第673話 南の島へ

 宿を経由して船に帰ると、捕縛は済んでいた。


「お帰りなさいませ、主様」


 いやにいい笑顔のヘレネが出迎えてくれる。


「ええと……うまくいった?」

「はい! もちろんです!」


 何故、悪者を捕縛してこのテンションの高さなのか。そういえば、彼女は海賊も嬉々として捕まえていたっけ。


 こういうところは、カストル達と同類なんだな。


 捕縛後の尋問もお任せしておく。何人も、自白魔法からは逃れられないのだ。


 そういえば、そろそろ私達を攫おうとした連中の尋問が終わっている頃ではなかろうか。


『終わっております。大した結果は得られませんでしたが、ご報告いたしますか?』


 よろしく。場所はライブラリーで。


『承知いたしました』




 コーニーと別れてライブラリーに行くと、リラとユーイン、ヴィル様がいた。情報共有の為かな?


 私が到着して殆ど間を置かず、お茶のセットが載ったワゴンを押してカストルが登場した。


「お待たせ致しました」


 全員の前にお茶を置き、報告スタート。


「彼等は、やはり金で雇われた者達でした。ですが、元からの犯罪者という訳ではなく、軽い金稼ぎのつもりで引き受けたそうです」


 今回も前回も、年齢的には二十代前半くらいだったもんな。それに、あまりすれた気配は感じなかった。


 犯罪に手を染める奴って、何となく共通の「臭い」があるよね。雰囲気っていうか。それらを、彼等からは感じなかった。


 という事は、あまり悪い事だと思わず引き受けたな。


「依頼してきたのは、どんな奴だったんだ?」


 ヴィル様からの質問に、カストルが軽く頷く。


「初老の男性だったそうです。記憶を映像化したものをご用意致しましたので、ご覧下さい」


 カストルが空間に左手をかざすと、そこにスクリーンのように映像が浮かんだ。


 映像は少し粗いものの、そこに映る人間の顔はしっかり認識出来る程度。


 映像には、ジャケットにスラックス、ハンチング帽を被った男性が映っていた。あれ? でも、顔の辺り、何だかおかしい……


「お気づきかもしれませんが、相手は幻影魔法を使って顔を隠しています」

「え!?」


 魔法!? こっちの大陸でも、魔法が使われているの!?


「どういう事だ? 幻影魔法は集団で行うものだろう? 一人の顔を隠す為だけに、そのような大がかりな……」


 ヴィル様が言うとおり、幻影魔法は基本集団で行う大がかりな魔法だ。でも、やったからこそわかる。


 場所や範囲をぎりぎり絞り込むと、一人でも何とか使えるんだ。それこそ、映像のように顔を別人に変える程度なら出来るはず。


「さすがに捕まえた者達の記憶からは、術式までは追えません。ですが、推測は出来ます」

「どういう事?」


 リラが首を傾げる。いや、確かにどういう事?


「おそらく、幻影魔法は魔道具で起動しています」

「魔道具……」


 その手があったか。そして、魔法が遺跡から出土している以上、魔道具も出ているのかも。


 でも、それをよく使えたね。使い方とか、わかったんだろうか。


「それは、こちらで魔道具が作られているという話か?」


 ヴィル様は、私とは違う考え方をしたらしい。でも魔道具って、魔力がなくても作れるものだっけ?


「そのご質問には、否とお答えいたします。魔道具は、おそらく遺跡から出土したものでしょう。それを使えるようにしたのは、ベクルーザ商会ではないかと考えております」

「ベクルーザ……」

「またあの商会なの?」


 ヴィル様もリラも、嫌そうな顔だ。色々振り回されたからねー。


「商会そのものは消滅しておりますが、置き土産のような技術はこちらに残っているのかもしれません」


 技術……それなら、魔力がなくとも使いこなせる人はいる。


 そういえば、ベクルーザ商会って、こっちの国を追い出されたからデワドラ大陸に来たんだっけ?


