言。
「少なくとも、ダシアイッドの施設よりは簡単です」
「あれなー。その後、動きはある?」
「何人か『客』がきました。彼等にも、監視用ドローンを付けております」
客……ねえ。どんな客なんだか。
基本、施設の方は外からの客が来ない間、静かな時間が過ぎているという。
外からの監視を懸念して、施設の周囲には防犯用ドローンを大量にばらまいているそうだが、今のところそういった連中や道具は見つかっていない。
乗っ取られた事にまだ気付いていないのか、そもそももうその施設は手放したのか。
「監視がないのは、気になるわね」
「もう用なしになったのかも」
「でも、客は来ているんでしょう? てか、そんな場所に行くのって、どんな客?」
リラが嫌そうに顔をしかめる。まあ、そういう目的で来る客だろうからね。
「自白魔法、監視ドローン、双方の情報から、ダシアイッドでも一定の財産を有する者のようです」
「富裕層って事?」
「その中では、底辺にいる者達ですが」
富裕層の底辺って。言いたい事はわかるけれど。
「要は小金持ちって事よね。……黒幕って、本当に何がしたいの?」
「施設の連中の記憶を洗い出したのですが、ここ数ヶ月で客層が変わっているようです」
カストルの言葉に、リラと顔を見合わせる。
「客層って。でも、その前の客は、もっと身分が高かったって事?」
「もしくは、更に富裕な層か。ともかく、顔ぶれは大分変わっています」
これ、本当にその施設を黒幕が見切ったんじゃないの?
その理由とは。
「カストル、人身売買の被害者で、妊娠出産した子はいる?」
横からの、リラの視線が痛い。でもこれ、大事な事だよ。
「おりません。オーゼリアから売られた方達の中で、最年長は救出時二十二歳でした」
それなら、十分妊娠の可能性がある。
「ですが、彼女は外に向けて魔力を使えない方だったようでして」
「リラと同じって事?」
「はい。その分、体内に魔力を向ける事が出来る方でした。希有な才能ですね」
確かに。でも、それがどういう……あ。
「もしかして、魔力で妊娠しないようにしていた?」
「はい。具体的な方法は――」
「いや、それはいい」
「さようでございますか」
どうやったかは、まあいくつか思い浮かぶから。でも、オーゼリアではどうやって受精するかなんて、教育していなかったと思うけれど……
「リラ、その二十二歳の人、転生者って可能性、ないかな?」
「ええ? あー……いや、さすがにそれは」
「でも、私達やアンドン陛下、それにご先祖様達もいるよ?」
そうなんだよねー。この世界、転生者多過ぎだと思うんだー。
だったら、その二十二歳の人も、同じ転生者かもしれない。
私の言葉に、リラが何やら考え込んでいる。
「……カストル、その人と、話す事は出来る?」
リラからの質問に、カストルが答えた。
「出来ますが、まだ治療中です」
「治療中か……なら、治療が終わった時点で、私とこの人と一緒に面談します」
「承知いたしました」
報告はこれだけだったようで、カストルは静かに退室する。その背を見送って、執務室の扉が閉まるのを確認してから、リラに声を掛けた。
「いいの?」
「いいも悪いも。ともかく、はっきりさせておいた方がいいでしょう?」
確かにね。いつまでもグズグズ考えているよりは、はっきりさせた方がいい。
「もし転生者だったら?」
「状況によるとしか。何せ、親に売られてこちらの大陸に連れてこられた人達もいるんだから」
だよねー。帰る場所がない子達もいるんだ。それでも、親を求める子もいるかも。その時が、一番辛いかもな。
島でのバカンスで、一番変わったのは王女殿下だ。
「すっごく楽しい!」
「よかったですね」
ただでさえ、あの重苦しい空のギンゼールで育った子。それが明るい空の下、生き生きとしているのはいい事だ。
ただ……
「ネドン夫人って凄いのね! 昨日なんか、浜辺に来た悪い人達を、剣一本で倒しちゃったのよ!」
「まあ、そうで……え? コーニー、本当?」
「ええ。何か、沖に大きな船があって、そこから小さな船で島に来たみたい。むさ苦しい格好だったし、こっちに対してよからぬ事を考えていたようだから、勝手にやっちゃった。でも、ヘレネにはちゃんと報告しておいたわよ?」
ヘーレーネー。聞いてませんが!?
『申し訳ございません、主様。些事だと思いまして』
いやいやいや、島に上陸しようとした……海賊? でしょ? 些事じゃないから! 王女殿下の身に何かあったら、どうするつもりだったの!
『お二方の身の安全は、確保しておりました。周囲にオケアニスもおりましたし』
あの子達かー。一人で他国の軍艦を複数沈める腕の持ち主達だからなー。そりゃ海賊もひとたまりもなかろうて。
いや、その前にコーニーに倒された訳ですが。
『ちなみに、ネドン夫人が倒した者達を含めまして、全ての海賊は捕縛済みです。彼等のアジトを急襲しても、構いませんか?』
まだ海賊がいるって事に、ちょっと驚いているよ。彼等のアジト、どこの島?
『島ではないですね。大陸の一部を勝手に使っています』
大陸の方なの? どこの国?
『ハヴァーンです。国も、他国の船や人間なら、海賊行為を許可しているようです』
どこのイギリスだ。まあいいや。周辺に、似たような海賊がいたらそれも全て捕縛して。
『はい!』
随分嬉しそうだな……まあ、いっか。海の安全を守るのは、ヘレネの仕事と思っておこう。
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