第674話 探る
島でのバカンス三日目。命の洗濯とはこの事か。
小さめの島に、何故か湧く温泉、たっぷりの日差し、青い海、白い雲、そして何もしなくていい時間……のはずなのに。
何故、私は今机の前で、書類と格闘しているのだろう。
「まあ、いい風景の中で仕事をすれば、少しは気分転換にもなるでしょうよ」
「ならないよ! 私も海で遊びたいいいいいいい」
「その書類を捌き終わったらね。今日はもう、追加はないから」
「うううううう」
リラの監視をかいくぐる術はあるんだけど、それをやると後が怖い。
そう、彼女は凄腕の秘書なのだ。マネージャーでも可。秘書でマネージャーな彼女は、既に今島にいる全員と、しっかりとした関係を築いている。
それだけじゃない。オーゼリアでも、王家派閥や中立派、果ては貴族派内部にまで食い込んでいるとか。
凄くね? 秘書でマネージャーにしておくのはもったいないというか。
「リラって凄くね?」
「何? 急に。おだてても仕事は減らないわよ?」
「いや、心の底から言ってる」
「なら、下らない事に頭を使っていないで、目の前の書類に集中しなさい」
「はい」
どうしたらこの思い、伝わるのかなー。
そのすぐ後、「集中しろって言ってんでしょ!」と雷が落ちた事は、言うまでもない。
うちの別荘は、どこも必ず私専用の執務室がある。おかしくない? 別荘だよ? なのに、何で執務室?
「あんたがどこでも仕事が出来るようにという、配慮でしょ?」
「いらないよ! そんな配慮!」
「お黙り。そのおかげで、こんな報告もアンドン陛下達に聞かれずに出来るのよ。それで? 結果はどうだったの? カストル」
リラが私を無視して話を進めるー。
島の別荘の執務室にいるのは、アンドン陛下と王女殿下を抜いた六人全員。それに報告者としてカストル。
本日、ユントリードの大掃除の結果を、彼から聞くのだ。
「まず、現在捕縛している関係者ですが、総勢五十人を超えました。内訳は議員六名、商会の会頭が三名、官僚が六名、残りは犯罪者やそうと呼ぶには色々足りない素人に毛が生えたような者達です」
果たして、この五十人という数は多いのか少ないのか。ユントリードも共和制なので、王侯貴族はおらず選挙で選ばれた議員がいるだけ。
そして、資本主義の国でもあるので、大きな商会……企業のトップが金と権力を持っている。
そのトップが、今回私達にちょっかいを掛けてきたという事で、全員謎の失踪を遂げている。
まあ、真相はカストルによる拉致誘拐なんだけど。そこからの自白と地下での強制労働もワンセットのフルコースでーす。
「商会の会頭共の狙いは戦争でした。戦争での特需を狙ったようです」
「うわ」
金の亡者共め。他人の不幸で食うメシは美味いってか。
「議員達の狙いは領土。どさくさに紛れて、自分達の私有地にしようと目論んだようです。官僚はそれに手を貸し、私腹を肥やそうとしたようですね」
腐ってんなー。とはいえ、ユントリードも平和で、長期政権だっていうから、腐り始めなのかも。
「ユントリード自体が戦争をするつもりはないようです。他国同士を争わせ、疲弊したところに軍事介入し、どちらも手に入れようという計画でした」
「そんなの、うまく行くの?」
コーニーがぽつりと疑問を漏らした。
「うまく行かなかったから、彼等は今捕まって色々自白させられたんだよ」
「ああ、レラの言う通りね」
そうなのよー。
「それで、カストル。魔力持ちを狙っていたのは、やっぱり戦争利用する為?」
「いえ、工作用の資金稼ぎだったようです」
「え」
つまり、ユントリードでは会頭や議員が絡む人身売買組織があるという事かね?
