第672話 罠と鞭

 もふもふは可愛かった。小型のうさぎとか、ちょっと大きめのネズミとか、犬猫もいてもふもふパラダイス。


 いやあ、いい癒やしでした。


「うちにもあんなふれ合い牧場っぽいの、あったらいいね」

「そうやってナチュラルに自分の仕事増やして、大丈夫なの? また書類に埋もれる事になるわよ」

「うぐ」


 もー。完全に委託して私が関わらないようにすれば、書類から逃れられるんじゃないかなー。


 帰ったらヤールシオールとかミレーラ辺りに相談してみようっと。




 帰りの馬車でもナンパ組が出たけれど、最初っから無視しておいた。というか、遮音結界を張って向こうの声が聞こえないようにしてある。


 怒ってこちらに手を出そうとしても結界に阻まれるし、大声を出せば周囲の人から注意を受けるのは野郎共だ。


「まさか、遮音結界にこんな使い方があるなんて……」

「ねー。私も初めて知ったわ」


 何故かどんよりした顔をするリラに、明るく返す。この結界、どちらかというと内緒話をするのに使う事が多いからさ。


「でも、おかげで鬱陶しい思いをしなくて済んだわ」

「だよねー」


 笑顔のコーニーと笑い合う。本当、相手の迷惑を考えてから声を掛けろっての。


 んで、断られたら素直に引き下がれ。しつこい男は嫌われるんだぞ。




 宿に帰ってから船に戻り、全員揃って夕食。その席で、昼間の迷惑ナンパ組の話をしたら、旦那連中からお叱りの声が。


「だから一緒に行くと言っただろうが」

「レラ、何もなかったか?」

「コーニー、やり過ぎてないよね?」


 呆れるヴィル様、私の心配をするユーイン、コーニーのやり過ぎを心配するイエル卿。うん、それぞれだ。


「カフェで声を掛けてきたしつこい連中には催眠光線を使ったし、行きの馬車で声を掛けてきた連中は乗り合わせた客に怒られて下りていったし、帰りの馬車では最初から遮音結界を張っておいたので面倒がなかったですよー」


 私の説明に、何故か旦那連中三人が揃って溜息を吐くんだけど、どういう事?


 一人笑っているのはアンドン陛下だ。


「いやあ、それにしても、そいつらも怖い物知らずだな!」

「どういう意味ですかねえ? 陛下」

「いやだって。そっちの嬢ちゃん達はまだしも、侯爵をナンパって。本人にすりつぶされるか、旦那に串刺しにされるかどっちかじゃね?」


 何物騒な事を言ってるんだか。すりつぶしたりしませんよ。ちょっと眠らせただけじゃない。三日は確実に目を覚まさないだろうけれど。


 アンドン陛下をジト目で見ていたら、脇から声が掛かった。ヴィル様だ。


「その声を掛けてきた連中、本当にただの通りすがりか?」

「どういう意味です?」

「お前達だとわかって、声を掛けた可能性は?」


 私達だとわかって?


「兄様、それって、私達がオーゼリアの人間だと知って接触してきたって事?」

「その可能性も、考慮しておいた方がいい」


 そういう事か。でも、そんな事、あるのかなあ。




「可能性としては低いとは思いますが、主様達を最初から狙って……という事でしたら、あり得る話かと」

「えええええ」


 夕食後、それぞれ寝るまでの時間を好きに過ごす。その時間で、私はリラとカストルと一緒に船のライブラリにいた。


 オープンスペースなここは、話していると声が通るんだけど、今はこのフロアに私達だけしかいない。


「カストル、オーゼリア人だと知られていないのに、私達を狙う理由は何?」


 リラの質問に、カストルが端的に答えた。


「魔力の有無ではないでしょうか」

「魔力?」


 リラと私の声が重なる。カストルが続けた。


「現在、ユントリードでは失踪事件が続いていますね。あの後、他の地方都市でも起こっている事なのかと調べてみましたが、地域にかなりの偏りが見られます。主様が推測した通り、『彼等』の知られていない血筋の者を狙っていると見るべきかもしれません」