 なら、彼等を追いだした人間が、彼等から技術を取り上げたって事も、あり得るんだ。


 相手が幻影魔法を道具としてでも使うというのなら、一つ確認しておきたい事がある。


「カストル、幻影魔法は私達が使うものと同じもの?」

「似ています。原理が近いのではないかと」


 それなら、対策は可能だね。




 敵の狙いが私達にあるのなら、しばらくは街を出歩かない方がいい。それはわかっている。


「でも、ずっと船にいるのは飽きるー」

「そうよね。船が悪いとは言わないけれど、やっぱり外に出たいわ」

「二人共、気持ちはわかるんだけれど……」


 私とコーニーの主張に、リラが困り果てている。別に彼女を困らせようとしている訳ではないのだが。


 本当に、ずっと船に乗っているのが飽きるだけ。


 私達の言葉に、リラがしばらく唸っていたけれど、一つの提案をしてきた。


「……ユントリードで問題が発生していて、この国に入らないようにしておけばいいだけなんだから、グラナダ島か、近海で手に入れた島にでも行ってるのはどう?」

「コーニーはどう?」

「島? 泳げるのかしら?」


 あ、乗り気みたい。


「一番南で手に入れた島なら、周囲に砂浜がありますし遠浅の海ですから、泳ぐのに適していますよ」

「なら行くわ!」


 コーニー、すっかり泳ぐのにはまったらしい。フロトマーロに造ったビーチ、大分気に入っていたもんね。


 コーニーの気が変わらないうちにと、リラがあれこれ手配をしてくれた。南の島にも、既に別荘が建っているんだとか。いつの間に……


「今では、どこでどんな土地を手に入れてもいいように、別荘そのものを先に造ってあるんですって」

「そうなの!?」


 驚きの新事実。しかも、現地の土台を作るだけなら数時間で終えるので、本当にあっという間に別荘が建つらしい。


「どうしてそこまで……」

「あんたが際限なくあちこちで土地を手に入れるからでしょうが!」


 あれー? 何でかリラの怒りがこっちに。


「当たり前です! その別荘の配置その他の仕事が誰に来ると思ってるの!!」

「えええええええ? ええと、ごめんなさい?」

「謝るくらいなら自重しろ!!」


 久々、リラの雷が落ちました……




 お日様一杯の、明るく暖かい……というか、暑い場所でのんびりするのもいいもの。


 島には、全員で来る事になった。もちろん、アンドン陛下と王女殿下も一緒。


「おおおおお! 南の島のリゾートとか! 贅沢じゃねえか!!」


 一番はしゃいでるの、このおっさんかもしれない。


 王女殿下の方は、薄着が恥ずかしいようだ。でも、ここで厚着したら最悪死ぬからね。熱中症で。


「男性の目が気になるなら、別の島に行きますか?」

「え? で、でも……だ、大丈夫。気にしなければいいんだから!」


 いや、そんな悲壮な顔で宣言されましても、気にしないというより、慣れれば問題ないんだけどね。


 暑い土地は、色々解放的になりやすいし。


 ただなー。あんまり解放的になりすぎると、国に帰った後が大変だと思う。ギンゼールは北の国で、保守的な土地だ。


 寒いと必然的に着込む事になるけれど、夏場はそれなり暑くなるんだとか。そういう時期に、ここで着ているような薄着をしたら、多分周囲が大騒動になると思う。


 ただでさえ立場が微妙な王女様なんだから、そこらは考えた方が……


 そんな事をぼやいたら、隣のリラが遠くを見る目になった。


「でもあの王女様、国に帰らない宣言してるわよ?」

「おおう……そうだった……」


 東行きで、少しは意識が変わってくれると思ったんだけどなあ。まだ、駄目なんだろうか。


「意識が変わるって、それ、より国から出たいって方向に向かったら、どうするつもりだったの?」

「え!? それはそのう……ガルノバンに任せる!」

「うわ、放り投げた」


 うるさいな! 大体、王女殿下の半分はガルノバン王家の血なんだから、アンドン陛下が面倒見ればいいんだよ!

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