第675話 勝手にやってろ
変装して密会をしている十二人。とはいえ、まだ密会程度で悪さはしていない。
彼等には、警戒心を解いて、元の予定通りに動いてもらわなくては。そして、彼等が持つ情報を全て抜きたい。
となれば、「何か聞かれた」事自体を忘れてもらおうではないか。そんな事、どうやって実現するのか。
「まさか、魔法治療にこんな使い方があるとは……」
魔法治療を行うと、相手の過去のあれこれを見る事になる。当然治療が必要なほど過酷なシーンも見てしまい、それ故にメンタルをやられて魔法治療師をやめる人間も出てくるほど。
デュバルでは魔法治療師不足解消に、ネレイデスを投入している。基本、人間ではない彼女達は辛い過去を見ても気に病まない。
それでいて、的確な治療を施せるのだから、大したものだ。
話は逸れたけれど、魔法治療を行うと、相手の過去を見てしまう。これを利用して、十二人が寝ている間に魔法治療を行い、自白魔法のように相手の情報を全て抜いてしまえというのが、今回の計画。
ちなみに、魔法治療を行うネレイデス達は、全員催眠光線が使える。あれ、複雑な術式だそうだけど。
魔法治療の術式が扱えるくらいだから、問題ないんだろう。
で、ネレイデス達が一晩に全員から色々と情報をゲットしてきました。仕事が早いね、君達。
「魔法治療は相手に接触しなくてはならないのが難点でしたが、こういう使い方もあるんですね」
にこやかに言うカストル。……ヤバい選択肢を与えてしまっただろうか。
まあいいや。技術は道具。道具の使い方は、使う人それぞれだ。よく言われるけれど、包丁は料理人が持てば調理道具だけど、犯罪者が持てば殺人の道具になる。
「道具は使う人次第だから、仕方ない」
「何? 急に」
「うん、治療魔法を使うと、相手から簡単に情報を抜けるというのも、技術であり道具。使う人次第って事」
言いつつ、ちらりとカストルを見る。向こうは気付いているのかいないのか、視線を返してくる事はなかった。
私の視線で、誰の事を言っているのか、リラが勘付いたらしい。
「……それで言うと、カストルが使うのはかなり危険なのでは?」
「そこはあれだよ、私の命令がない限り使わないようにって言っておけばいい」
「その命令、遵守されるのかしらね」
嫌な事言うなあ、リラ。こういう事は、信頼が大事なんだよ?
そう言ったら、「あいつに対する信頼? 寝言?」って言われたんですけどー。どう思う? カストル。
『悲しい話ですね』
君のそういう態度が原因じゃないのかね?
ネレイデス達が持ち帰った情報は、一度カストル達が精査する。余計な映像情報も持ち帰っているみたい。
「それはそれで、使い道がありますから」
「待って。どんな使い道?」
「内緒です」
とうとう主である私にも、秘密を持つようになるとは。
「あれの、どこをどう信頼しろと?」
「え……いやあ、それはその……」
リラに突っ込まれても、返す言葉がないよ。
「まあ、確かに有能だから、使い勝手がいいのは認めるけれど」
「でしょ!?」
「だからといって、便利に使いすぎると後で痛い目見るわよ」
何て嫌な預言なんだ。
情報の精査とまとめは、その日のうちに終わったらしい。カストル、ポルックス、ヘレネ、ネスティの四人で行ったそうだ。勢揃いじゃない。
「少々、大事になりそうな話でしたので」
「……って事は、やっぱり国の中枢が絡んでいた?」
国丸ごとが人身売買や他国の民を拉致誘拐していたなんて表沙汰になったら、大問題だ。それこそ、宣戦布告されるぞ。
私の質問に、カストルがかすかに眉根を寄せる。
「それはそうなんですが……その中枢というのが問題です」
「どういう事?」
「その前に、軽くザレアギーとダシアイッドの建国の話をおさらいしましょうか」
前置きをして、本当に軽く二つの国の成り立ちを説明してくれた。
どちらも共和国なんだけど、成り立ちが大分違う。ザレアギーは小国とはいえ元々一国の王国だった。
それが王家の血が途絶え、かつ周辺国から王制が消えるタイミングで共和制に移行した国。
つまり、王家の血は途絶えていても、貴族と呼ばれていた人達の血筋は残っている国な訳だ。