 彼等……うちのご先祖様の実験対象となった、元奴隷の人達。彼等はその血筋に隷属魔法と共に、魔力を継承する。


 そして、こちらの大陸では、現在魔力持ちを何らかの形で集めようとしている動きがあった。主に、今居るユントリードの隣国な訳だけど。


 何かを考えていたリラが、顔を上げてカストルを問いただす。


「……待って。という事は、私達がナンパされたのは、誘拐が目的だったって事?」

「それもあるかと。全ての声を掛けてきた男達がそうだとは申しませんが、可能性としてはあるのではありませんか?」


 えー、そっちかよー。てっきり私達が美人だから声を掛けてきたのかと、うぬぼれちゃったじゃないかー。


「主様、それもあると思います」

「カストル、考えを読まない」

「失礼いたしました」


 にしても、あんなに街中で普通に声を掛けてきたのが、誘拐目的かもしれないとは。


 この国、本当にどうなってるんだ? あ、ここじゃなくて、隣国か。


 私が考えている間にも、リラ達の話は進んでいた。


「カストルの考えが正しいとなると、魔力持ちを集めている連中は、見ただけで魔力持ちかどうかわかるって事よね?」

「それにつきましては、何らかのアイテムが遺跡から出土したのではないかと思っております」

「出土」


 アイテムという言葉と、出土という言葉って、こんなにも似合わないものなんだな。


 とはいえ、こちらの大陸では魔法技術はとうに失われたロストテクノロジーだという。だったら、魔道具一つ取っても、遺跡に頼らざるを得ないのかも。


「あの場にいた連中が、そんな道具を持っていたのかしら……」

「魔力持ちの拉致誘拐は、組織的な犯行と見ていいでしょう。となると、ターゲットを確定するのは別の人間で、ナンパ男達は一番末端の存在なのではありませんか? それこそ、魔法で相手を眠らせる技術がある事すら知らないような」


 仲間が眠らされても、訳がわからずおろおろしてたもんな、あの連中。


 でも、そうなると。


「あの男達は、誰かから私達を誘ってどこかに連れ出せという命令を受けていただけって事?」

「もしくは、小金で雇われた身かと」


 ああ、なるほど。どこかに連れてくるだけなら、組織の人間である必要すらないんだ。


 だったら、事情を知らないのは当然か。大事な秘密を、外に簡単に漏らすような組織は駄目だろ。




 カストルには、国境付近に集まっている馬車の調査を引き続き頼んでいる。その結果が出るまでは、街歩きをして遊ぼうと決めていた。


「なのに、こんな事になるなんてねー」


 路地裏の突き当たり、通りからは見えない死角となる場所。そこに、コーニーと二人で立っている。


 足元には、倒れている男達が十人。全員鞭で打ち据えられた後、催眠光線で眠らせている。あ、今のうちに縛り上げておくか。


「カストルー。一応、こいつらも尋問しておいてー」

『承知いたしました』


 念話で返事が来た途端、足元に転がっていた男達が消える。移動魔法で、どこぞに運んだらしい。


「んー。もうちょっと動きたかったわー」


 隣のコーニーから、そんな一言が。


 今回、ナンパ野郎共は力ずくでの誘拐にシフトチェンジしたらしい。どうあっても、私達を拉致したい連中がいるようだ。


 路地に入るところまでは男達に囲まれて無理矢理連れ込まれる風を装い、そこから先は幻影を上乗せした結界を張って、コーニーがやりたい放題しましたー。鞭、持ってきてたんだ。


 何故結界に幻影を上乗せしたかといえば、この状況をどこかから見ている奴がいるかもしれないから。


 そちらに関しては、ヘレネが捜索してくれている。彼女、船を動かしていない時は暇を持て余しているそうで、今回の作戦に立候補してきたんだよね。


 能力的にはカストル、ポルックスと同等だから、心配はしていない。


 さて、敵は釣れたかな?

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