うちの執事は大変優秀である。その為、既にその組織の全容を掴んでおり、それをユントリードでは当たり前の情報発信機関……新聞にネタを提供した。
それと同時に、捕縛した議員のライバル議員、それと捕縛した会頭の商会のせいで長く苦しめられた商会関係者にも、自白音声と共にばらまいたそうだ。
結果、現在ユントリードは大混乱。うちと縁がある人達は、ポルックスがしっかり護っているので問題なし。
ちなみに、彼等と同じ血筋を持つ人達の捜索は、引き続き行われている。それにより、やはり港街の失踪事件は、彼等の血筋が絡んでいる可能性が高いという結果になった。
それに関しては、指示を出していた連中の失踪という大事件が、功を奏したらしい。
下っ端は上が捕まったら、混乱するものだからね。
「西の国境付近も引き続き監視しておりますが、今のところ動きがありません。その時間を使って、内部の調査は進めております」
「ありがとう。それと、オーゼリアから売られた子達を監禁していた連中の方は?」
「そちらも、一番の黒幕まで辿れるよう、鋭意努力している最中です」
「そう」
西の国境に集まった馬車は、人目に付かない森の中に拠点を築き、そこに集まったまま動きがないそうだ。
馬車の中身は、やはり人。今のところ、虐待を受けている訳ではないけれど、住み慣れた場所から拉致された訳だから、心の傷が心配だ。
彼等の元にも、ネズミ型ドローンを仕込んでいる。これ以上の暴力的支配から逃れる為に。
彼等をこのままにしているのは、他の国の組織も一斉に壊滅させたいから。目星はついてるんだけどねえ。
「決定的な証拠というものがほしいというか」
「なら、全員捕まえて自白魔法を使えばいいじゃない」
コーニーの言葉にも一理ある。ただ、それだと本当に隠れている黒幕まで、辿り着けるかどうかが怪しいんだな。
それを説明すると、渋々と納得してくれた。
「二度と同じ事をやろうなんて思いつく者が出ないよう、徹底的に叩き潰す。それでも、他人を利用して自分が儲けようって連中は後を絶たないんだろうけれど」
なので、一応私に関わる人達だけでも、しばらくの安全を確保したい。
島に来て十日目。西の国境付近で動きがあった。
「拠点を出発し、どこかに移動しています」
「ほほう、大移動かー」
実際、馬車は数十台連なっているという。そしてそれを護衛……というか、監視する騎馬の数は馬車の倍以上。物々しいね。
このまま馬車列の行き先を特定すれば、黒幕に繋がるかも?
でも、相手は大分狡猾で、そうは問屋が卸さなかった。
「馬車の行き先は、辺境の寂れた街?」
「ええ。ですが、ここは天然温泉が出る場所で、秘湯として一部の者達には人気がある土地のようです。しかも、この時期は周囲の山の花が満開で、それを目当てに観光客が増えるのだとか」
人を隠すには人の中……か。とはいえ、こちらのドローンを使えば、事件に関与しているかしていないか、すぐにわかるんだけど。
人間、仮面を被ろうが変装をしようが、どうしても変えられないものがいくつかある。
その一つが、骨格だ。さすがに骨の形状まで変えられる人間はいない。いたとしたら、それもう人間じゃないよね。
という訳で、カストルがドローンに骨格から相手を判断出来るシステムを組み込んだらしい。
正確には、ドローンには情報を収集させるだけで、それを判断するシステムを通す事によって、個人を識別出来るようにしたって訳だけど。
「ついでに、外見も登録して、変装をしているかどうかを見抜くようにしました」
「毎度の事ながら、よくそういう事を思いつくよねえ」
そして、それを成し遂げる技術力。改めて思い知らされる、ご先祖様とそのお友達の凄さよ。
そんな変装を見抜くシステムの自慢の為に、今回の報告会がある訳ではない。
「変装をして深夜に密会をしている連中を、十二名ほど見つけました」
「その者達の身元は?」
「ザレアギーの議員が二名、残りの十名はダシアイッドの議員です」
銃を発掘した国と、魔力持ちを集めている国か。
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