そして、元貴族の家柄は国内でも名家として知られ、今でも尊敬の念で見られているらしい。
ダシアイッドはどうかというと、元は大国ヒーテシェンの一地方都市だったのを、ヒーテシェンで起こった革命騒動のどさくさに紛れて独立した国。
ちなみに、ヒーテシェンでの革命は失敗に終わり、首謀者達は終身刑を食らったそうだ。
そして、ここからが問題。ダシアイッドは現在、魔力持ちを集めていると目されている国である。
目されているというか、そうなんだけど。だって、オーゼリアから売られてきた人達、ダシアイッドにいたから。
彼女達は既に救出済みで、監禁されていた施設の連中は全員地下工事現場に放り込んでいる。
ただ、ここの連中に自白魔法を使っても、ろくな情報が取れなかったんだよね……責任者らしき者からも。
それだけ、「敵」は慎重って事か。あ。
「カストル、前に人身売買の犠牲者を救い出した件なんだけど」
「はい。犠牲者の方々の回復は順調です」
「それはよかった……じゃなくて、施設が壊滅した事、黒幕が知ったら――」
「問題ないでしょう。身代わりを置いてきましたから」
「え?」
何それ。初耳。
「ヒーローズに施設の連中を演じさせ、犠牲者の方々の代わりはオケアニスが務めています」
なるほど。救出されていない状態に見せかけているって訳か。あれ? でも、外部の人間とのやり取りなんかで、バレないの?
「その辺りは、うまく調整してあります」
「怪しい。何か悪い事をしていないでしょうね?」
洗脳とか誘導とか、主に相手の精神に干渉するようなヤバい術式、使ってんじゃないの?
私の疑いの目に、カストルは少し寂しそうに見せた。
「主様。残念です。私を信用してくださらないとは」
答えたのは、私ではなく同席しているリラだ。
「仕方ないでしょう? だってカストルだもの」
「エヴリラ様……」
「これまでの行いがものを言うのよ。この人を見なさいよ。自重しろと何度も言っても、した事がない」
「ちょっと待って。そこで何で私に流れ弾が来るの?」
おかしいよ。今はカストルの話でしょー?
私の言葉に、リラが鼻で笑う。
「あんたらは似たもの主従だって言ってんの。信頼が欲しければ、態度で示しなさい。それで? 敵を誤魔化す為にどんな手を使ったの?」
「幻影と、自白魔法を少々」
「何だ、その程度なの。ならいいわ」
いいんだ!? リラって、偶に豪胆だよね。
「それはいいとして、二国の成り立ちをおさらいした理由は何?」
そうだった。話が逸れに逸れて、最初の話題を忘れていたよ。
「ヒーテシェンの革命を主導した連中は捕縛されましたが、仲間がダシアイッドにいました。その仲間が、今のダシアイッドを共和制の国に作ったのです。そして、ザレアギー同様、ダシアイッドにも元貴族という連中がいます」
「カストルが連中と言うくらいだから、ろくでもない連中なのね?」
「本国が革命の嵐にさらされている間に、地方都市なのをいい事に独立国家を作ろうとした連中ですからね。とはいえ、それは共和派の連中にくじかれた訳ですが」
なるほど。国内にまだいるとはいえ、元貴族達にとっては、今の共和政治は制度そのものが憎しみの対象になってるかもしれないんだ。
「この元貴族達ですが、所在がはっきりしません。よほどうまく市井に溶け込んでいるようです」
ほほう。擬態だけはうまいのか。
「その元貴族達が、黒幕ではないかと、カストルは思っている訳ね?」
リラの確認の言葉に、カストルが無言で頷く。だから、あの成り立ちの話を出したのか。
「黒幕の考えが、ダシアイッドの政権を奪取する事なのか、それとも今の政治形態を崩す事なのか。まだ見えてきません。ですが……」
「共和制憎しなのは、間違いない……って事だね」
正直言うと、政争なり権力闘争なりは勝手にやっててくれ。
でも、それにうちの国民を巻き込むとか、私の縁者を巻き込むとかは絶対に許さない。
誰を怒らせたかは、しっかりと心と体に刻み込んでくれる。
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